中学2年生の頃の話

<文字数:約11200字 読了目安時間:約24分>

エスは中2になった
 友達を作らない決意を固めたまま、2年生に進級した。クラスにはあまり知らない人ばかりだった。距離を置き、仲良くなり過ぎないように気を付けた。
「エスくん!」
と話しかけられても、
「あ……」
プイとそっぽを向き、あまり興味を持たれないようにした。
 やがて、そうしていると、見事に友達が一人もいない状態となり、完全に孤立した。すぐに気が付いた。愚かな判断だったことに。いざ孤独になると、思っていた以上に暗い気持ちで日々を過ごすことになるのだ。その事を初めて知ったのだった。友達が一人いる状態とゼロである状態では、気持ちに天地の差がある事を知ったのだった。

友達が作れない
 人との付き合い方がわからないことに気が付いた。「自由帳を描く」「変な動きで注目を集める」小学校の頃まではこれで友達を作ってきた。それ以外のコミュニケーションはもともと弱い。自分から人に名前を呼び掛けて話しかけるなんてとんでもなくて、出来るわけがない気がする。○○君、○○さん、なんて呼べない。自分から話すという事が特別なイベントになってしまう。周囲からこちらに興味を持たれる事が多くて、そこにリアクションして友達になる形だった。だけど、今はもう上手に対応できなくなっていた。小学校のころは面白いヤツだったのが、中二でいきなり殆ど喋らない怪人になったと周囲から思われているのか。

がっかりされる
 友達の友達などから名前はよく知られているから、きっと面白い奴なんだろうなと思われているのか。それがわからない。
「エス君、噂には聞いてるよ。」
と言われてた時、リアクションが上手にできなかった。頭の中でグルグルと対人関係の正解を探してしまって、対人関係が出来なくなっていた。
(コイツ、面白いって聞いてたのに地蔵みたいになにも喋らないな)
おそらくそう思われたに違いない。

壁キック
 廊下の壁に対して壁キックの練習をしようと思った。久しく運動をしていなかったから体がうずうずする。どれだけできるか久々に試したい。かつて友達と一緒によく壁キックの練習をしたものだ。ジャンプ力については、立ち幅跳びで285cm飛んで周囲を驚かせたこともある。誰かが観ていると嫌だったので、誰も観ていないのを確認する必要があった。どうせ、また奇人変人扱いされるに決まっているからだ。壁キックを決めて着地した瞬間、女子3人が遠くの教室から出てきた事に気が付いた。
「誰も観てないのにやってる!あいつウケる!誰も観てないのに!」
という声が遠くからかすかに聞き取れた。
(ああ、お前らみたいなのに見られたくないから、隠れてやってたのに…)

ウケ狙い
 普通に暮らしているだけで、「変わってる」と言われる。動作の一つ一つが、言動の一つ一つが変だと言われる。
やることなすことを怪しまれる。例えば、教室の後ろの掃除道具入れの中に入ってみたり、後ろの黒板とロッカーの間の台になっている所で横になってみたりする。僕にとってはそれが小学校の頃の日常だった。
 すると、遠くから女子の話し声が聴こえる。
「アレ、ウケ狙いでやってるんでしょ?ムカつくわ。」
僕の事を言っているのだろうか?これがウケ狙いだと見なされるなんて思わなかった。小学校の頃は、毎日のように友達と一緒にこうしていた。僕にとってはこれがあまりにも当たり前の日常だったから、ついついやってしまう行動が、もはや非常に奇異なものとして見られるのだ。
 笑える変な奴だったのが、笑えない変な奴になってしまった、という事か。
 皆の中で適応しようとしてもできない。変わり者と言われても全然嬉しくない。あの声の例の女子が、僕に真正面から批判的な言葉をぶつけてきた。
「あのーはっきり言っていい?そうやって変な動きをしてウケ狙ってんのくそ腹立つんよ。誰もウケてないじゃん。もうみんなコドモじゃないんだから。」
 なんでそんなことを言うんだ。泣きそうな気持ちになった。

