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言葉は世界を拡張するーミニ読書感想『言語の力』(ビオリカ・マリアンさん)

言語学者ビオリカ・マリアンさんの『言語の力』(桜田直美さん訳、KADOKAWA、2023年12月21日初版発行)が興味深かったです。タイトルはシンプルですが、ユニークなのはこれがバイリンガル・トリリンガルなど複数言語使用者にスポットをあてた本だということ。言語が脳の機能、社会文化を幅広く豊かにする、その効用を俯瞰できます。


前半は脳や認知、神経など人間の内的変化について、後半は文化や相互理解など社会的変化にスポットを当てていて、アラカルト的に「言語のパワー」を学べます。そのエピソード一つ一つが面白い。

たとえば一番驚いたのは、バイリンガルの方が認知症が抑制される可能性がある、という点。複数言語の使用は脳にとって無理な活動ではなく、むしろその処理能力を強化・維持する適切な刺激になるといいます。

あるいは後半では、「幼少期からバイリンガル教育をすると悪影響がある」というのが迷信である(科学的裏付けがあるわけではない)というのも説明されます。これは特に日本においては、英語など外国語教育を早期に取り入れることへの反対論の根拠にされてきたので、なかなか刺激的です。

よく「バイリンガルの子は語彙が少ない」との指摘がありますが、本書によるとそんなことはない。たとえば、モノリンガルの子が「牛乳」「コーヒー」を知っていて、バイリンガルの子は「牛乳」しか言えないとする。でも実は、コーヒーは知らなくても、牛乳を指す語彙として「牛乳」と「milk」を知っていたら、それは二つの語彙としてカウントされるべきだ、と著者は言います。たしかに。

数々の言語の効用のうち、一番印象に残ったのはこれでした。

当時の日記を読んでみると、いろいろとおもしろい発見がある。そのころの私が想像していた「フランス文化」や「フランスのライフスタイル」が、文体や書く内容に反映されているからだ(カフェのテラス席に座り、コーヒーを飲みながらタバコを吸ったというような記述もある。カミュの影響だ!)。ルーマニア語や英語で書いた日記と読み比べると、受ける印象がまったく違う。ルーマニア語ではホームシックでつらいと嘆き、英語では学校と勉強のことばかり書いていた。

『言語の力』p148

著者自身、旧ソ連から米国への移民で、ルーマニア語をはじめとするマルチリンガル。そして、フランスで暮らしていた時にフランス語の日記を書いていたそうですが、そこに描かれる様子はフランスのライフスタイルを色濃く写しているといいます。

これは、多くの人に思い当たるのではないでしょうか?私の場合は、日本語で話すより英語で話す方がハキハキと話せる。性格的に言っても1.5倍くらい、「陽キャ」になっている自覚があります。

言語の持つ力は広範で、このように私たちの認知・認識そのものを動かす力がある。世界が拡張されるのです。本書を閉じると、かつて諦めた外国語の勉強を再開したくなります。

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