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『No.194-24-c 6545-Dの日記(抜粋版)』

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“No.194-24-f 6545-Dの日記(抜粋版)”

[説明]

 [****]年4月3日、6545-Dを収容の後、彼の自宅であったアパートメント内のコンピュータに、日記と思われるドキュメントファイルを発見。日記は彼が[未公開]との接触を持つ以前からつけられていたものである。さらには、[未公開]との接触及び中期段階の特徴でもある身体の変形の過程においても日記は時折書き続けられたと見られており、6545-D自身の意識や精神状態の変遷、また[未公開]の知性や意思について、今後の研究に資すると考えられるために回収した。

 なお、6545-Dは収容時すでに[未公開]への移行を確認されており、6545-Dは鳥小屋に移送されたが、5日後、他の[未公開]個体を扇動し脱走を試みたため射殺された。この事件に際し2羽の[未公開]が脱走している。

 以下は6545-Dの日記のうち、精神状態が顕著に著されている部分を抜粋したものである。全文は文書末に付記した関連書類を参照すること。

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[****]年11月15日

 また仕事でヘマをした。バグを取り除くのに思ったよりも時間がかかって、そのせいでマネージャーにはシカトされ、メンバーからは白い目で見られていた。人の視線は凝視されるよりも横目に見られる方がズキズキと痛いものだと今日知った。

 俺が他人とコミュニケーションを取るのが苦手だと知っていて、マネージャーは俺を取引先に出向かせたのだ。そのせいで要件の認識にズレが出たし、プログラムも時間に間に合わなかった。おかげで一人残業してさっき帰ってきたところだ。

 考えてみれば、人と話さなくて済むからと思ってこの仕事に就いたが、そんなのは俺みたいによっぽど暗い奴らしか集まらないプロジェクトくらいで、大抵はキーボードの上を会話が飛び交っている。下手くそなタイプ音よりもずっと耳に障る奴らの会話を聞きながら、俺はいつまでこの仕事を続けるべきかと、気がつけば考えている。

 明日も早い。睡眠薬を飲んで寝る。酒が飲めればいいのだが。

[****]年11月23日

 仕事で嫌なことがあった帰りは、いつも公園に立ち寄る。つまり毎日公園に寄ってから帰る。今日はベンチに座って、鳩に餌をやっている太った男を見るともなしに見ていたり、ヘッセを読んでしばらく過ごした。いつものように太った男はパン屑を細かくちぎっては、鳩が群がっているところにそれをばら撒いていた。

 それを見ながら、俺は太った男の身の上を考えてみた。彼はなぜ日暮れの近い公園で鳩に餌をやっているのか。昼間は何をしていたのか。どうして浮浪者じみたボロの布切れを着ているくせにぶくぶくと太っているのか。そして、彼は幸せなのだろうかと思うと同時に、俺は、俺が幸せなのかを考えた。

 結局いつも考えるのは俺自身のことだ。短気なマネージャーでも餌やりの男でも、街ですれ違う幾多の人間のことを考えても、結局は俺自身のことについて考えさせられる。

 いい年をして独り身だからだろうか。

[****]年12月7日

 最近視線を感じる。いや、視線を感じるのはいつものことだ。相変わらずマネージャーもメンバーも、俺を横目で見て呆れるなりせせら笑うなりしている。俺が言い返せないとわかっているのだ。実際俺は、どう言っていいかわからない。奴らを馬鹿にすればいいのか、ただ罵声を浴びせればいいのか、それとも俺がいかに出来た人間かを力説すればいいのか。第一俺は人間として出来てないのに。

 いや、そうじゃない。たしかにそういう突き刺すような視線はいつも感じているのだが、それとは違うものを感じる。どう表現していいかわからない。突き刺さる、いや、見透かす、睨めつける、染み込む。そうだ、染み込むような視線だ。気味は悪いが、不思議と気持ち悪くはない、そんな視線だ。

 俺は妄想癖まで酷くなったのだろうか。ばかばかしい。

[****]年12月14日

 今日も公園でヘッセを読んでいた。回顧的な自伝小説が俺は好きだ。多くの人がそうだと思うが、過去は思い出として美化されがちで、そのくせ俺たちは美化された思い出を懐かしみ、心安らぐのだ。当然思い出はいいことばかりじゃないが、悪いことも遠く離れた今から想うと、苦味や渋さがいい具合に味わい深いのだ。だが、俺の場合は何かにつけて昔のことを思い出すきらいがあって、どうも思い出が味気なくなってくるので、こうして他人の自伝を読んでは思い出を試食している。

 ところで、今日は鳩に餌をやっている太った男はいなかった。その上あれだけいた鳩の群れもない。代わりに、いつも太った男が立っていたあたりには、1羽の鳩らしい死骸が落ちていた。鳩らしいと書いたのは、死骸の周りに落ちている羽が鳩のものだったからで、死骸自体は何かが食ったみたいに、肉のこびりついた骨ばかりだったからだ。