おしゃべり男子
 ある日、掃除をしている途中の事。クラスで一番おしゃべりな男子「ジャック君」が突然僕に言った。
「エス君さあ。いつもだけど、あんまり変な事をしないほうがええよ。」
彼は僕の目を真っすぐ見ながら去っていき、すぐに運動部の友人のグループに加わっていった。

変な奴
 もはや、自分は独りで奇行を繰り返す変な奴として噂になっているのかも。居場所がどんどん無くなって、出来る事もどんどん無くなっていくようだ。例えば、明るい子供のやる奇行は可愛く見えるが、中二にもなると、しかも黙って変な事をやっていると気持ち悪く見えるのかもしれない。

トンボの話
 教室の中に窓からトンボが入って来た。あのジャック君にトンボが飛び掛かってきて、彼はトンボを殺そうとした。
「うぜえー!死ね死ね!」
いらないプリント類を丸めてトンボをバンバンと叩こうとする彼だが、なかなか殺せない様子だ。その時突然、大きな声が上がった。
「やめてーーーーーー!」
彼の行動を制止しようとして駆け寄った女子がいた。僕が小学校の頃、カービィや魔法陣グルグルなんかの話を少しだけ一緒にした、あの「オタク女子」だった。普段は日陰者のような振舞いをしている彼女が、いつもうるさく教室の空気を支配しているあのジャックに向かって、果敢にも立ち向かった。オタク女子は叫んだ。
「生きているんだから、殺さないで!!」
教室内は静まり返り、ジャックはバツが悪そうにトンボを攻撃するのをやめた。オタク女子の顔は真っ赤で、目に涙が浮かんでいた。トンボはやがて窓の外に逃げていった。
 後から知った事だが、オタク女子の実家は動物病院を経営していた。そういう背景から、生き物の命を大切にする感情が人一倍に大きかったのかもしれない。

運動会
 クラス対抗200m走。僕にも出番はあった。変な走り方とよく言われるが、早ければ関係ないだろう。僕は全力で走り、鍛えて来た脚力で2人を追い越した。だがバトンを渡す相手を間違えた。クラスメイトの顔がわからなかったのだ。知らない人にバトンを渡そうとした。戸惑い、受け渡しのタイムロスがあった。その結果、勝勢だったレースは不利になった。嫌な事ばかりの運動会が終わった。僕が一人で影で休憩していると、他のクラスの知らない女子が突然僕の前に現れ、何か質問した。
「ねー!山本君どこにいるかわかるー?」
「えっやまも…あ、えっ。や、」
僕が答えようとすると、少しの沈黙の後にその女子は去っていった。話が通じない奴だと思われたのだろう。すぐには言葉が出てこないから仕方がない。テンポが違う。まず山本君って人も知らない。どうするべきだったんだろう。

帰宅を急ぐ
 毎日、学校という空間から一刻も早く退散する習慣があった。帰りの会が終わったら、自転車置き場に走り、自転車を勢いよく漕ぎ始め、下校する。毎日そうする。
 いつものように自転車置き場に走り、自転車を勢いよく漕ぎ始めると、その時、知らない女子とぶつかってしまった。僕は走り去ろうとした。振り返るとその女子は怪我をしたのか、うずくまっていた。僕が女子を怪我させたのか?凄まじい罪悪感が湧く。(謝らないといけない…でもなんで謝れないんだ?)
もう、そのうずくまる女子の周りに人だかりができている。なんてことだ。別の女子の声が聴こえた。
「謝ったらいいのに」
僕は一瞬だけ引き返し、うずくまっている女子に聴こえる所まで近づいた。
「ごめん。」
と僕は言った。誰が言ったか
「エスくん…」
という声が聴こえた気がした。僕はすぐに自分の自転車でそのまま逃げてしまった。

陰口
 どうもこのクラスは控えめに見ても雰囲気があまり良くない。人の悪口を堂々と言う人が、何人かいる。声がデカくて良くしゃべる、ジャック君。彼は女子達の悪口を次々に言う。そして声がデカくて良くしゃべる女子…通称「ナミさん」が、根暗な男子達の悪口を教室中に聞こえるような大きな声で堂々と言う。そういう構造になっていた。ジャック君とナミさんは、なんでそんなことを言うのか?理由はわからない。ナミさんの友人「マキさん」も追従して、男子の陰口をいう。ナミさん軍団の二番手マキさんは、僕を攻撃し始めた。

