トラウマ覚悟の濃ゆい映画/園子温監督【愛のむきだし】


今更ながらやっと?園子温監督の〝愛のむきだし〟を見ました。

挿入歌がゆらゆら帝国の〝空洞です〟なのですが、

当時はCMにも起用されて、アルバムも購入し、その独特な世界観によく酔ってました。

R指定で内容も内容なだけに、公開当初この映画観てたら

立ち直れなかったかも、という感想と

個人的には他の記憶で上塗りしたいって思ったほど。

(でも観る人によって全てがギャグに見えるポップさ)

最後、自分でも驚く程の腹の底からレベルでの号泣の謎。

そうなるのも観ててしんどいなぁと思う時間が長いからで

抑圧とかネガティブな時を感じる程

その反対側にも同じだけのエネルギーがあると見せられるような映画。

善悪二極の価値観が歪む感じ。

宗教が取り上げられててしかも実話ベース。

誰かを求める気持ちに嘘がないけど、激し過ぎてそうなれるほど自分に正直に生きたら

それこそ「変態だと思われる」

そんな風に誰かの目や相手からの評価を守ってる時は波風もたたないし変化も起きないけど

気持ちが折れそうな時ほど、苦しんでる時ほどもがいて生きてたら

その経験から新しい次が始まる。

痛いほど、痛くて痛くて見たくない程

そこをちゃんと見たら、認めたら

次に行けるかも。

激しくて痛過ぎて、焼きつくシーンが絶望的過ぎるけど

希望で終わってました。

映像のインパクトが強過ぎて重た過ぎてどうしても

過去の痛みや絶望をいつまでも握りしめてしまうけど

最後の希望をいつまでも思い出すようにしたい(軽やかで忘れそうだから)

そんなエンディングでした。


それは自分のして来た経験の中で

それらが過ぎた今、何をどんな風に思い出して

今の自分がどんな気持ちになっているのか?ということと同じ気がします。

経験の中にあった希望を見出して、そちらの方をいつも忘れないようにすること。


それと映画ほど強烈な状況見てたら

色々やらかして来た自分の過去がかわいいのかもと許せたり。

劇中、懺悔する為に罪を父の為に健気に作る純粋さを見てたら

それをただ歪んでると簡単に言ってしまう他人の評価なんて

本当に気にする価値あるのかと思ったり。

そんなところに気を張るより

自分の今持ってる相手との関係性や関わりにガチでいたら

人はもっと豊かな経験を育てられるんじゃないか?と

日常のあれこれと重ねたり。


健全では居られない状態が悪じゃない。

もし今そう思うことが目の前にあるならきっとそれは

相手から見せてもらってる。

その状況や他人を批判したりジャッジして悪いと決めてる自分に気付かされる為に

全てが現れているのかも。

自分の中に許されない悪を

吐き出したくなる気持ちの悪さや恐怖として

見せつけられているのかもしれない。


自分の今目の前にある日常に戻った時

愛することってどんなことだろうと

私にできるそれを考えるきっかけになりました。


それで私の今できることは

自分を大事にしてあげることかなと思います。

いつか誰かに愛される為に

何か選んだりしたりするんじゃなくて

今自分が自分を愛する為に

色んなこと自分にしてあげるのが先。

人間関係も自分が心地よくいる環境を考えるなら

相手の心に寄り添おうとする方が

今の私にはいい気がします。

環境ばかりに頼って来た今までの自分がいたから

環境は変えず自分が変わっていく。

そこに最初からあった幸せだったり、愛だったりを私が自分で見つけ出せるように。









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