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残酷・鬼畜・不道徳されど論理は美しい 白井智之『少女を殺す100の方法』

 自分が愛してやまない白井智之作品を読み終わった。ずっとこの本は気になっていたけれど、ついについに読んで大満足したので語りたい。

 本作は5つの短編を収録したノンシリーズ短編集。過去の白井作品既読の人にはわかると思うけれど、どれも本格でどれもめちゃめちゃのぐちゃぐちゃ。この本のタイトルはまさにそれを表している。1つの短編で20人の少女が死にます。だから、それが5作品で計100人死にます。それがこのタイトルの意味。


少女教室

「死んでる?」「だ、誰が?」
「――みんなです」

 私立の女子中学校のあるクラスで大量の女子生徒の死体が見つかる。死体は20体、銃で撃たれた跡が残り顔面が破壊されていて誰が誰なのか区別がつかない。その惨状を発見した校長、教頭、担任は警察に通報しようとするが、経営がうまくいっていない現状でさらなるマイナスイメージを世間に与えてしまうと学校経営が破綻するのは時間の問題。学校に非がないことを示すためには犯人を特定して口裏を合わせる、もしくは口を封じるしかないと考え手がかりを探し出す。

 いわゆるクローズドサークル犯人当てに相当する作品。このクラスは全員で21人。死体は20体しかないので誰かがこの場にいないということが序盤で提示される。ちゃんとクラス21人全員の名前や登校時間、当日の服装、最近の生徒におきた出来事が手がかりとして与えられるという、本格好きなら舌舐めずりしてしまうような魅力あふれる事件でもある。

 本書の1作品目になる『少女教室』は、手がかりからロジックを組み立てて犯人を当てる王道と、容疑者も被害者も20人超えという本書や白井智之の独自色が色濃く出ていて、まさに本書の顔としてふさわしい作品になっている。


少女ミキサー

「ここにある三つのガラス容器は、人間用の巨大フードプロセッサーだ。それぞれの容器に毎日、女の子が一人ずつ落ちてくる。容器は三つあるから、一日に落ちてくんのは三人だ。で、一定の人数になるとカッターが回転して、その容器の人間どもはみなミンチにされるわけ」

 主人公・ドロシーが目を覚ますと、全裸の少女二人が目の前に立っていた。三人は透明な筒のようなものの中に閉じ込められていた。自分たちの筒の他にも同じような筒が二つ見える。そのうちの一つの筒が動き出し、その中にいた女の子たちは巨大なカッターでぐちゃぐちゃになってしまった。

 毎日一つの筒に一人の女の子が投入され、中で生きている人間が五人になると内部のカッターが作動し少女たちをバラバラに切り裂いてしまう。脱出不可能な絶望的状況下で、ある日不可解な死体が見つかる。その謎を解き明かすことになるのがこの短編。

 「ソウシリーズ」や「CUBE」のような閉鎖空間スリラーと、本格ミステリの融合作。どう展開していくのか全く先が読めないハラハラ感を存分に味わうことができる。狭い空間で使えるギミックも限られていると思いきや、その状況を200%有効活用する白井智之ならではのロジックが凄まじくエッジが効いている。

 デスゲームや閉鎖空間モノは序盤のワクワク感が脂が乗っているタイプで、ミステリは終盤の推理解明が一番脂が乗っている。この二つを融合させてしまったわけだから、序盤から終盤まで一気読みの怪作になってしまうのも当然!