標的
皆、標的にされたくないのかもしれない。そして僕は標的にされているのかもしれない。陰口をいう人々は、僕とは思考がまるで違うのだろう。
「あいつムカつく。面白くない。」
「受け狙いで変な事しててイライラするんだけど。」
「絶対寝たフリしてるよね」
「小学校の頃は通用したんだろうけど寒いだけだよね」
そういう声が定期的に聴こえてくる。多分、マキさんか、ナミさんの声だろう。聴こえるか聴こえないかくらいの距離で、毎日ずっと言われているような気がする。気のせいかもしれないが…僕はずっと机に突っ伏している。ただそうしていて、ずっと周囲から聞こえる声を聴いている。

孤独
 僕は人のほとんどいない教室にいた。そこに小学校時代のかつての友達だった男子が来た。僕を見て、
「うわ、びっくりした」
とだけ言った。そして周りを見渡して、
「誰もいねーじゃん」
と言った。そしてどこかに行ってしまった。まるで僕はクラスのメンバーじゃなくなったみたいに感じた。

一人でいる事
 頭の中がグルグルしている。言葉にはまとめられない複雑な思考が流れている。
 教室内のみんな、休み時間には誰かと会話している。ほぼ全員だ。これはおそらく一人でいると孤独で可哀想な人だと思われる事になるから、とりあえず誰かと会話している状況に身を置いて安心を得ているのではないだろうか。教室で一人でいると、憐みの目で見られているような気がしてくる。
 この嫌な感じは、寂しいというのとは少し違う。幼稚園の頃、一人で黙々と積木で遊んでいた時は満ち足りていた。このように僕は普段一人でいるだけで苦痛を感じたりはしない。しかしこの空間に限っては一人でいるのは苦痛だ。皆から可哀想な奴だと勝手に思われているような気がする。
 もしも一匹狼がかっこいいという風潮でも流行ってくれれば、教室内で安心して一人でいられるだろう。現実には、僕以外の皆、僕以外の誰かと常に会話している。本当にそんなに人と話していたいのか?皆、一人でいる奴は独りだから可哀想な奴だと思っているに違いない。ダサい奴に成り下がりたくないだけに違いない。僕もまたその空気に毒されていく。自由帳を書いて遊んでいるような生徒は一人もいない。だから自由帳を書いて遊ぶ気にもなれない。人目を気にする人々に囲まれていると、自分も人目が気になって息苦しい。この教室は息苦しい。もっと精神的に一人でいられて自由な環境が好きだった。家に帰ると、母はよく「友達いるの?」と聞いてくる。答えは沈黙だった。
エプロン事件
 
家庭科の先生が言った。
「全員がエプロンを忘れずに持ってきたら来週は調理実習です。」
ところがクラスで僕だけがエプロンを忘れた。静まる教室で、僕だけが鞄の中を探っている。エプロンが出てくればいいのに出てこない。
「無いなら無いって言えばいいのにー。」周囲から落胆の声が聞こえる。クラスの全員が僕を白い目で見ている。以前はここまで忘れ物はひどくなかったはずだ。近頃脳みそが働かない。強い罪悪感を覚える。しかし、謎のプライドで謝れない。全てが滅茶苦茶だ。僕にまだ失うものがあるのだろうか?結局、調理実習は中止になった。
「謝らないのが何よりもムカつくわ。」
「エス君マジ、なにやってくれてんだ。」
という声が遠くから聴こえる。
 下校中、その事を繰り返し思い出して、涙がずっと目から流れ続けていた。
「おかえり。」
いつものように母が言う。僕はどうしても涙が止まらない。母を心配させたくなかった僕は、すぐに二階の自室のベッドに籠った。枯れてミイラになりそうなほど涙を流した。僕の涙の行き先は枕だけだ。
三者面談
 母と先生と僕との三者面談が始まった。学校での僕の様子が母に知られてしまうのではないかと緊張感が走る。でも、先生なら配慮してくれるだろう。先生を通じてなら、そんなに悪い事にはならないだろう…多分。向かい合う三者。先生が母に言う。
「エス君はこの前エプロンを忘れてみんなから責められてましたねえ。だけど、エス君に興味を持っている子は結構いるみたいですよ。そういう子達から話しかけてもらった時に、エス君がどう対応するかが大事だと思いますね。」
僕もそう思っていた。そうなのである。稀に話しかけてもらう事はある。僕は興味を持たれている。それなのに、上手く反応できない。何故なのかはわからない。ここに得体のしれない深刻な問題がある。帰り道、母と一緒に歩きながら話している。例の話題になり、母が聞いてきた。
「みんなから責められてたって?それって、『んも~エス君はしょうがないなー』みたいに、笑いながら責められてたんかな?」
「そんな感じ」
「そっか。」
母に問題の深刻さを伝える訳にはいかなかった。母を安心させなければならない。それが自分の人生の目的だからだ。

