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始まりの日に戻れたら?【ショートショート】

もしも、始まりの日に戻れたら何をするか。
その試みは無駄だと止めるだろうか。
少しでもうまくいくように託すだろうか。
それとも--。

結末

結論から言うと、私は失敗した。
タイムマシンを作ることはできた。
しかしながら、時空連続体を維持しながらソレを運用する手段を見つけ出すことはできず、あえなく、その発明は凍結された。
秘密裏の計画続行が懸念された故に、幾星霜、寝食を共にした研究仲間とも、散り散りになっている。

全てを失った私に、一つの問いが投げかけられた。
“もしも、始まりの日に戻れたら何をするか。”

「私は、全てをなかったことにしたい」
「たとえ、私自身がパラドックスにより消え去るとしても。このような悲劇に至る過ちは回避しなければならないのです」

かくて、『タイムマシン消失作戦』が決行された。

起点

ある日、少女が一つのアイデアを発想する。
馬鹿げた、つまらない、吹けば飛ぶような思いつき。
しかしながら、その発想は次の瞬間に証明される。

「私は、未来から来た君だ」

そんな陳腐な一言から始まる未知との遭遇。
確かに、女性の顔立ちは少女のそれとよく似ている。

持つべきものは知的好奇心と自由な発想力。
自分に似ている大人が自分の思いつきに言及した。その事実だけを根拠に、幼き日の研究者は、目の前の人物が未来の自分であると信じることができた。

「君に伝えたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「タイムマシンを作るのはやめてくれないか」
「なんで?」
「それは結局うまくいかない」
「いってるじゃん」
「ダメなんだ。タイムトラベルはこれが最後。君や君の友達の努力は全部無駄になる。何も残らないんだ」
「そっか……」
「他のことをすればうまくいくかもしれない。せっかく未来から忠告しに来たんだから、聞いた方がいい」
「そうだよね……

 でも、いいや」
「なぜ?」
「やってみなきゃわかんないでしょ」

キラキラした瞳を来訪者に向ける少女。
暫し、説得しにきたはずの女性は言葉に詰まる。

「分かるんだよ。それは、うまくいかないんだ」
「でも、やりたいの」
「君が思ってるよりずっと苦しいよ。きっと、後悔する」
「いい。やりたい」

「……分かった。今の話は全部忘れてくれ。そうだ、これをあげよう。飴ちゃんだ」

発明家は、観念したようにそう言って、飴玉を渡す。
ありがとう。歳の離れた自分自身に、少女はそうお礼を言った。
今の会話を本当にすっかり忘れてしまったような顔で、楽しそうに飴を舐める。その能天気な様子は、いずれタイムマシンを作り上げる天才にはとても見えない。

「包み紙はポイ捨てするんじゃないぞ。きれいに開いて、畳んでから捨てなさい」

幼い頃から几帳面とは言えない彼女にそう忠告すると、発明家の姿は歪み、どこへともなく消え去った。

終点

「再三、ご説明した通りですが……うまくいきませんでした。私自身、自らの頑固さを忘れていました」

大きな審問室の中心に立ち、最後のタイムトラベルの経緯について淡々と答える。
落胆する声、怒る声も野次馬的に上がったが、大勢は“余計なことが起こらなくてよかった”というものだった。
そこまで不安視するなら、そもそもタイムトラベルをさせなければよかったのに。彼らにもやらざるを得ない事情があったのだろう。組織とは複雑だ。

「なんにせよ、無事に帰ってこられてよかったよ」

これは独り言。
『タイムマシン消失作戦』の失敗をもって、諸々の計画は終了。発明家は無事に解放され、すっかり舌に馴染んだ飴を舐めながら、十数年ぶりの生家を訪れた。
タイムマシンの製作を志してから、この家には一度も帰ったことがない。両親が立ち去ってから、何人か他の人の手に渡り、今は空き家ということになっている。

飴の包み紙をくしゃりとポケットに突っ込むと、指に少し硬めの感触。取り出すと、不器用なりに几帳面に畳まれた、古びた包み紙があった。

開くと、かつての研究仲間の名前が箇条書きで記されており、一番上に大きく『絆を絶やすな』とある。

「これも、もう要らないな」

二つの包み紙をまとめて潰し、指で弾くと、強く吹く風がそのゴミを遥か彼方に飛ばしてしまう。
強風と共に冬が終わり、春がやって来た。

「ただいま!」

これは独り言ではない。
扉を開くと、そこには研究者仲間が、一足先に集まっている。

「遅ぇよ」「よかった〜」「怪我とかしてない?」

「ごめんごめん!

 ……さて、次、何作ろっか」


結論から言うと、私は失敗した。
そしてこれからも、失敗を繰り返していく。
彼らと。絆を絶やさず……懲りず、飽きもせずに。






常に前よりダサい語りを心がけます。