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「執筆怪談」#シロクマ文芸部

 始まりはバイトをさぼる口実だった。当時入院中だった父方の祖母の見舞いに行くから、と。あまり良くないようなので行けるうちに行きたくて、と、バイト先に電話を入れた。本当は友達に遊びに誘われたからだった。
 その後本当に祖母の具合は悪くなり、亡くなった。

 小説執筆を始めた頃には、父方の祖父が施設に入っていた。私は祖父が亡くなる話を書いた。それから間もなく、本当に祖父は亡くなってしまった。

 ただの偶然に過ぎないし、元々死期の近い人たちではあった。しかし私の嘘や創作が二人をより死に近づけてしまったのではないか、という思いは消えない。以来家族や友人が死ぬ話を書けないでいる。

 そんな実体験をさらりと書いた後で、執筆に纏わる怪談について書こうと思う。昔募集した企画の再録と、その後に聞いた話などをいくつか。

「心霊スポットをグーグルマップで調べてはいけない理由」

 Yさんは心霊スポットを舞台にした怪談を書こうとしていたが、実際に心霊スポットに行く勇気はなかった。グーグルマップで恐る恐るそのスポットの写真を見て、イメージを膨らませようと思ったのだという。いくつかの場所を巡っていると、「同じような姿格好の人間」が写っていることに気づいてしまったそうだ。同じスポットの近い場所、ではなく、いくつかの遠く離れたスポットにおいて、だそうだ。

「心霊スポットを訪ねる人が、似たようなファッションセンスの持ち主だった、ってことじゃないの?」私の問いに対して「私も最初はそう思っていた」とYさんは言う。
「でもね、私の思いを打ち消すように、顔が大きくなっていったの」
「顔?」
「顔が分からないように加工してあるのにも関わらず、画面のこちら側を覗き込むような向きで、明らかに通常の人間の顔の大きさより大きな顔、最後の方には五倍くらいの大きさになった顔の、加工越しにも分かるくらいの大きな瞳で、こちらを覗いてくるの」

 見るのを止めないと、と私は今まさにYさんがその画像を見ているような気持ちになって、止めようとしてしまった。
「でも止められなかった。そんなはずはないって。見間違いとかバグとか考えて、でたらめな住所を入れても、その人の顔はどんどん大きくなっていった。私の住所を入れると、初めて画面のこちら側ではなく、私の部屋を覗き込むような写真が写っていたの」
「それでどうなったの」
「怪談を書くのはやめて、正反対の明るい恋愛小説を書き始めたの。ギャグも絡めて。そうしたら怖くなくなって、気にならなくなったわ」
 それって解決になってないよな、と思いながら、私は彼女の持ってきた原稿を見せてもらった。そこには「大きな大きな大きな大きな顔顔顔顔顔顔大きな大きな愛愛あい愛あいあいあおおおおおおおおおおおおおお大きなあああああああかおおおおおおおおおおお」といった文章が延々と綴られていた。


「リピート再生中」

 Dさんは小説執筆の最中はたいてい、好きな曲をリピート再生しながら聴いている。
 ある時怪談を書いていた。話の終盤、怪異は解決した、と見せかけてからの、怖い原稿を渡される、という部分に差し掛かった瞬間、リピート再生中の曲が止まったという。エラーだと思いアプリを覗くと「私を再生しないでください」という、これまで見たことのないエラーメッセージが表示されていた。


「天気情報」
 
 これは執筆とは関係ないけどそういえば、とGは言った。
 とある天気予報サイトがおかしくなり、毎日雨の予報になって直らなくなってしまった。
 そのまま放置されて、延々と連日雨の予報が更新されているという。
「そこを見続けている人は、どんな天気の日でも傘を差しているんだって」
「それって紫外線に敏感で日傘を差しているだけなんじゃないの?」と私は問いただした。
「屋内に入っても差してるっていうぜ」とGは言う。
 話の終わりにGは「ごめん、さっきの話は嘘なんだ。俺も怖い話知ってるぜって見せたくて、作っちゃった」と白状した。
 それ以来Gは傘を差し続けている。
 

「前向きな怪談」

 Dは怪談を書いていた。
 しかし執筆中に再生中の曲はたびたび止まるし、変換は訳のわからないことになって何度も打ち直さないといけないし、ネタにも詰まってきた。前向きな怪談を書いて気分を変えようと思った。

 そもそも「昔募集した企画の再録」なんて真っ赤な嘘である。祖父母のことは本当である。これ以上下手なことを書くと、コメント欄に「そういえば私もこんな怪談を書きました! 読んでください! 『かおおおおおおおおお大きなかおおおおおお』みたいなことを書き込まれてしまいそうだ。怪談集は結構読んだが自分では書いてないな。書いてみようかな、なんて思ったのが間違いだったのかもしれない。そういえば、怪談というわけではないが、中断した小説の登場人物たちが、部屋の隅でうずくまって恨めしそうにこちらを見ている、「ストーリー・チルドレンのいる部屋」という話をDは書いたことがあった。

 寝落ちして打ちこんだ大量のカギカッコ、まるで誰かに話しかけたくてたまらなかったみたいに、という部分を読みながら、Dは口を開いた。
「そういえばこんな話があるんだ。執筆とは関係ないけど」
 Dは部屋で一人喋りながら、グーグルマップで心霊スポットを検索し始めた。どの写真も雨が降っていたから、部屋の中で傘を差したが、顔がどんどん大きくなるのでうまく差せないでいた。

(了)


シロクマ文芸部「始まりは」に参加しました。
もういくつか書くつもりでしたが、再生エラーが頻発するので止めました。

マヒトゥザピーポー「flower me」を聴きながら書きました。


入院費用にあてさせていただきます。