草を見る
 体育の授業は先生が不在の場合、友達と自由に球技の練習をする事になっている。友達と自由にと言われても困る。あの「二人一組組んで」と言われてあぶれた時と同じ気持ちで一時間過ごすのは嫌だ。僕は人間の視線や言葉に過敏になっていた。時間が来るまで授業をサボる事でしか、苦痛を凌ぐ方法が無い。僕は校舎裏の草の本数を数えていた。人間はこちらをじろじろ見たり何か嫌な事を言ってきたりするが、草はこちらを見ないし何も言わない。

牛乳瓶をプリントの上に
 給食当番になった。牛乳瓶をみんなの机に置いていく。
「オイ!誰が俺の机に牛乳置いたんだよ!」
ジャック君が激怒し、声を荒げた。彼の机の数学のプリントの上に牛乳瓶が置かれていた。水滴でプリントが濡れるのが嫌だったようだ。そして置いたのは、僕だ…。そうか、プリントが濡れるのは嫌な事なのか。そりゃそうか。気が付かなかった。またやらかした。また皆との関係が悪くなる。彼は当番表をチェックし、僕が当番であることに気づいた。
「ああエスか…」
彼はため息をついていた。僕はその様子を見て罪悪感を覚えながら立ち尽くしていた。ジャック君は僕の事を変人だから仕方ないと思ったのだろう。こんなことがどれだけあったのだろう。一体、今まで、僕が何気なくやってきた行動で、どれだけ他人に迷惑をかけてきたのだろう。そう思うと罪悪感に打ちひしがれた。迂闊な気持ちで何もできない。僕は問題児だから、なにもしない方がいいのだろうか。むしろ、何をすれば許されるのか。

今日は何文字
 今日は何文字の言葉を発したんだっけ?
 130文字。0文字。9文字。131文字。356文字。6331文字。146文字。70文字。341文字。40文字。
今日はゼロだった。そういう日は苦しい気持ちになる。

偶数の癖
 ついつい自分の体に変な拘りを持ってしまう事がある。「偶数の癖」だ。偶数の癖というのは、説明が少し難しいが、歩いていて不意に壁に体を擦った時、1回擦っただけでは気が済まず、2回、4回、8回といった2のn乗の回数で同じように同じ部位で体を擦らないと気が済まないというものである。また、右手で壁に触れたら、左手でも同じ強さ・同じ回数で壁に触れないと気が済まない。左右対称でなければならないし、回数は2のn乗でなければならない。そうしなければ気持ち悪いのだ。自分でも意味が分からない。

髪の毛いじりの癖
 「髪の毛いじりの癖」がある。久々に小学校の頃の友達とすれ違った時、「お前髪型めっちゃ変わったな」と言われた。それは遺伝子のいたずらだろうか。いや、本当の理由に心当たりがある。髪の毛を指でいじいじと触る癖がある。親や友達から指摘されても、指で自分の髪の毛を触る事をやめられない。
1、くるくると人さし指で髪の毛をからめる。
2、そのまとまりを捉える。
3、捻じれたまとまりの中心を一刀両断する。
4、なんか気持ちいい!
この一連のことをついつい無意識にやってしまう。気持ちを紛らわせるのにちょうどいいのだ。ずっと繰り返していると、髪の毛にパーマがかかってきて、髪型がめちゃくちゃになってしまった。

