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坂「ある魔女が死ぬまで―終わりの言葉と始まりの涙―」

 今回の本の感想は、特別な意味合いがある。
 今作が商業デビューとなる、作者の坂さんを、何年も前から見ていた。
 創作に、仕事に、ドラムに、悩み、苦しみ、葛藤を続けてきた日々を、眺めてきた。
 それらの年月は、小説の中にしっかり生きている。
 デビュー前から知っている作者だから分かる、文章の裏側を楽しむことが出来た。

 電撃の新文芸2周年記念コンテンスト<熱い師弟関係>部門大賞受賞作。

 小説投稿サイト「カクヨム」で連載中の同作品に大幅加筆・修正して書籍化されたもの。


 坂さんもかつてWEB漫画と小説を投稿出来るサイト「新都社」で小説を連載されていた。ブログもやられており、妄想のゴリラとの共同生活や、書くことへの絶えることのない情熱などに、癒やされていた、励まされていた。職場で日勤と夜勤を行ったり来たりし、終電間際に工場長に毎日怒鳴り散らされる日々(オールスルーするからまた怒られる)を送っていた当時の私にとって、坂さんの更新された記事のおかげで生きながらえていたといっても過言ではなかった。

 小説投稿サイトからの書籍化というと、大量の読者とPV数を獲得しているランキング上位の作品が、鳴り物入りで、というイメージがある。今回のコンテストはそれぞれに部門があり、編集者の方が目を付けた作品が受賞、という流れ。現在もカクヨム連載中の同作品は、書籍化で急激にランキングが上がるまでは、ものすごい人気作、というわけではなかったらしい。

 おっさん臭い言動の多い主人公、メグ・ラズベリー。ポジティブシンキングモンスターで、周囲の人との漫才的掛け合いで笑わせてくれる。

「見せものじゃないよ! 猿じゃないんだから!」
「まあまあ、メグちゃん落ち着いて。私はお猿さん嫌いじゃないから」
「市長! それフォローになってないから!」

 彼女はあと一年で死んでしまう呪いにかけられている。呪いを解くには、嬉し涙を一年以内に千粒集めなければならない。そのために苦戦するメグ。死の宣告を受けていても、師匠である大魔法使いファウストにこき使われなければならない。


 私は知っている。作者が吐きそうになりながら連夜の長時間労働に苦しめられていたのを。
 ブログで独り言のようなボケとツッコミを続けていたのを。
 公募で落選して落ち込みながらも、書き続けていた姿勢を。

 第四話「死神をまとう」は、メグと親しいおばあさんにまつわるエピソードである。ネタバレは避けるが、この話を読んだ後、我が家は家族で買い物に出かけた。ふと読んだばかりのエピソードが蘇り、思い出し泣きをした。幸い家族には見られなかった。少し遠くの店への買い物だったが、娘はもう私の自転車の後部座席ではなく、自分の自転車で前を走っていた。人は、家族は、成長していく。やがて大きくなって、離れていく。

「いいかい、人には違いってもんがあるんだ。得手不得手、できることできないことがある。人と自分を比べるんじゃない。お前は、お前がやるべきことをやっていればいいんだ。そうすりゃいずれ伸びてくる」(第五話「祝福は開門と共に」より)


 私は知っている。作者が「今の売れ筋」を狙って書くべきか、「自分の書きたいもの、面白いと思えるもの」を書こうかと悩んでいたことを。後者を選んだことを、知っている。

 --慣れたよ。コツがあるんだ。
 慣れってなんだよ。コツってなんだよ。
 私はいつから、そんなに偉くなったんだ。顔が熱くなるのを感じる。
 最初は、誰かの純粋な感情をもらえることに喜びを感じていた。それだけ、自分が誰かの役に立てているんだって実感できたから。
 でも、いつからだろう。
 人の顔を、まともに見なくなったのは。
 人と、まともに向き合わなくなったのは。
(第七話「魔法のない夕暮れの空は」より)

 私は知っている。作者が自虐で社畜を名乗って、それなりに立場も上がって、苦しみながらも、自分の書きたいことは書き続けていたことを。

 発売日の12/17以降、Twitterのタイムライン上に「ある魔女が死ぬまで」関連の情報が流れてくる。
「坂先生のデビュー作買ったよ!」
「今日買った本、『○○』、『△△』、『ある魔女が死ぬまで』」
「駅中コンビニに置いてあったよ!」
 自分は作者でもないのに、その流れを見て泣きそうになっていた。
 書き続けて良かったんだよ、坂さん。
 もがき苦しんでも書き続けてきたから、繋がったんだよ。
 書籍化分以降の話も、まだカクヨムにて連載中であるから、好評であれば、続刊が期待される。その時にもまた、同じ思いを味わえるかもしれない。
 
 おめでとう、坂さん。
 自分も書き続けていくことにします。




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