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【感想】市子 ※ネタバレあり

良質な作品を観た後は言葉よりも感覚がじんわりと自分の中に残る。市子もそういった作品だった。

ミステリーのように謎がなんなのかを気にしながら見ているつもりが様々な者から観た市子像に自然にスポットライトが当たるように構成されており、市子の謎を追っているつもりが気づいたら彼女自身の実像を追いかけている秀逸な構成。

冒頭のシーン、市子が汗を垂らしながら歩く姿のままならなさ。その存在感に一気に引きこまれる。真夏の海から真っ黒な服を着た市子が歩いてくる。

少し猫背のようにも見える首のラインや身長が独特な魅力を醸し出している。

このシーンからはじまりこのシーンで終わる構成は見事。この女は誰なのか?どんな女なのか?それはわからないがただただ存在感だけが印象的だった冒頭から、物語を終えいろんなことを知った後で観る同じシーン。ただ歩いているシーンの意味合いがまるで変わって映る。

しかし冒頭と全く別の印象を残すでもなく冒頭感じた、ただならぬ印象はそのままに、より深く、より禍々しく、市子という存在を感じさせられる。

市子の法を平気で無視するアンモラルさは、彼女そのものが法から逸脱した存在であるが故にとてもフラットに感じさせられた。

市子として生まれ、市子を封じ月子として生き、本物の月子を殺し、月子に成り代わって生きながら市子であることを望み、月子を知る人を殺し、市子として生きていく。しかし最後には他人からもらった戸籍を得て全く違う人間として彼女は人生をやっとはじめるのかもしれない。結局のところ彼女は市子として生きていくことはできなかった。

北くんはきっと市子のために、自殺志願者の女性と一緒に死んだのだと思う。世間には市子とともに心中したと見せかけるために。彼は市子のヒーローになるために望んで死んだのだろうか。仕方なく受け入れたのだろうか。彼が死んだ後ではわからない。

だが、北くんは仮に生き続けていても一生市子の呪いの中に生きたのだと思う。ある意味彼はあそこで終われて幸せだったのかもしれない。

作中に出てくる登場人物の行動一つ一つは決して肯定できないものの、そうなりざるを得なかったと思わせられる説得力がある。

一人の人間に思いを馳せることで、人に対する想像力を喚起させられるような作品だった。

追伸。作中に数枚の写真が出てくるがどれも文句なしに素晴らしい写真だった。時に写真は映像以上に説得力がありフィクションの写真ではなく本物の写真なのだと思わされる。

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