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【短編小説】 俺 vs 読書感想文(上) 準備編

 もうだめだ。助けてくれ。ついに追いこまれた。もう逃げ場がない。大変だ。困った。
 10年ごまかし続けたがもう限界だ。どうしようもない。カネもない。おしまいだ。


 俺は机に置かれた原稿用紙5枚を見つめながら頭を抱えていた。
 俺は高校2年生。今は夏休み。しかも最終日。
 目の前にあるのは、読書感想文用の原稿用紙だ。

 問題集やらドリルやらは巻末についている答えを丸写しすればいい。というか昨日した。どうせ先生たちだってろくに見やしないだろう。

 だが読書感想文は違う。
 読まれる。

 原稿用紙5枚分の文章、そんなものは書いたことがない。
 メールやメッセージとかも、
「わかった」
「マジかー」
「ドンキ?」
「カレーうどんで」
「😩」
「😄」
「🐮」
 などの単語でやってきた。

 俺が長文なんか書けるわけがない。常識的に考えてほしい。
 俺は本なんて読まない。マンガだってあんまり読まない。俺はゲームが好きなのだ。
 そんな人間に読書感想文を5枚書かせるなんてどうかしている。やめてほしい。ひどい。あんまりだ。




 小学校の頃はどうにかごまかせた。
 教科書の文字を適当に写した5枚をクシャクシャにしたりビリビリにしたり水で濡らしたりした。

「学校に来る途中で風に飛ばされました……」
「知らないおじさんに破られました……」
「水たまりに落ちました……」 

 などと言って先生の前で泣きマネをして乗り切った。
「知らないおじさんに破かれた」と言った時は不審者が出たと騒動になり、警察に事情を聞かれた。
 まあ、そういうこともある。




 中学生の時は別の方法で解決した。
 本ばっかり読んでるタイプのクラスメイトに「ちょっと頼みがあるんだけどさぁ~」と声をかけて、代わりに書いてもらった。ダイヒツというらしい。
 俺は悪い奴ではないから、そいつにはちゃんとギャラは払っている。1枚100円。5枚で500円。色々あって支払いが冬にズレた年もあったけど、ちゃんと払った。




 で、去年。
 高1の時はマジで困った。
 高校生ともなるとみんな大人になって、本ばっかり読んでるタイプの奴も「そういう不正はいけないと思います」とか言う。ビリビリにして泣いてみせても「じゃあもう一回書いてきてね」と言われるだろう。たぶん。
 そんなわけでこの時は、姉貴に頼むことにした。

 姉貴は本が好きだ。今は地元のけっこうイイ大学に通っている秀才だ。秀才なのでメガネをかけている。
 部屋を覗けば本ばかり読んでいる。なんか厚い本ばっかりだ。部屋の本棚は本で埋まっていて、本の上に本が詰まっていて、床にも本、本格的に本当に本が好きな本好きの……
「本」と思い浮かべすぎて気持ち悪くなってきた。本アレルギーとかかもしれない。


 それで一年前、姉貴にダイヒツを頼むとこう言った。

「いいよ、書いてあげる。原稿用紙1枚、1000円ね」

 俺はギャッと叫んだ。
「高いよ!」
「高くないよ。安いよ。人が動けばお金が発生するのは当たり前でしょ」
「手首しか動かねーじゃん」
「脳も動いてるんだよ」
 姉貴は拳で自分の頭をコツコツこづいた。
「頭脳労働だって立派な労働だよ」
「俺だって、脳、動いてるし」
「へぇ、じゃあ自分で書けば?」 
「……………………」
 ハメ技のパターンに入った。俺がなんと言っても「じゃあ自分で書けば?」と返されるやつだ。
 俺は歯をくいしばり、4000円を渡した。
「えっ、足りないんだけど」 
「学生割引…………」
「ダメ。取引は取引。まぁないなら仕方ない、残りは来月でもいいよ。チャチャッと書いてあげる」
 
 姉貴は1時間ほどでテキトーに読書感想文を仕上げた。
 それがなんと、高校の読書感想文コンクール1年の部で入賞してしまった。
 俺は副賞として500円の図書カードをもらったが、姉貴に取り上げられた。
「じゃあこれで、残りは500円、ってことで」と俺が言うと、
「何言ってんの? これはボーナスみたいなもんでしょ。1000円、キッチリ払ってよね」
 と姉貴は言うのだった。人でなしだ。親の顔が見てみたい。


 こんなにカネがかかるのなら、いっそのこと読書感想文なんか出さずに乗りきればいいのだ。
 考えてみれば小中の時だってバカ正直に提出しなくてもよかったんだ。そうだ、2年からはブッチしちゃお。

 俺の甘い考えは、夏休み明けに裏切られた。
 黒板のすぐ脇に、でかいホワイトボードがぶら下げてある。一番上にはこう書いてあった。



【夏休みの宿題 未提出者】



 なんということだ。
 この学校は、宿題を出さない生徒をさらし者にする場所だったのだ! 
 出し忘れた者、やっていない者の名前がどんどんホワイトボードに書かれていく。

「はいっ、ここに名前のある奴、出すまでずっとこのままだからな~」

 担任は言った。ラスト3日で全てをどうにか終わらせていた俺はゾッとした。血も涙もない。こんな高校に通うんじゃなかった。憲法とかに違反してるのではないか?
 不良な奴らは翌年の3月まで名前が残っていてもヘラヘラして平気な顔でいたけど、デリケートな俺にはとても我慢できない。だって授業の時、いやでも俺の名前が目に入るじゃないか。クラスメイト全員に。友達連中にも。女子にも。あのかわいい京子ちゃんにも。怖い。想像しただけで具合が悪くなる。
 


