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「汗顔の至り」の例文

知らない言葉や知っていても使ったことのない言葉に遭遇したときは忘れぬよう書き留めているのだけど、いっこうに身につかない。使わないから覚えないのだ。「汗顔の至り(かんがんのいたり)」を使ってみる。

 雨の道路ですべってころんだ。正確に言うと、雨でぬれた葉っぱを踏んですべってころんだ失敗失敗。まわりにいたハトたちからめちゃくちゃ見られたし、わたしが慌てて羽ばたいたものだから目の前を歩いていたヒトは文字通りヒトが豆鉄砲くらったような驚いた顔してた。ごめんねヒト。

 今日はこのあとハヲルと遊ぶ。駅前広場で出会ったときはまさか年上だとは思わなくて、完全に空から目線で接してた。カラスに小石ぶつけて来いよとか言って笑ってたのとか、今思えば超失礼。なのに怒ることなく接してくれていたハヲルのことを、わたしは敬意を表して今も敬称略で呼ぶ。

 いつものように電線に座ってダベって、混んできたら川方面をふたりで飛んで、昼過ぎには駅前に戻って欅で休もうとしたらいつもの枝に先客がいたから市役所前の石像の上に落ち着いた。石像は球体でつるつるしてるので、落ちちゃわないようにふたりで体を寄せ合って学校帰りのヒトの子が通るのをぼんやり眺めていると、ハヲルが急に切り出した。

「山に帰ろうと思ってるんだー」

 街での生活は快適だし楽しいんだけどここで一生を終える感じじゃないかなと思ってー、とハヲルは言った。泣きそうなとき、語尾をのばすのがハヲルとわたしの共通点。カラスに追いかけ回されたあともそうだった。「あいつ黒すぎるわー」「笑えるねー」とか言って。
 毎日ふたりでいて、ずっとこのままだと思い込んでた。ハヲルがそんなことを考えてたなんて全然気づかなかった。汗顔の至りだ。わたしは「そっかー」と返すのがせいいっぱいだった。

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