自傷
 精神的な苦痛は、ある程度肉体的苦痛で誤魔化す事ができる。心ばかり痛いのは釣り合わない。僕は自分の手のひらにペンを突き立て、力を込めた。力に応じて痛みが強くなる。ペンを離し、その部分を見ると赤く変色している。いくつもの部位を赤く変色させることで模様を描くことができる。自分の体の一部を痛めつけていると、その時は意識が痛みに向いている。こうしていれば少しは気を紛らわせる事ができる。この程度の肉体的苦痛は安いものだ。今の精神的苦痛に比べれば。

本が読めない
 国語の教科書の難易度が難しくなってきている。同じところを何分も繰り返してしまって全然読めない。こんなに文字が読めない人間だったっけ?国語の点数は下がり続けた。文章をインプットすることに難しさを感じる。

点数が急落
 今まで得意だったはずの数学で、百点満点中17点を取った。簡単な計算でミスをしてしまう。思考のスピードが落ちた。脳みそが雑念でいっぱいになっていて、簡単な問題を解くのにも時間がかかる。まだ半分しか埋めてないのに時間切れになる。解き方は全部わかるはずなのに。父と母が、塾に行かせるか家庭教師を雇うか、そんな話をするようになった。兄はずっと成績が優秀だった。僕も今まではそう悪くは無かった。なのに突然どうしてしまったのかと。自分でも不思議だ。なぜ急に点が取れなくなったのか、さっぱりわからない。「これ以上悪化したら、塾に行かせるよ」と言われたが、僕はこれ以上面倒な人間関係が増えるのが嫌だった。

あれこれ考えてしまう性分
 当たり前が受け入れられない。挨拶ってなんで存在するんだ?上下関係ってなんで存在するんだ?数学の問題は時間をかけて考えればやがて答えが出るからわかる。だが社会のルールはどれだけ考えても納得が得られない。母は「難しいなあ」父は「世の中そういうもの、大人になったらわかる」そのように言われる事が多い。納得できなかった事は、未解決の謎として頭の隅に溜まっている。

自転車のギアのように
 多くの人は疑問を持たないのだろうか?そういうものだと受け入れたのか?当たり前を受け入れられない僕はなんなんだ?ものを考える時に使う脳みその働き方がみんなと違う気がする。自転車の低速ギアみたいに重く深くゆっくりと考えているようだ。他の多くの皆は高速ギアみたいに軽く浅くスピーディに考えているように見える。

かつての栄光
 僕はいじめられているわけではない。ただ友達がいないのと影から嫌味を言われる日々を送っているだけだ。小学校の頃はエス君コールを受けるほど、クラスの中心人物だった。それなのに今では居るんだか居ないんだかわからない、居ても居なくてもいいようなポジションになってしまったな。そんな過去と現在の差が残酷だ。昔に想いを馳せる。

協調性が無い
 修学旅行があった。グループを作って行動しなければならないのが嫌だったが、知らない事への好奇心はあり参加した。僕はグループからはぐれてばかりだった。自分が皆から離れるというより、皆がどんどん先に行くからはぐれるのだと思う。具体的には、美術館の展示物のテキストをじっくり読んでいると、誰もいなくなるのである。結果的に、僕の単独行動で皆を困らせたという事になり、団体行動で足を引っ張ったことになる。皆のテンポに合わせるのは難しい。「エス君のせいでみんなが時間を無駄にしたでしょ。謝ってよ」とグループの女子が言った。なぜ謝らせようとするのか。何故僕は謝りたくないのか。何もわからない。分からな過ぎて気が狂いそうだ。「ご、め、ん」とロボットみたいに不自然に謝る事しかできなかった。当然、なんだコイツという目で見られる。誰も僕を理解できない。

