見出し画像

私の入院体験記

入院と手術をすることになった

4泊5日で入院と手術をすることになった。30代はそれまで空気のように当たり前だった健康というものが、実は限りある資源だと気づく年代である。

10〜20代の私は「生産性の低い人間は排除されるべし」という考えを持っていた。今思えば自身の若さと健康を当然の前提とした大変暴力的な思想である。しかし、30代の今は「価値判断の物差しをたくさん持ち、人を尊重できてようやく一人前だ」と思うようになった。

人間には下り坂でしか気付けないこともあるのだ。

病院に到着するといくつかの検査をして、病室と担当看護師さんを紹介された。

看護師さんは左手薬指に指輪をしており、お腹が膨らんでいる。もしかして、妊婦さん?

え、妊婦って免疫力落ちるから病院のような病原菌が大集合する場所ってヤバいんじゃないのかな。本人はハツラツと仕事してるけど。

そうこうしてるうちに早速手術である。

原因となった病気は?

さて、ここで私の症状について書いておこう。

病名は痔瘻(ろう)である。痔瘻はお尻の穴以外の場所に穴が空いて、そこに本来のルートからはぐれてしまった排泄物がたまる現象だ。これは手術でしか治らない。根治のためには、本来のお尻の穴と、痔瘻でできた穴の間を切り拓いて、一つの穴に統合しなくてはならない。

一言でいうと"ケツ穴の市町村合併"が必要なのである。

手術台に乗せられ、腰に麻酔を打つ。その後うつ伏せになると、足の部分がパカリと二つに分かれて大股開きの状態になる。「それでは手術を始めます」という医師の声とともに、私も緊張感が高まった。

ドラマでもよく見た展開だ。ここで医師が「メス」と言って執刀が始まるのである。

医師「カミソリ」

・・・ん、今カミソリって言った?手術にそんなもの使うっけ。

戸惑う私をよそに、オペ室にはショリショリという静かな音がこだまする。

こ、これは・・・俺は尻毛を剃られているのか!

どうやら私の尻毛が濃すぎて手術の妨げになると判断されたようなのだ。私としたことが、なんたる失態。手術する箇所なんて最初から分かっていたのだから、あらかじめ剃っておけばよかったのに。

腰に麻酔を打ち、うつ伏せの大開脚状態で医師や看護師5人に見守られながらケツ毛を剃られるとは、なかなか得難い経験である。普通の人なら羞恥心で悶絶するかもしれないが、10年以上に渡る社会人経験により、私も面の皮はかなり厚くなっている。しかも、ここに至るまででお尻は散々いろんな人に見られ・いじられているので、もはや慣れたものである。(どんな慣れだよ!)

この経験により、恥やプライドにより仕事で上手く立ち回れない後輩に対して、私は具体的かつ説得力をもって諭すことができるようになったといえる。

「君は人に見守られながら尻毛を剃られたことはあるかい?私はある。しかも5人に見守られながらだ。それだけじゃない。手術が終わってからも、女性の看護師さんに1日3回ずつ、入れ替わり立ち替わり尻の穴を観察されるんだ。

それに比べればどうだ、仕事で挑戦した上での失敗なんて屁でもないじゃないか。プライドは人生において荷物でしかない。そうやって人は大人になっていくんだよ・・・。」

手術後の入院生活

手術は30分ほどで終了した。麻酔の影響で下半身が動かせないので、看護師さんたちにタンカに乗せられて病室へ。直後は自分の意思で寝返りも打てず、尿意も感じない。今日1日はベッドの上で絶対安静である。排泄も尿瓶を使ってベッドのそばで済ませる必要がある。

ふと目をやると、最初に紹介された担当看護師さんのお腹周りがスッキリしている。どうやらお腹が張って見えたのはポケットにたくさん用具を入れていただけのようだ。

危ない危ない。「妊娠しながら働くのって大変ですよねー」なんて声をかけなくて本当によかった。入院初日からセクハラ患者認定されて、地獄のような気まずさを味わうところだった。

私に対する看護師さんの仕事は、体温や血圧の計測、点滴の入れ替えと、患者の排泄物の処理である。お尻周りも経過を見るため頻繁に観察する。ちなみに、私が入院したのはちょうどクリスマスを跨ぐ時期だったため、クリスマスとイヴの夜に看護師さんにお尻の穴を見せる時はなんだか申し訳ない気持ちになった。業務といってしまえばそれまでだが、感情の抑制が必要な仕事だろう。医療現場は文字通りキレイゴトでは動かないのである。

病院現場の悩み

そういえば、私の手術の最中に手術室に電話があり、手術予定と丸かぶりな時間帯に診療をしてほしいという要求が電話口でなされる一幕があった。実はこの病院はネット上の評判が星2.5と低く(満点は星5)、低評価をつけたコメントは長時間待たされたことによる苦情が目についた。

現場スタッフは頑張っているのに、人的リソースのマネジメントが上手くできていなくて、一部の激怒する患者を生んでしまっているのではないだろうか。

手術の翌日には、診療待ちの間に「もうダメだ」と担当医師が弱音を吐いてる声が漏れ聞こえてきた。複数の病院やクリニックを行き来しながら、膨大な数の患者を診ており、体力の限界がきているのだろう。それなのにちょっとした行き違いで低評価をつけられたら、嫌にもなるというものだ。

なお、滞在して分かったのだが、病院設備はかなり古い。テレビを見るためのカードが自販機で売られているのには驚いた。看護師さんの一人が自重気味に「設備古いですよね。他の病院に完全に負けてるんです」と言っていたのも納得である。

国民皆保険制度により料金が一緒なので、確かに最先端の綺麗な病院に人は集中する。滞在したのは7人の相部屋だったが、私含めて2人しか利用していなかった。同じフロアの他の部屋を見ても全然人が居ない。

個室も人がまばらで、前を通りがかるとお婆さんが大声で何か叫んでいた。しかし、支離滅裂で何を言っているか分からない。多分認知症だ。

どうやら人繰りだけでなく、インフラ面の劣後が低評価に結びついているようだ。ドラマのようなカッコいい部分は何もない。これが医療の現場である。

ちなみに、手術後はお通じが非常に痛い。同室の男性は痛み止めを頼んでいたが、看護師さんによれば同じ状況でも女性は痛みに対して結構耐性があるらしい。月一のアレに直面している女性はこういう時に強い。子育てで女性が強いのも、痛みや人間の汚い部分に向き合うことへの慣れがあるからだろう。

費用はいくらだったか

手術後の経過は順調で、予定通り退院となった。費用はトータルで7万円ほど。加入していた生命保険と団体医療保険で全額カバーできそうだ。(それどころか黒字になるかも)

貯金をあまりしていない方、突発的な7万の出費で生活が破綻するような経済状態であれば、医療保険には入っておいたほうがよいです。

帰り道で退院を両親にLINEで報告する。「帰省予定だけど、年末年始はお酒が飲めない」と付け加えることも忘れずに。

でも、大丈夫。アルコールなしでも十分楽しめるだろう。

自由に外へ出ること、トイレに行くこと、好きなものを食べること、寝たい時間に寝ること・・・そんな何気ない当たり前を、以前より愛しく思う自分がそこにはいるから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?