私の結婚のみにくさ

人間の中身はそとからはわからない。すべての生き物は外からは分からない。でも、人間はやっぱり特別に見えにくくて、それは私が人間であるからだ。おなじ人間であるからだ。

『私』が結婚した男は、よくできた男だった。結婚が決まって皆に祝福された。私も誇らしかった。セレブの仲間入りしたような浮かれ方をしていたかも。

私には、見えなかった。

夫は豹変した。別人になり、冷たくなり、私を家政婦のように呼びつけた。私はセレブではなく、セレブな夫の専用タダ使用人、召使い、代理母、おばあちゃん、そんな女になった。

涙を耐えて、でも声は震えた。
どうして?

聞いた。
すると、

「だってもう家族になっただろ。遠慮する意味ないだろ」

平然と夫は夫なりの当たり前を述べた。私は、うちのめされた。サギなのかと思った。直感的に。だって。だって。これが仕事なら、事前の話とちがいすぎる。私が結婚という名の契約をした相手は、今のこの乱暴横暴我儘な男ではない! こんな知らない男ではない!

けれど、セレブ婚というていで私たちの結婚はひと目に映る。私は、家でも化粧をして、髪をセットして、召使いが出勤するような毎日を過ごすことになっている。そしてセレブ旦那を介護する。よちよちしてあげる。

こんな筈じゃなかった。

見えなかった。
夫の醜さが。

醜さが、見えづらいことを、知らなかった。見えにくい醜さがそもそも存在することも理解らなかった。

今は、わかる。
夫の醜さを毎日、目の当たりにするから。

これが人間か。これが私の結婚か。人生か。私は、ときおり『私』本来の声が聞こえた。悲鳴をあげている。

お金のために、でも離婚はできない。
ああ本当に召使いなのね、諦めと涙が目のフチに貯まる。お金で操られている、女。これから何十年、このみにくい男を上司として働くのだろう。

夫のワイシャツにアイロンをかけながら、私は、ふと戻ってきた『私』の記憶にしばし、打ちのめされた。

忘れてしまえたら、いいのに。
いっそのこと、なかったらいいのに。

偽りの、優しいフリをしていた、夫の姿、夫との思い出、夫の言葉。それがぜんぶなかったらいいのに。

そうしたら、私は、醜い男に嫁ぐのだ、そう理解っていられた。夢や希望を抱かなかった。

みえない、みにくい、醜さは、罪深い。


END.

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