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読書記録:カノジョの姉は……変わってしまった初恋の人 (GA文庫) 著 機村械人

【好きだった頃の面影を重ねてしまう、純愛と執着の狭間で】


【あらすじ】
かつて憧れ、恋焦がれた初恋の人。
しかし、数年ぶりに再会した彼女は、変わり果てていた。
彼氏の影響で悪い方向へと進みかけている憧れの人と再会した時――。
アナタなら、どうしますか?

変わってしまった憧れの人よ、好きだった頃の姿に戻って欲しい。
そう願う事は、純愛なのか、執着なのか……。
――これは、純粋で真っ直ぐな、略奪愛の物語。

高校生・大嶋鴎に初めてのカノジョができた。初心で内気で清楚な同級生、宍戸向日葵。これから2人の幸せな日々が始まる――そう思われた矢先、鴎は向日葵の家で初恋の人、

梅雨と数年ぶりに再会する。

明るく快活だった昔の面影が失われ、退廃的ですさんだ雰囲気を漂わせる梅雨。彼女は親の再婚で向日葵の義姉になっていた。再会の衝撃も束の間、鴎は訳のわからぬまま梅雨の部屋に連れ込まれてしまい――。
「……もしかして、初めてだった?」
好きだった頃のあなたに戻ってほしい。カノジョがいながらも、鴎は徐々に梅雨への想いに蝕まれていく。
純愛なのか、執着なのか。これは、純粋で真っ直ぐな、略奪愛の物語。

略奪愛の行末の物語。


憧れの人にはずっと憧れのままでいて欲しい。
そういった理想を何処かで他人に押し付ける。
かつての憧憬の対象、初めて恋する感情をくれた人。
鴎にとって梅雨はそんな人だった。
奥ゆかしい彼女、向日葵との幸福な未来が始まると思った矢先で、親の再婚で見る影もなく落ちぶれてしまった彼女と邂逅する。
魅惑的な誘いが、鋼の心を緩やかに溶かしていく。しかし、心の何処かでは真っ直ぐに彼女を信じて居る事を揺れ惑いながらも。

人というのは変わっていく物である。
その変化という物は、自分から変えていく事だってあれば、誰か他人によって変わっていくという事もある。
では、その変化は果たして、その人にとって望ましい物なのか。
それは自分では中々、分からない物である。

裏表のない真面目な少年、鷗と初心で内気な向日葵は、自然な形で両想いになり、恋人関係へと至っていく。
しかし、幸せの絶頂にあった彼らに訪れる試練の影。
向日葵に誘われ訪れた彼女の家、そこで再会したのは向日葵の義姉である梅雨。
鷗の初恋の相手であり、憧れの存在であった彼女は、一見すれば分からぬ程に、退廃的で厭世的な方向へと変化を遂げていた。

誰に対しても、純粋で真っ直ぐであるからこそ。
鷗は、向日葵と恋人同士として着実に絆を育む中、梅雨とも関わりを深めていく。
そこで、ふとした切っ掛けから目撃した梅雨の彼氏との諍い。
その光景から、彼女が恋人と上手く行っていないのではという疑惑が膨らんでいく。

そんな彼へと、梅雨はまるで悪女のように接していく。
彼の心に無理矢理入り込むかのように近づき、弱みを握ろうとして。
だが逆に、気が付けば梅雨の心に鷗という存在が入り込んでいく。
梅雨にとって、鷗は純粋だった過去を思い出させてくれる希少な存在。
荒んでいた心に、鷗という存在が沁み出していき。気が付けば、いつでも彼の事が心の中に息づいていく。
虚しくも夢破れ、どこか自暴自棄になっていた過去を話し、突き放そうとしても。
彼氏に危害を加えられそうになっている梅雨の元に駆け付け、鷗は自分が傷つくのも厭わず彼女を助け出していく。
鷗の尽力によって、彼女にかけられた一つの呪いは解けた。
ここで終わればハッピーエンドだったが、そんな風には終わらない。
依存という新たな呪いを生み出してしまった。


向日葵への純愛を誓った故に、かつて憧れと初恋を抱いた幼馴染と再会して、その変わり果てた姿を見てしまった事で、その執着心がじわじわと芽を出す。
それに苛まれる様は、まさに初恋は呪いなのだとまざまざと感じさせられる。
鴎自身が、救いを求めている、苦しんでいる人を放ってはおけない実直さを抱えていて。
梅雨が苦しめば苦しむ程に、鴎は梅雨に心が動いてしまうという何とも皮肉な構図が展開されていく。

憧れの人に相まみえた時、その人がどれだけ変わっていたとしても無関心を貫くことはできるか?
無関心を貫く事が誠実なのか?
しかし、どれだけ変わったように見えても、変わらない部分も散見されるからこそ、その矛盾と背徳感に溺れていく。

初めての彼女である向日葵を大切にしたい気持ちと、かつての快活さを失った梅雨を何とかしたい気持ち。
その両者の気持ちの狭間がせめぎ合う。
彼氏として向日葵の事を優先しつつも、頼れる相手がいない梅雨の問題に首を突っ込んでいく鴎。
彼は優しすぎるからこそ、間違った形で依存させてしまう。

鴎は向日葵との純愛を貫こうと必死に足掻けば足掻くほどに、どうしても憧れの梅雨に視線が行ってしまう何ともし難いもどかしさに苦悶する。
向日葵を裏切ってしまっている事を申し訳なく思いながらも、誰に対しても誠実であろうというスタンスが自らの首を締めていく。
傷を舐めあいながら、堕落していき、罪悪感に押し潰されていく鴎の悲壮感がたまらなかった。

そして、梅雨もまた、過去から目を背け、自分を支えてくれる存在を探す、迷子のような状況。
鴎を敢えて失望させて、関わりを断つ為の行動が、逆に彼の興味関心を惹いてしまう。
そんな彼らの行動と小さな嘘によって、幸せの絶頂にいた向日葵も叩きつけられ、傷付けられる。

誰も望まない形で展開される不健全な関係。
小さな嘘は、傷付けない為の優しい嘘であった筈なのに、積み重ねる程に、誠実さから遠のいていく。
それでも、互いを想い合う気持ちに不純な物は一切なく、どうにか幸せな形に導きたいという純粋な愛の形でもちゃんとあって。

そんな彼らもまだまだ未成熟で、状況に流されて、それらを上手くコントロール出来ないからこそ、過ちを犯すし、失敗も繰り返す。

果たして、狂い始めた歯車は三人の関係をどこへと導くのだろうか。
破滅する事が目に見える状況なのに、それを防ぐ手立ては、彼らの未来に残されていないのか。
誠実さも度が過ぎれば、毒となる事も理解している。
略奪した愛に明るい未来が待っていない事も分かっている。
それでも、愛の檻に閉じ込められた彼らは、純粋さを見失う事なく、ちゃんと互いの関係を清算出来るのか?

純愛と執着の狭間で、奪い去った恋の重みと切なさに苦しみながら。

一つの確信を手にした鴎の覚悟の真価が試されるのだ。 















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