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「誕生日を命日にしたい殺し屋との死闘」#シロクマ文芸部

 殺され屋シリーズ第三弾となります。前回二話はともにいぬいゆうたさんに朗読していただいております!

 以下本文。


 誕生日がきた。殺し屋もきた。
 律儀にチャイムを鳴らして「殺し屋だが」と名乗った小柄の老人を部屋に通す。
「今電球を替えてるところなのでちょっと待ってていただけますか。お茶飲みます?」
「結構。水筒を持っておる」
 しかしなかなか電球を替えられずにいた。もう少しで届きそうなところにあるから、背伸びでどうにかしようと思うのだけれど、かすかに電球に指先が触れても、回すことができない。見るに見かねた殺し屋さんが椅子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「どうして最初から椅子を用意しないんだね」
「これくらいなら届くかと思って」
「君は背が高いから自分の力を過信しておるのかな。私なら迷わず最初から椅子に乗る。ところで電球の交換が終わったので殺していいかね」
 老人は懐から拳銃を取り出すと私に銃口を向けてきた。
「殺される理由が思い当たらないのですが」
「しかし私は十三名からの合同依頼でここにきておる」
 一人増えてる。前回の狙われからあまり時間が経っていないので、新たに恨みを買うようなこともしていない。「思い出し笑い」みたいな感じで「思い出し殺したい」という感情に襲われた人でもいたのだろうか。そもそも「前回の狙われ」って言葉は何だ。

「今日が君の誕生日で間違いはないな」
「ええ、まあ」昔、母親代わりになってくれた女性が決めた誕生日ですが、とは言わなかった。本当の誕生日など知る術もない。彼女はRPGゲームの主人公に「ああああ」と名付けるタイプだった。私の誕生日も同じように1111並びで11月11日と定められた。
「私はターゲットの誕生日が命日になるように日程を調整する殺し屋でね」
「私は誕生日とか記念日とかあまり気にしない殺され屋です」
 特別な日に起こる非日常体験による幸福より、何気なく続くささやかな日常を選びたい。様々なことを犠牲にして特別な一日を送るくらいなら、ごくごく僅かな幸福因子を身にまとって日々を過ごしていたい。そんな私の気持ちを分かってくれる人は多くはなかった。
「君はふざけてるとか、おかしいとか、人間じゃないとか、よく言われないかな」
「そういう冗談はよく聞きます。ところで殺さないでください」
「君にそう言った人たちは冗談で言っていたわけではないと思うよ。仕事だから殺すよ」
「実は私はあなたの息子なんですよ、お父さん」
「私に子どもはいない」
「では訂正します。私がお前の父親だ」
「ダース・ベイダーごっこは相手を選んでやりなさい。君は二十代半ばで、私は七十五歳だ」
 撹乱作戦がうまくいかない。どうやら私は追い詰められているようだ。こういう時はとにかく話して取っ掛かりを見つけるに限る。

「誕生日を命日にしたい理由はあるのですか?」
「妻と私は誕生日が同じでね。毎年二人で祝っていた。病に倒れた妻が、もう助からないと言われていた頃、『次の誕生日まではどうしても生きていたい』と言い出した。延命治療費を稼ぐために、私が殺し屋を始めたのもその頃だ。妻の想いは結局叶わなかった。誕生日が命日であれ、というのは妻の最後の願いを引き継いでいるという意味もある。祝福の日に死ねるなら、それは幸福な死となるだろう」
 老人は銃を一旦懐に仕舞い、水筒に手を伸ばした。私はその隙を見逃さなかった。
 小柄な老人の身体は引き締まっており、長年の肉体労働の跡が見て取れた。飛びかかっていったところで返り討ちにあうのは必至であろう。ただしそれは、普段の私の身体なら、の話である。一見細身に見える私の身体だが、本気を出せば瞬間最大出力は格闘家に並ぶほどのパワーを発揮できる。長年の修行の成果だ。私は老人に向かって猛ダッシュして、銃を取り出せないように彼の手を取り押さえた。
「いたたたた、痛いです痛いですごめんなさいすいません」
 取り押さえたつもりが、老人に片手で軽くあしらわれた。彼が私の手首を握り締めると、骨まで砕けそうな握力が伝わってきた。
「そんなひ弱な力で私をどうにかできると思ったのか?」
「漫画『ワンパンマン』を読んで以来、毎日筋トレを続けるって誓ったものですから」
「誓うだけで筋肉はつかん!」

 解放された私は手首をさすりながら老人に尋ねる。
「奥様が亡くなられたのなら、殺し屋を続ける理由はないんじゃないですか?」
「借金もある。それに『やめたいからやめます』が通じる業界でもないんだ」
「でもいつか死にものぐるいで抵抗するターゲットに返り討ちにあいますよ」
「ならばそこまでの命だろう。もう十分に生きた」
「そんな諦めの言葉は聞きたくありません。もっと必死に生きましょう。新しい夢を見つけましょう。遅すぎることなんて一つもありません。では失礼します」
 さりげなく玄関に向かおうとしたが「ここは君の家だ」と止められた。
「そろそろ撃つことにするよ。誕生日おめでとう。そしてさようなら」
 老人が銃口を私に向ける。そうだ、始めに出そうとしたお茶に、前回の殺し屋みたいに毒を仕込んでおけば良かった、などと今さら思う。でもお茶飲まなかったし、毒も持っていなかった。私は逃げ場所などないのに、少しでも死から遠ざかるために後ろに下がった。その瞬間、先ほど交換した電球が老人の頭上で爆発した。

 重症を負った老人を介抱しながら、救急車の到着を待っていた。意識を取り戻した彼が私に尋ねる。
「何だったんだあれは。君の作戦か?」
「何も知りません。電球が切れて、買いに行こうとドアを開けたところに、偶然新品の電球が落ちていたので、つけただけです」
「何故怪しいと思わない」
「ささやかな幸福が降ってきたのかな、と」
「何を言っているんだ。どうやら君を狙っているのは私だけではなかったみたいだな。電球の中に仕込まれていた爆弾のようだ」
 咄嗟に頭を守ったので命は無事だったが、老人の太い腕はズタズタになってしまっている。
「妻とよくピアノの連弾をしたんだが、もう弾けそうにないな」
 救急車とともにパトカーも到着したようだ。私は彼の落とした銃を拾い上げ、外へと向かう。面倒な事になりそうだ。また住むところを変えなければ。私はささやかな日常を過ごしたいだけなのに、逃亡者のような生活を続けてしまっている。
「達者でな」老人は手を振れないので、言葉だけで送り出してくれた。
 
 何食わぬ顔をして救急隊員たちとすれ違いながら、私はしばらくの間住んでいたアパートを後にする。懐にある小さな銃は、ささやかな誕生日プレゼントとして受け取っておくことにした。

(了)

今週のシロクマ文芸部「誕生日」に参加しました。
老人のイメージは晩年のジョニー・キャッシュです。「HURT」をリピート再生しながら執筆しました。今回は結構真面目な話でした。



入院費用にあてさせていただきます。