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町田康「ギケイキ 2 奈落への飛翔」

源義経を書いた「義経記」町田康版が「ギケイキ」である。
長期連載作品になっており、前作に「ギケイキ 千年の流転」がある。
語り手は義経本人である。意識だけが現代に生きており、過去を振り返っている、という形を取っている。
が、なんでもありである。
登場人物は横文字も使うし、現代に生きているかのような喩えも言う。
鵯越で有名な一の谷の合戦やら、平家を滅亡させた壇ノ浦の合戦などばっさりカットして、後でちょろっと思い出すくらいに留めている。
兄・頼朝への複雑な思いや、納得出来なかったあれこれにうじうじ悩んだりするところや、静御前と別れる際に同じことを繰り返して家来に反感を買うところやらに量を割いている。
もう、なんでもありである。
二回目だ。

 いつの頃だったか、山の上の邸宅に隠れ住んでいたとき。買い物に出掛けようと思って、さむっ、と思う。そして家のなかですらこんな寒いのだから、外はもっと寒いだろうと思ってダウンジャケットを着込んでtaxiに乗って町まで下って行ったら。
 人々は軽快な春の装いでショッピングを楽しんでおり、ブサイクな、まるでミシュランマンみたいなダウンを着ている者などただの一人もなく、私は大汗をかいて恥じていた。


なんでもありでいい。
「ギケイキ 千年の流転」読んだ時もそう思った。
だから私もその直後に、鴨長明がマキシマムザホルモン「恋のメガラバ」を演奏して、全国の舞台から出禁を食らう小説を書いた。



 その頃音楽はまだ不自由なものであった。師が許可した曲しか、人前での演奏は許されなかった。長明にはそれが納得出来なかった。師が亡くなり、たがの外れた長明は禁忌を犯した。秘曲と呼ばれる、師からの許しを得ていない曲目ばかりを選んでライブステージで披露した。モトリー・クルー「キックスタート・マイ・ハート」、ジューダス・プリースト「ペインキラー」、そしてマキシマムザホルモン「恋のメガラバ」。結果、長明の演奏に熱狂したオーディエンスにより、ステージは崩壊し、多数の負傷者も出た。長明は全ての歌会から追放され、全国のライブハウスを出入り禁止となった。


「ギケイキ」を読みながら私が時々吹き出しているのを見て、娘が不思議そうにしていた。文字だけの本とは、小難しい内容しか書かれていないと思っている年頃だ。たくさんの面白いことが書いてあるんだよ、と言っても信じようとはしない。
「町田康の文体がそもそも面白くて……」
「文体って何?」
 となる。

2000年7月、2ちゃんねるの文学板にて「文体模写してください」というスレッドが立った。
http://mentai.5ch.net/test/read.cgi/book/963421916/

文体模写してください
1 :名無しさん@1周年:2000/07/13(木) 02:11
ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると、
ベッドの中で自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな毒虫に
変わってしまっているのに気がついた。固い甲殻の背中を下に
して、仰向けになっていて、ちょっとばかり頭をもたげると、
まるくふくらんだ、褐色の、弓形の固い節で分け目をいれられた
腹部が見えた。
この文章を、さまざまな作家の文体で書き換えてあげてください。
最初の一文だけでもいいです。

2 :町蔵:2000/07/13(木) 02:30
朝、俺、ザムザはきっつい夢から覚めた。布団の感じがいつもとちゃう、
なんだかカサカサ丸っこい、と思ったら違うのは俺の体。虫、虫、毒虫。
「ザムザさん虫になっちまったようで」「そらあの人働きすぎやからしゃあ
ないわ」「そりゃまたなんで」「仕事の虫、言いますやろ」なんて言ってる
場合じゃなく、じたばたもぞもぞ手足を動かすと目に入るのは気味の悪い
虫の足、虫の殻、虫の腹。気持ちわりぃ、仕事に行けねえ、そうだ、これは
夢だ。夢から覚めたらまた俺人間。仕事の虫のグレゴール・ザムザ。いや
だから虫じゃなくて人間。もし起きてもまだ虫だったらこます。誰にか
何にか分からんがとりあえずこます。


真夜中に立ったそのスレに私は瞬時に反応し(真夜中に即興小説を書いていた頃だ)、町田康、つげ義春、夏目漱石、家畜人ヤプー、の文体で書き込んだ。当時の私はまだ二十歳にすらなっていない。懐かしい。

今は町田康作品を読んでもすぐさま文体が伝染することはない。人からの影響をすぐに受けないくらいに自己が確立したのか、単に歳を取ったか。

「ギケイキ 2 奈落への飛翔」ではまだ義経の物語は終わっていない。
つまり、まだ続きが読めるわけだ。喜ばしい。






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