「少女」殺人事件

読者への挑戦
 この小説はフェアである。
 書評家もマニアも総会屋もぐうの音も出ないほどフェアである。
                      ――少女 赤井虫太郎

 探偵小説研究会の赤井虫太郎が書いたミステリ小説の犯人当てに、同じく研究会のカズオが挑むという作品。この短編集で最もグロ度が低い

 赤井はフェアであるとはどういうことかしっかりと定義する。『犯人は論理的に指摘可能』、『犯人特定に必要な手がかりはすべて読者に提示される』、『犯人でない人物は不必要に虚偽の発言をすることはない』等々。

 自分はこの作品で一番笑ってしまった。ロジックの組み立て方に「えっ!?」と驚き、その後はもう笑うしかない。核心部分の発想も素晴らしいが、そこからのわずかな記述からドミノ倒しのように綺麗に倒れる論理はさすが白井作品というしかない。


少女ビデオ 公開版

 おはよう。クソオヤジだ。
 お前がこのビデオを観てるということは、おれがお前のもとに現れることはもうない。

 おれはこれから、お前がおれのもとにやってきた経緯を話そうと思う。

 ある人物がとあるビデオを観る。そのビデオで語られる話を聞くという形式で物語は進んでいく。

 これ以上の説明はしないほうがいいと思うので、あとは読んでほしい。物語として読むとこれが一番面白い。そして、一番グロ度や鬼畜度が高い。出てくる人物たちもすべてが異常まみれで、この作品の中でも特別狂気の世界。それでも少しホロリと来てしまう感動場面があり、最低な世界の中にも僅かな救いや喜びがあるという、どこか平山夢明作品と通じる部分があると感じた。

 本格らしくないといえばらしくない。なぜなら謎に当たる部分があまりにも自然で、手がかりも背景に馴染むレベルなのだ。解くべき謎自体が自然に提示されるので、読んでる最中には「解くぞ」という意気込みよりも先に解決編が始まってしまっていた。物語とミステリとの溶け込み具合がとても美しい(見た目は全然美しくないが……)。


少女が町に降ってくる

「ね、嘘じゃなかったでしょ。ウラには女の子が降ってくるんだよ」

 空に目を向け、思わず息を呑んだ。雲の向こうから次々と少女が落ちてくる。こんな光景はみたことがない。少女たちはタンポポの綿毛みたいに髪をなびかせ、一直線に地面へ落ちた。

 とある事情で村に居候する事になった主人公。その村には一年に一度変わった日があり、それは村の人間は外部には絶対に口外しないと村の決まりになっていた。主人公は村の人間に誘われてその現象を目の当たりにする。主人公の目に写ったのは、空から大量の女の子が降ってくる光景だった。

 この作品は白井作品を語る上では欠かせない特殊設定ミステリになっている。その設定が「空から大量の女の子が降ってくる」というもの。本当にただ降ってくるだけなので、着地寸前にふわ~っと浮き上がり足から着地みたいなことは一切なし。重力に任せ頭から叩きつけられ、その日は一面頭部がぐちゃぐちゃに割れた女の子の死体だらけになる。そんな状況下でとある事件が発生し、それを解き明かすことになる。

 特殊設定ミステリ読み慣れている人ならば当然の暗黙のルールだが、特殊設定には「どうしてそんなことが起きるのか?」という疑問は意味がない。その世界では当然の法則として扱われる。それの解明は、ビルから転落死した死体を見て、「どうして高いところから人は落ちるんだ?」という疑問を抱いてニュートンのごとく万有引力の法則を探偵が解明するのに等しい行為だ。

 この特殊設定の扱いもさることながら、白井智之は全体に巧妙に伏線を隠すのが非常にうまい。伏線を伏線だと思わせないテクニックはずば抜けていると思う。


全体の感想

 念願の短編集を読めて大満足と言うしかない。初めて読んだ白井作品は『お前の彼女は二階で茹で死に』という短編集だったけれど、こちらは連作。他にも、デビュー作『人間の顔は食べづらい』、最新作『名探偵のはらわた』を読んだ。

 ここまで倫理観めちゃくちゃな狂気の世界と、厳密な論理に支えられるミステリの世界を両立できる作家というのはいないと思う(というか他にいるのだろうか…?)。最低不道徳残酷暴力的猟奇的汚すぎる要素てんこもりだけれども、それら全部の要素が本格ミステリのパーツとして成り立っているという美しさに、自分は惹かれてしまうのだ。

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