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努力ができない人がいる事実を受け止めるべき

どうも、ゑんどう(@ryosuke_endo)です。

おそらく、今世を生きる人たちの中には勘違いされている方もいると思いますが、世の中には努力ができる人もいれば努力ができない人もいるんですよね。

「努力をすれば叶う」なんてものは、遺伝的特性として努力できるが故に実現できることであって、そういった特性を持っていない人は努力ができるだなんてことは幻想としか思えません。

身長や体重といった見た目が遺伝するのと同じように、学力や知能も遺伝するし、性格や特性、「こころ」といった見た目以外もしっかりと遺伝的な要因で説明ができるってことは行動遺伝学の研究から認めることができます。

日本だと安藤寿康さんが先導を切って走る研究者で、その著書は非常にわかりやすく記載されていますし、ネット上には多くの記事が転がっていますから興味がある人は「安藤寿康 行動遺伝学」と検索してみてください。

以下はAmazonの著者ページを貼っておきますので、興味がある方は書籍を購入して読んでみることをオススメします。

最近だと、ぼくの大好きな橘玲さんとの対談本である「運は遺伝する: 行動遺伝学が教える「成功法則」 (NHK出版新書 710)」があります。新書サイズなのに対談の内容が引用文献に溢れるすばらしいものになっていますので、安藤寿康や橘玲を知らないって人はお試しで読み始めてみてください。

「そんなバカなことがあるか!遺伝で物事を片付けるだなんて残酷なことを言っていいと思っているのか!」

そんな風に思いたくなる人もいるでしょうが、身長や顔などが似ることを遺伝で片付けるのに、それ以外の知性や学力などがそうでないと考える理由がわかりません。

もちろん、各個体が環境との相互作用による影響を受けることは否定しませんが、その影響を受けて発言する作用の軸となるのは遺伝的特性であるはずです。ある人物の特性が突然、他人に憑依するだなんてことがあるはずがありませんからね。

個人が抱える特性の中には性格といった心理学的個体差も含まれますが、心理的な個体差も遺伝による影響を受けるのだとしたら、「努力」や「根性」などといった事柄も遺伝による影響を受けて発現する思考や特性であると言えます。

世の中で成功をしてきたであろう人たちは、自身の努力に対して謙虚に自分でできたことは他人にもできるはずであると考える人や、反対に、自分以外の人間にできてたまるものかと意地でも誇りを捨てない人もいることでしょう。

どちらにも共通しているのは、おそらく親からの遺伝なんかではなく、自身が切り拓き続けてきた努力の結果であると自負している点であるはず。その自負があるからこそ、今日に至るまで努力し続けてきたからこその成功だと強く揺るぎない自信を抱いているに違いありません。

それを遺伝的な特性として片付けられようものなら、怒り心頭であり怒髪天をつくのではないでしょうか。

すべてが遺伝で決まるわけではありませんが、遺伝による影響を無視することはできません。

つまり、努力や根性を発揮してがんばれることは遺伝的な特性を両親から引き継いでいることの証であり、言うなれば親ガチャで当たりを引いたようなものです。

マシュマロテストというものがあります。

心理学者のウォルター・ミシェルが行った実験で、子どもがマシュマロを我慢できるかどうかで大人になって成功できるかどうかを調査したものです。

実験の内容は、3歳の子どもが机と椅子以外、何もない部屋に入れられ、マシュマロが置いてある机の前でこう告げられます。

「15分間マシュマロを食べるのを我慢したら、あとでもうひとつもらえます。」

一人残された子どもがマシュマロを我慢できるのかできないのかを実験担当者はカメラで撮影し調べます。

実験に参加した子どもたちが10代、20代、30代と成長を追跡した結果、マシュマロを我慢できた子どもたちは成功する割合が高く、逆に我慢できなかった子どもはあまり成功しなかった、というのが結論です。

その後、再現実験が行われ、社会経済的地位で説明できるといった反論が出てきました。どういうことかというと、恵まれた家庭の子どもはマシュマロを我慢できて、貧しい家庭の子どもは我慢できない傾向にあるというのです。

つまり、中上流階級の子どもほど成功しやすく、犯罪率の高い地域で暮らしている子どもにとっては、成功する確率が下がるといった身も蓋もない結論なわけです。

経済的に貧しい子どもは、もらえるかどうかもわからない将来のマシュマロではなく、目の前にあるマシュマロを必死になった獲得することを選ぶ方が「合理的」な判断だということの裏返しです。

ここまで書いてきて何が言いたいのかというと、そういった生まれた地域に暮らしている両親の遺伝的特性を引き継いでしまっている以上、知能や性格といった遺伝的要因と、地域による環境特性が相互作用を及ぼし、将来の成功確率が下がってしまうといった無情は現実だってこと。

これを前提にすると、やり抜く力と訳されるGRITや成功するために大事だとされる非認知能力についても懐疑的にみなければいけなくなります。

GRITのようなやり抜く力は、遺伝的な視点から見ると明らかに大きな影響を受けているでしょうし、非認知能力と呼ばれるものは誰もが身につけたところで、どういった場面、環境、状況で発揮されるものなのかといった具体的な視点が欠けていると言わざるを得ないでしょう。

誰もがイチローや大谷翔平になれるわけではないことは明らかです。

アラブの石油王になれるかどうかは生まれた時点で石油王の息子として出生しなければいけませんし、孫正義のような起業家になることは孫正義の持っている遺伝特性を持っていなければできないのです。

あらゆる成功者は、彼らにとって最適な環境と状況が、遺伝的特性と合致していたがために実現できた再現性に乏しい稀有な結果ですから、それらの外れ値が行なっていた軌跡を辿ったところで同じような成功を得ることはできません。

彼らは、そこに至るまでの過程で行ってきた努力も含め、彼らの特性があったからこそ成り立っているものであり、そこには他人に真似できるものではないのです。

つまり、遺伝的特性によって努力をできる人もいればできない人がいるといった事実を受け止める必要があり、それを無視し、みないようにしたところで現実は時間を止めてくれません。

過酷で厳しい現実ではありますが、そういった人がいるであろうことを踏まえて生活をすると、存外、人に対してやさしくなれるのではないでしょうか。

ではでは。
ゑんどう(@ryosuke_endo)


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