 嫌なものを見たが、可哀想だとも思わない。俺は俺のことで一杯だ。

[****]年12月27日

 年の瀬もせまってきた。今年も俺は帰省しないつもりだ。どうせ帰っても、親からは仕事のことを聞かれるか、結婚を催促されるかだ。生まれ育った町を見たいという郷愁の念を感じないことはないが、親に会うくらいなら一人でいる方がずっとマシだ。

 だから俺は今日も公園にいた。今度はプルーストを読んでいた。ベンチで本を読んでいると、視界の端に動くものがあることに気づいて、内心酷く恐怖した。あの妙な視線はいまだに感じているからだ。あの動いているのが俺を見張っている奴だろうか、と思い切って顔を上げてみると、なんてことはない、鳩が群れているのだった。前に襲われた時に逃げていたのが、戻ってきていたらしい。

 だが、あの餌やりの太った男は相変わらずいなかった。

[****]年1月6日

 休暇が終わり、また億劫な仕事が始まった。休暇の間は一言も発していなかったので、朝の挨拶をするのにも唾を飲み込みながらかすれ声を出すのがせいぜいだった。醜態を晒した。

 帰りに公園に寄ると、そこではちょうど鳩が群れていた。俺がベンチに座ってそれを眺めていると、どこからともなく黒いものが現れて、鳩を押し倒したかと思うと、その首に噛みついた。驚いてよく見ると、襲いかかったのはカラスらしかった。カラスは抵抗する鳩を何度も踏みつけながら、首に向かって嘴を突き続けた。他の鳩たちは驚いて一斉に飛び立ったが、逃げ遅れた何羽かが、また別のカラスに襲われていた。バサバサと羽音が遠ざかり、形容しづらい肉をつついたり叩いたりする音が聞こえ始めた。4,5羽のカラスが、それぞれに鳩を食っていた。カラスが木の実を食べたりゴミを漁っているのは見たことがあるが、生きた動物を襲って食っているのを見たのは初めてだった。

 俺は奇妙に興奮していた。

 カラスが鳩を平らげるのにさほど時間はかからなかった。気がつけばそこには鳩を形作っていた骨と羽が落ちているばかりだった。それから黒いものが点々と落ちていたが、どうやらカラスの羽らしかった。すると、そのカラスの羽を拾い上げた者がいた。鳩に餌をやっていた太った男だった。いや、彼はもう太っていなかった。あれだけあった肉が無くなって、ひどくげっそりとした体だった。人はあんなに痩せられるものだろうかというほどだ。ボロ切れの隙間から見える足は木切れのようにしなびて細く、カラスの羽を大事そうに包んだ手はまさに骨と皮だけだった。彼はそこらじゅうに落ちている羽、それもカラスの羽だけを拾い上げると、それをさも大切そうに懐に入れて去っていった。一体あの羽をどうするつもりなのだろうか。

[****]年1月22日

 以前から感じていたあの妙な視線の正体がわかった。あれは、カラスの視線だ。気がつけばカラスたちは俺の周りにいる。街を歩いているときは頭上を飛び回っていたり、会社にいるときは隣のビルの屋上からこちらを見ているのだ。我ながら不思議だが、気味の悪さはもう感じなかった。いや、俺はむしろ、彼らに親近感を抱いている。奇妙な話だ。だが、彼らが俺の寂しい生活を見ているということに、俺は珍しく安堵や自信を感じている。俺が孤独であることに誇りを感じている。[解読不能]。彼らは孤独の集団であり、俺もまた孤独の民なのだ。

[****]年2月15日

 仕事を辞めた。マネージャーに一言でも恨み節なり捨て台詞なりを吐き捨ててきたいものだったが、元からそれは俺の性分じゃない。どうせあいつらだって俺の退職を望んでいただろう。[解読不能]。

 公園では鳩の代わりに、彼らが群れをなしていた。彼らは俺の姿を認めると、場所を譲るかのように距離を取り、ベンチに座った俺をひたひたと見つめ続けた。彼らの視線は、まるで俺を試しているかのようだった。普段ならそんなばかばかしい考えは起こさないが、今の俺は新たな孤独を受け入れ、守っていかなければいけない。俺は彼らを見つめ返した。もうずっと長いこと視線は交錯していたような気がする。彼らの内の一羽が、俺の目前まで飛んできたかと思うと、彼は翼を広げ、大きく羽ばたいた。濡れたように輝く黒い羽根が1つ宙を舞うと、それは俺の膝の上に落ちた。俺はその羽を取り上げると、彼らのほうを見たが、その時すでに彼らは姿を消していた。