繊細な人間
 学校だけでなく、家族とか、親戚とか、B君とのやりとりも、自分自身のひとつひとつの動き、一挙手一投足が、おかしいんじゃないか、笑われるんじゃ無いか。常に、24時間そういう監視されている感じがうっすらとある。例えば、焼肉をやっていて、他の皆を思って肉を裏返してあげようかと思った。こういう肉の管理が得意な人がいるけど、彼にもきっと見落としている肉があるだろうと思って、僕なりに気を遣って肉を裏返そうと思った。すると、「まだ早い!」と言われた。クスクス笑われている気がするし、目から涙が出てきそうな気持ちになる。小学校の頃はこんなことはなかった。

嬉しさは悲しさ
 想像力が豊かすぎて、時々最悪な想像をする癖がある。目の前で喋っている人の首がいきなり吹っ飛ぶ想像とか、母から貰ったチョコレートにヒ素が入っている想像とか、嬉しい事があると、その分悲惨な想像をしてしまう。こういう空想はあまりやるべきではないだろうなと思う。

昔のエスはどこに行った
 性格の暗くなった僕を心配した父と母が、ある人を呼んで僕と面談させた。ある人とは、親戚一同からも信頼の厚い従兄のお兄さんだ。彼はコミュニケーション能力が高く、僕の閉ざされた心を開く事が出来るのではないか。そういう期待を持って呼ばれたようだ。
 二階にある僕の部屋に彼が来て、一対一で面談することになった。彼は僕に質問を投げかけた。
「ツレはおるんか?」
友達の事を「ツレ」と言うのを知らなかった。
「………?」
「ツレ、おる?」
「????」
「仲の良い奴、一人もいない?誰か一人はいる?」
「………ひとり」
「そっか。そのツレは活発なタイプなん?」
「………かっ…」
「…」
「………かっぱ……っ」
「活発なタイプ?そうなんか。」
「………」
「そう…そのツレとの関係はどうなん?」
「………」
「答えたくないんかな?」
「………」
「んー。」
「………」
「昔はよく田舎に遊びに来てたよな。エスの元気な様子を何度も見てた。でも今は何も喋ってくれんよな。あんなに明るかったエスはどこ行ったんよ?」
「………」
「うーん…喋ってくれんなあ」
「………」
僕は従兄のお兄さんにどうしても心を開けなくて、ただ沈黙した。昔の自分はどこに行ったのか。それは僕にもわからない。

なんか謙虚じゃね
 下校中、小学校3年から5年の頃に仲の良かった友達「ボゴロスコ君」と偶然会った。数人の別の彼の友達を連れていた。
「俺んち来ねえ?」
という事で、何年かぶりに久々に遊ぶ事になった。随分久しぶりに友達と一緒に遊んだ。緊張してしまう。プレステの変な笑えるゲームをやっていた。皆が笑っているのに、僕はずっと黙って無表情でいたのかもしれない。
「エス君、なんか謙虚じゃね?」
と、ボゴロスコ君は違和感を表明した。
「え…」
やっぱりそう思うか。僕は性格が暗くなってしまったのか。旧友からも気づかれるレベルで。
 後ろからバカゲーを観ているのだが、突然、ツボに入るくらい面白いシーンがあり、自分だけ笑いがこらえきれなくて声を出して笑ってしまった。
「エス君もこんなに笑う事あるんか…」
と感心されてしまった。ボゴロスコ君がそう言うって事は、どういうことなんだ。僕が笑わなくなったのは、いつからだろう?

ゲームばかり
 僕の成績は底辺付近まで落ちていた。学校では机で突っ伏して寝ていて、家ではゲームばかりやっていた。大乱闘スマッシュブラザーズ、一人でRPGツクール、モンスターファーム、スーパーロボット大戦をよくやっていた。家でも遊んでいるし、時々唯一の友達のB君とも遊ぶ。どうも最近、B君との関係すらもぎこちなくなってきている。
「エスさあ、なんでそんなに暗いん?」
自分でも、どうしてこうなったのかわからない。あんなに一緒に遊んだB君と遊ぶ頻度も、自然に徐々に減っていった。

