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324 人種の壁を越えて

はじめに

今日の教育コラムは、1966年に国連総会で制定された国際人種差別撤廃デーについて少しお話してみたいと思います。
1960年の3月21日に起きた事件は、その後の世界の在り方を大きく変えるきっかけとなりました。
それは、南アフリカのシャープビルでのことです。みなさんも社会の教科書で学んだことがあるアパルトヘイト(人種隔離政策)に反対する平和的デモ行進に対して、警官隊が発砲したのがこの事件です。
もう少しだけこの事件について詳しく補足しておきます。事件は、南アフリカのシャープビルで発生しました。パス法というアフリカ人が白人地域に入る際に身分証明書の携行を強制した法律がありました。それに対して反対の集会を行っていた数千の人々に向けて、白人警官が一斉発砲した事件です。
多くの死傷者を出したこの事件をきっかけにその後、南アフリカの国中に抗議のデモやストライキが起こりました。政府が非常事態宣言を出す事態になったほどです。

アパルトヘイトとは

アパルトヘイトとは、南アフリカが1948年から1990年代初めまで実施した、法によって定められた人種隔離と差別の制度です。南アフリカでは、当時、黒人と白人の居住地域を分けるアパルトヘイトという政策がとられていました。1994年に撤廃されるまでこの政策は続けられたわけですから、大変に長い差別との戦いを経て人々の意識と生活は変化していったことになります。
1966年、アパルトヘイトは国連憲章および世界人権宣言と相容れない「人道に対する罪」として国連が非難をしました。この国連の動きを生み出すきっかけとなったのが先ほどの事件なわけです。
そのため、国連が人種差別に取り組む契機となったこの事件が起きた、3月21日が人種差別撤廃のための記念日とされたわけです。ここで、一人の人物とその方の言葉を紹介します。

ネルソン・マンデラ氏

「It always seems impossible until it's done.」
この言葉は、黒人解放運動の象徴的な指導者として知られる、ネルソン・マンデラ氏が残した言葉です。
「何事も成功するまでは不可能に思えるものである」という意味を持つこの言葉は、長い歴史の中で積み重ねられてきた人種差別の撤廃という不可能と思われていた問題の解決に不断の努力をもって臨む決意を多くの人々に持たせた言葉となります。
ごく簡単にネルソン・マンデラ氏の紹介をしておきたいと思います。彼は、南アフリカ共和国の当時の大統領フレデリック・デクラークと共にアパルトヘイトの撤廃に尽力し、1993年にデクラークと共にノーベル平和賞を受賞しています。また、そうした功績もあり、1994年に南アフリカで初めて行われた全人種が参加した普通選挙を経て同国の大統領に就任しました。

人種差別

人種差別とは、人種の違いを理由に、政治的・経済的・文化的・社会的な権利を差別することです。人種とはどのような違いから発生しているかというと一般的には皮膚の色や骨格、毛髪などの身体的特徴による区分が主なものです。民族という言葉がありますが、これは言語や宗教、信仰、習慣などの文化を共有する集団を表すものです。
このよに人種と民族という言葉の意味は異なりますが、人種差別というものを考えるときは、多くの場面で同義として扱われることが多いです。
差別や偏見をなくすためには、正しく理解・認識することが大切なわけですが、外見的な違いや文化や伝統といったものを背景とした価値観の違いがあろうとも基本的に同じ人間であるということをまずは理解することが重要です。その上で、こうした人種差別の問題に対して自分自身で考え、行動していく態度を養うことが必要です。
身の周りで偏見や差別にあったとき、自分はどう考え、周りの人たちとどのように考えて行動することができるのか、それが今問われている世界の課題でもあるのです。差別や偏見と闘うための勇気と努力は今も求められている大切な力なのです。

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