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162 パレスチナ問題


はじめに

この地球上には、宗教上の聖地と呼ばれる場所がいくつもあります。日本であれば、出雲大社、富士山、高野山、比叡山、身延山などなど様々な地域に各宗派の聖地と呼ばれる場所があります。
では、世界ではどうでしょう。世界にも、もちろんこうした宗教上の聖地はより複雑なかたちで存在しています。その中でも3つの宗教の共通の聖地として存在しているのが、パレスチナという土地です。この地には「エルサレム」と呼ばれる、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それぞれの聖地があります。
今日の教育コラムでは、この地で起きている紛争について少し考えてみたいと思います。

聖地という考え方

世界には、様々な信仰があります。信仰とは、神や仏などといったある神聖なものや絶対的な存在を信じて、尊ぶことを意味します。長い歴史をもつものが多く、自分自身の生活を司るものであり、時には生死を左右するような目標にも近いものとなります。
次にあげる信仰は、世界的にみても多くの人が崇拝しているもので、それぞれに聖地をもちます。

キリスト教:聖地のひとつとしてエルサレムがあげられます。イスラエルにある世界最古の都市の一つです。ここは、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の「聖地」とされています。エルサレムは古代イスラエル・ユダ王国の首都でした。そして、ここでイエス・キリストは、処刑されました。
また、バチカンも聖地と言えるでしょう。タリアの首都ローマには、ローマ市に囲まれるようにローマ教皇の居住するバチカン市国があります。全世界のカトリック教徒にとっての中心地なのです。

イスラム教:イスラム教の生徒と言えば、メッカです。メッカとは、サウジアラビアのマッカ州の州都であり、正式名は「マッカ・アル=ムカッラマ」と言います。ここは、イスラム教最大の聖地です。イスラム教徒の習慣としてムスリムというものがありますが、これは1日に5回決まった時刻になるとメッカの方向に3度礼拝を行うというものです。
また、マディーナと呼ばれるアラビア半島の都市で、メッカに次ぐイスラム教の第2の聖地も覚えておきたい場所です。ここは、初期のイスラム共同体の首都として機能していた場所で、イスラム教史上初の「クバー・モスク」があります。モスクとは、イスラム教における礼拝堂を意味します。近年まで、この聖地にはイスラム教徒以外は、市内へすら立ち入りが厳しく制限されていました。

ユダヤ教:聖地をイスラエルとして、ここを中心に世界で2000万人が崇拝する宗教です。土曜日は仕事をしてはいけない火と定められていて、厳しい戒律で知られています。天地創造の神「ヤハウェ」こそ唯一の「神」だと信じています。

歴史の目

イスラエルは、ユダヤ人の建国した国でパレスチナはもともとあった地域で、その中にイスラエルも聖地エルサレムもあります。このパレスチナの地には、ユダヤ教を信じるユダヤ人の王国がありました。
このユダヤ教の国で新しい教えを広めたのがイエス・キリストでした。彼はユダヤ教と対立し、十字架にかけられてしまいます。ヨーロッパでキリスト教が広がると、ユダヤ人はキリストを処刑した人たちとみなされ、差別や迫害の対象になっていきます。

問題の発生と原因

パレスチナ問題は、ごくごく簡単に一言でいえばアラブ人とユダヤ人の対立だと言えます。原因は、アラブ人の住むパレスチナにユダヤ人国家イスラエルが建国されたことにあります。
先ほどまで述べてきたようにキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地であるエルサレムは、それらの宗教を信じる人にとって聖地であり、できれば自分たちの土地にしたいという思いがあります。
特にユダヤ人の間には、19世紀以来、「旧約聖書で神に約束された地」である、パレスチナにユダヤ人国家を建国したいという考えに基づいて、シオニズム運動がおこっていました。しかし、パレスチナの地には1000年以上にわたってアラブ人が住んでいますから、自分たちの土地にしようとしても難しい問題になるわけです。

三枚舌外交

さらに、問題が複雑化した原因をつくった国があります。それがイギリスです。第一次世界大戦でユダヤ人とアラブ人に協力を申し入れていたイギリスは、パレスチナでのユダヤ人国家建設を認めながらも、アラブ人にも、パレスチナでの独立を約束しました。
このように二枚舌で交渉をした結果、第一次世界大戦後、ユダヤ人はパレスチナへの入植を進め、結果としてユダヤ人とアラブ人は対立しました。それだけではなく、イギリスは、フランスやロシアに対しても自分たちだけでこの土地を占領しようと持ち掛けます。このようにイギリスは、世にいう悪名高い「三枚舌外交」と呼ばれる秘密外交をしたのです。

解決できないこと

2000年以上もかけて争い、そして多くの命を奪い合ってきたこの問題は、もはや互いの思いだけでも、国家間の仲介をもってしても全く解決の糸口が見つかりません。
解決するには、互いに領土を認め合い宗教的な相違を理解しながら歩み寄る必要があるのですが、それも難しいでしょう。むしろ、和解や相互理解で解決することを当事者たちは望んでいないのかもしれません。そうした状況を打破するには、もう互いの信じている神が直接、争っている者に語りかける以外に方法がないのかもしれません。



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