兄の友達モケ君
 兄の同級生である「モケ」がよく家に遊びに来る。兄とモケがプレステのいろんなゲームをやっている様子は興味深くて、その様子を後ろから観ていた。全然知らないゲームが次々に始まる。モケは知らない文化をもたらしてくれるようだ。
 その時僕は部屋の開いた扉の少し外、遠くから兄とモケのプレイするゲームのテレビ画面を観ていた。最近寒くなってきた。エアコンの熱気を逃がさないようにモケは扉を閉めようとしたが、その手を止めて僕に対して言った。
「弟さあ、入るんだったら入れよ。」
まさか、モケから自分の存在を許されるとは思わなかった。家族以外の誰にも存在を認知されていないような気持ちで生きているのに、一応「居る」ことが許されていた。まさか兄の友達から無視されないとは思ってもみなかったのだった。

母は息子の笑顔が見たい
 母は、誕生日やクリスマスには僕の喜びそうな料理を作り、僕の好きそうなゲームを買い与えてくれる。何故かというと、母は僕の笑顔を見たいらしい。僕から一切の笑顔が消えてしまったようなのだ。自分自身では気が付かなかったが、確かに笑う事は随分少なくなったかもしれない。誰とも話そうとせず、髪の毛をいじいじと触ってばかりで、病的な雰囲気を放っているらしい。

先生の死
 何度か数学を教えてくれた先生が死亡したそうだ。心臓発作か脳梗塞か、理由はよく説明されなかったのだが、いつも元気に数学を教えてくれた数学の先生が死んだらしい。クラスの担任の先生は神妙な態度で、時に鼻をすすり、涙を拭くような動作をみせた。生徒達はただ沈黙するしかなく、ほぼ何も言わなかった。先生が教室から去った後、うるさいジャック君が言った。
「いまの演技、クサかったな」
さすがの僕も、よくそんなこと言えるなあと思った。人が実際に死んだ時、その受け止め方は人によって全然違うだろう。そして正直なところ僕にとって、数回だけ教えてもらった数学の先生が死んだら、「えっ?」と困惑するだけだ。
 数日後、母が学校から配布されたプリントでその事を知った。
「え?数学の先生、亡くなってたん!?なんでそんな大事なことを教えてくれなかったん?」
「…うん」
はぐらかすように曖昧な返事をした。

ファミキチ
 いつものように2階の僕の部屋でプレステのゲームをやっていると、階段を上る音が近づき、ガラッと引き戸が開き、父が入って来て苦言を呈した。
「なあ。今のエスはファミコンのやり過ぎで気が狂ってるみたいに見える。ファミコンキチガイ。お前はファミキチ。このままじゃ碌に働けない大人になるんじゃないかって心配になるレベル。のんべんだらりと生きてたら、いまに後悔する事になるからな。お前はズボラだからな。その分努力しろ。お前が今やっているゲーム、ステータスを上げたら敵を倒せるようになるんだろう?やっぱ人生もそれと同じ所があるわな。勉強をしろ。そして友達を作れ。社会で生きていく為に必要な事だわな。…なあ。何も言わないけど、ワシの言ってる事は間違ってる?」
「…………」
「黙ってたってわからん。」
いつものパターンに入ってしまった。「いただきますを言え」とか言われたあの時と同じパターンだ。そんな時は、いかにして父のご機嫌を取ればいいかが問題だ。
「わかったか?返事は?」
「………はい」
「よろしい。」
そう言って父は一階に戻っていった。

2年生の終わり
 もうすぐ2年生も終わり。そういえば、一番古い幼馴染のAちゃんは引越してしまい、全然関わりがなくなった。B君ともぎこちなくなった。そして小学校時代の友達にも会っていない。要するに、いま仲の良い人間がいない。
 すぐにでも3年生になりたい。はやく時間が過ぎて欲しい。一日一日が苦痛だ。このクラスでは心が削られる。つくづく、上手く行かなくなると全部がダメになっていくものだ。3年生になれば、クラスのメンバーも変わって今より少しはマシな状況になると思う。第一印象が大事になる。一度ポジションが決まると「キャラ変」しにくいからだ。年度末になり、いよいよ2年生最後の日。当たり前だが、何の名残惜しさもない。当たり前だが、通知表には協調性がないと書かれている。
 エスはこの一年間を、後に「暗黒時代」と呼ぶことになった。
(次の一年はほんの少しでも、マシになればいいな…)

中3年 https://note.com/denkaisitwo/n/nd75f8e842704


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