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創作小説 花束に込めた思いは届かない

「お花ありがとうございます!大切に飾りますね」

そんなメッセージを見て、私は彼のことを愛していたんだと気づく。
それを認めざるを得ないくらい、どろっとしたどす黒い感情が胸に沸いた。

***

退職する今井君と私は、三年ペアで仕事をしていた。
三つも年下なのに自己主張の強い彼が最初は苦手だったけど、一緒に仕事をして内面を知る中で実は優しい人だと分かった。

私達は営業先に向かう車中で、マンガや漫才の話をたくさんした。
思春期の悩みや将来の夢など、普段は人に話さないようなことでも盛り上がった。
仕事で良いことがあればコンビニでスイーツを買って一緒に食べた。
今井君は会社の飲み会にはほとんど顔を見せず、付き合いが悪いと言われていたけど、私とのランチはいつも向こうから誘ってきた。

私も今井君も五年前に結婚をしていて、今井君には二歳の娘がいた。
私の夫は二年前に海外転勤を命じられて、アメリカにいる。

私たちは「とても信頼し合った同僚」で、もしかしたら「男女の垣根を越えた友達」だった。

今井君が退職を決めたのは、身体が弱く子育てがままならない奥さんのために、奥さんの実家近くで住むためだそうだ。
今井君は奥さんの話も私にたくさんした。
奥さんとは高校時代からの付き合いと聞いて私は驚いたし、感情的で行動派な今井君とは真逆でゆったりとした人だと知った。

「私と今井君は同じタイプで、奥さんと今井君は反対のタイプなんだね」
ランチに行った会社の近くの洋食店で私がそう言うと、今井君は口いっぱいに入れたエビフライをもぐもぐ飲み込んでから口を開く。
「本当にそれ。僕たち似ているよね」
三つも年下なのに今井君はいつの間にか私に敬語を使わなくなった。
「でも桜井さんたち二人も逆のタイプなんでしょ?」
「二人?…あっ私と夫も逆だ。私が行動派で、旦那さんが受け入れてくれる感じかな」
包容力があって穏やかなところが私の夫の良いところだ。
「そういう組み合わせじゃないと長くは続かないよ」
今井君は口元をきれいにハンカチで拭う。今井君はいつもアイロンのかかったハンカチを持っていて、それは奥さんの影響だろうか。
私はじっとそのハンカチを見てしまう。

そんな今井君の最終出社日に、会社の皆から送別の品を送った。
新入社員の女の子が選んでくれたネクタイはちっとも今井君に似合っていなかった。
付き合いが悪い今井君の趣味なんてあの子は分からないから無難なものを選んだんだろう。

帰り際、二人で話をした。
私は今朝、通勤途中の花屋で買った小さなブーケを今井君に渡した。
今井君が柄にもなく花が好きだと知っていたから。
案の定、彼はとても喜んでくれた。

他愛もない話の最中に、
「きっともう会わないんだろうな。社のみんなと飲むからおいでよって言っても来ないだろうしな」
私は笑って言った。
「そうですね。僕、連絡なかなか返さないタイプですし、付き合い悪いですもんね」
「そうだ。僕の妻の連絡先を教えますよ」
今井君は唐突に言った。
「なぜ?」
私が戸惑うと今井君はひょうひょうと言った。
「妻は僕と違って社交的だから、まめに連絡するだろうし。それに妻は桜井さんのファンなんですよ。僕があまりにも妻に桜井さんの話をするから会いたいって言っていました」
今井君は早速、奥さんの連絡先を私に送信した。
そのアイコンは桜の木の下で家族三人が笑っている写真だった。

「僕もまた会いたかったから。これならきっと、また会えますよ」
そう言って今井君は軽やかに去って行った。

その日の夜、今井君の妻からメッセージが来た。
「お花ありがとうございます!大切に飾りますね」
その後に、今井君が私のことをどんなに尊敬しているか、素敵な人だと話しているか…が長々と書いてある。
そんな風に人をなかなか褒めない人だから…とも。

でも、そんな言葉はちっとも嬉しくなかった。

私はあの花束に言えない気持ちを無意識に込めていたのだと気づいたから。
「すごく好きだった。ありがとう」
その思いが今井君の手から別の人に渡されてしまったような悲しみと何より嫉妬があった。
決して言葉に出来ない気持ちが、別の誰かの手元にある。

私はそのメッセージに返事をしなかった。
そして今井君と今井君の奥さん、二人の連絡先を消した。

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