 俺は感じた。これは贈り物だ。彼らから俺への贈り物だ、と。俺は今、試されているのだ、と。[解読不能]。

 今も羽根はすぐそばに置いてある。これをどうすべきか、俺は知っている。[解読不能]。後は俺に、孤独を守り、腐肉を食らう覚悟があるかの問題だ。

[****]年2月19日

 俺は食った。ああ、食った。彼から貰ったあの闇色の羽根を、俺は食った。[解読不能]。噛むたびに苦味がにじみ出る干物を食べているようだった。だが不思議だ。俺はまだまだ食いたい。

[****]年3月10日

 今日も彼らの羽根を求めて、俺は外を歩き回った。いつでも俺は空腹に耐えかねて近くのレストランの戸口まで行くが、そこで俺は引き返す。[解読不能]。違う。俺が今食わなければならないのは彼らの羽根だ。そうすることを彼らは望み、また俺も望んでいる。俺は彼らの一団に、彼らの孤独に加わりたい。そうして人を捨て、人の生ぬるい孤独を捨てるのだ。

 そうやって収穫がなく、仕方なく帰ろうとする頃、彼らはふと俺の前に現れては、数枚の羽根を落としていく。俺はそれを厳粛な気持ちで拾い集め、家に持ち帰ってゆっくりと噛みしめながら食う。[解読不能]。まだか、まだかと待ちながら。[解読不能]。俺の体は、すっかりと痩せこけていた。骨と皮しかない。だからそろそろだ。俺にはわかる。

[****]年3月13日

 こうして日記をタイプするのにも骨が折れ[解読不能]。いやもはや「骨が折れる」とは比喩でもないかもしれない。事実、俺の肩の骨は、変質して[解読不能]。変形している。今朝、背中の上あたりに激痛を感じて俺は[解読不能]。ついに始まった。俺はこの時を待ちわびていた。肩甲骨のきしむ音が聞こえる。わずかに[解読不能]筋肉が骨と一緒に引っ張られていく。骨は俺の背中を突き破らんと[解読不能]隆起し、尖り、寝ていることもできずにうずくまっても、激痛の度に俺は地面に崩れ落ちるしかなかった。ああ[解読不能]、また痛みが始まった。肉に[解読不能]て骨すらも細くなった手を震わ[解読不能]せながら、俺は今これを書いている。苦しい。だが俺[解読不能]しい。これで俺は彼らの仲間入り。孤独の仲間入り。もし生きていたら。

[****]年3月14日

 気がつけば痛みはなくなっていた。今俺は酷く消耗して、ただひたすら眠気に抗いながらなんとかこれを書いている。だが俺は手に入れた。翼だ。俺の背中から突き出た骨が翼の骨格をつくっている。まだ思い通りには動かせない。翼とはいえそれは小さい。彼らの翼と同じ大きさなのだから。俺がこれを思い通りに羽ばたかせられるのは、俺の体が彼らと同じ大きさになった時だ。そう、今から俺は、全く人間ではなくなる。脊椎が縮みはじめ、手や足もぐっと小さくなる。それには酷い痛みが伴うだろう。俺の背骨は、今の俺の腕よりも小さくなってしまうのだ。だが俺は生きたい。彼らの仲間として、孤独の仲間として、俺は生きたい。

 予め日付を書き連ねておく。もしも俺が生きていたら、そうだな、ピリオドを打っておこう。その頃には俺の体は全くカラスそのものだが、それくらいならできるかもしれない。そしてそれは、俺が彼らと同じ存在になっても、そこには意識も知性もあるということである。彼らにも意思があるということである。もしもこれを見るものがあれば、ピリオドを探すがいい。もしもあるなら、俺はまだ生きており、そして俺は、彼らの仲間になったということだ。そして彼らは知性も意思も持ち、俺のような孤独な人間を探し回っているということである。彼らは、俺たちは腐肉を食らう一団。いつでも孤独を守り抜き、孤独を見つけて、孤独を増やし、孤独を強める。

[****]年3月15日

[ピリオド無]

[****]年3月16日

[ピリオド無]

[****]年3月17日

[ピリオド無]

[****]年3月18日

[ピリオド無]

[****]年3月19日

[ピリオド無]

[****]年3月20日

[ピリオド無]

[****]年3月21日

[ピリオド無]

[****]年3月22日

[ピリオド無]

[****]年3月23日

[ピリオド無]

[****]年3月24日

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 以上が6545-Dの日記の抜粋である。

 6545-Dはこの後[****]年3月28日に、自宅近隣の公園で鳩を捕食していたところを発見、捕獲し収容した。

 冒頭説明のとおり、6545-Dは他の個体と共に脱走を試みたところを射殺されている。

 全文は資料No.194-24-b 6545-Dの日記(全文)を参照のこと。

 また関連資料を以下に列挙する。


[関連資料]

・SCP-194 (Original) 削除済み

・SCP-194 (Japanese) http://scp-jp.wikidot.com/old:scp-194

・No.194-24-b Diary of 6545-D (Full text)

・No.194-24-a On the incident caused by 6545-D

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