 
 そんなわけで夏休み最終日、俺は窮地にいたのだ。
 さらし上げられるのを避けるには感想文を出すしかない。だがそんなものは書けない。
 今年は5000円すらない。色々あってこの夏は使いすぎた。手元にあるカネをかき集めた。
 1341円……
 ソシャゲのガチャが、1回やれるか……
 俺はガチャと自分の命を比べた。かろうじて、命の方が勝った。
 こうなったらこれだけ握りしめて、必死に頼むしかない。土下座してでも…………
 俺は覚悟して、尻のポケットに1341円をつっこんだ。

 気合を入れて廊下に出て、姉貴の部屋をノックした。
「はぁい、なに?」
 部屋に入ると姉貴は椅子に座って、すごい厚さの本を読んでいた。人を殴ったら死にそうな厚さだ。
 俺はそっ、と近づいて、できるだけソフトな声で言った。 
「すいませんお姉さん、ちょっと今、よろしいですか?」
 姉貴は机から勢いよく顔を上げて叫んだ。
「気持ち悪っ! 何それ! あんたのそんな口調、一度も聞いたこと……」
 そこまで言ってから、メガネを指で押し上げた。 
「いや、あったな。去年。読書感想文が書けなくて……」
「はい、さようでございます」
「気持ち悪っ! やめてよその喋り方! 普通にしてよ。でないと書かないよ」
「えっ!」俺は下げていた頭を上げた。「今年も書いてくれんの!?」
「いいよ、書いてあげる」
 姉貴は歯を見せて笑った。

「原稿用紙1枚、3000円ね」

 俺はギャッと叫んだ。
「去年の三倍じゃねーかよ」
「物価高の影響で……」
「うるせーよ。どうせ去年のやつで味しめたんだろ」
「そうだよ」
「ねぇちゃん、これ見ろよ」
 俺は尻のポケットから1341円を握って出した。
「俺はなあっ。今年はこれしかないんだっ。全財産を捧げるんだっ。けなげだろ? 立派だろ? こんなかわいい弟から! 15000円も取ろうってのかよ!」
「取るけど」
「人でなし!」
「1枚3500円」
「馬鹿野郎!」
「1枚4000円」
「すいません。値上げはやめてください。許してください」
 人でなしの馬鹿野郎は口を尖らせてフン、と笑った。
「で、15000円出せるの? 特別サービスで、来年のお年玉からでもいいけど?」
「出せません」
「もうちょっと考えてから答えなさいよ」
「欲しいゲームがあるし、ガチャも回さなきゃならないし……」
「じゃあ自分で書けば?」
 なんか、これと似たような場面があった気がする。去年あたり……
「そこをどうにか、お願いできませんか? 俺、本すらも持ってないんですよ……」
「本屋で適当に買ってきたら?」 
「欲しいゲームがあるし、ガチャも……」
「アーッわかったわかった。しょうがないなぁ。この部屋から借りていっていいよ」

 言われて俺は、本で満たされた部屋をぐるりと見回した。
 思わず口に手がいった。
「どうしたの」
「本を見たら、吐き気が」
「そんなに?」
 姉貴は呆れ返った顔になった。 
「あんた、本のアレルギーなんじゃない?」
「俺もそう思う」
「じゃあさ、あたしが選んであげるから、それ拾い読みしなさい」
「ヒロイ……ヨミ……?」
「適当にザーッと読むってこと! 全くなんも知らないんだから!」


 姉貴はしばらく棚や床をごそごそやって、数冊の本をとった。
「まずこれとかどうよ、薄いし」 
 文庫本だった。表紙に目と鼻のでかい男の写真が載っている。確かに薄い。
「いいね。薄いね。で、これどういう話なの?」
「読みなさいよ」
「ちょっと教えてよ」
「……えーっとね、セールスマンの男が、ある朝起きたら、虫になってて……」
「異世界転生?」
「いやめっちゃ現世」
「これが主人公?」
 俺は表紙の男を指さした。
「それは作者」
「出たがりなんだな。なんか、やめとくわ。虫とか、キモいし……」
「あんたねぇ」


 それから何冊か紹介してもらった。


「人を殺した理由を『太陽がまぶしかったから』と答える男の話」
 頭がおかしい。理解ができなさそうだ。読みたくない。

「レモンを爆弾に見立てて、本屋に置いてくる話」
 何を言っているのか全然わからない。

「簡単に言うと、人間失格なやつがウジウジする話」
 そんな暗い話を読んでどうするんだ。


「あーもう! あんたダメ出しばっかりでヤになる!」
 姉貴は本を放り出した。
「もう知らない!」
「頼むよ姉ちゃん。そこをどうにか」 
「もういっそ、出さなきゃいいじゃん」
「出さないと、教室の前に名前がさらされるんだよ」
「さらされたらいいじゃん」
「恥ずかしくて死んじゃうよ」
「死ねばいいじゃん」
「それはひどくないか」
「ごめん言いすぎた」

 ウ~ン、と姉貴は唸って腕を組む。30秒くらいそうしてから、にゅっと手を出してきた。
「1000円ちょうだい」
「は? なんで?」
「授業料」
「なんの?」
「……読書感想文の、簡単な書き方」
 俺は思わず一歩踏み出した。
「あるの!?」
「あるね」姉貴はニヤリと笑った。「誰にでも書けるようになる方法が」



【つづく】


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