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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
３章　親子の絆
第１話　親が子を思うこと

　その日も、閉店後の「さかなし」には茨木童子と葛の葉が訪れ、日本酒のグラスを片手に馬鹿笑いである。

　季節は夏に差し掛かり、蝉の声が届き始めていた。「さかなし」の店内もエアコンが必須になっている。

　この２体が来る様になって、始めのうちは上のリビングを使っていたのだが、営業後の「さかなし」を使う方が掃除などが楽だということ、ここだとたこ焼き以外用意することも無いことなどで、今の様に落ち着いた。

　毎夜来られては、やれ鉄板焼きややれお鍋やなんて用意していられない。手間もだが、渚沙なぎさの財布がパンクしてしまう。たこ焼きならコストはそこまで掛からない。たまにチーズやキムチ、とうもろこしなどで味変しつつ、ここまでやって来たのである。

　それはこの２体が飽きるまで続くのだろう。妖怪の寿命とかそういうことは判らないが、人間よりは長く生きるのだろうし、実際に生き続けている。きっと渚沙の方が先にくたばるのだろうな、と思ったりするのだった。

　・

　数日後、いつもの様に茨木童子が顔を出した。

「おう、邪魔すんで」

「いらっしゃい」

「毎日毎日、良く飽きないカピな」

　竹たけちゃんの呆れた様なせりふに、茨木童子へ「ふん」と鼻で笑い飛ばす。

「ここに来たら好きに酒が飲めるからな。現代の酒は旨いで」

「お手柔らかにお願いしたいわ〜」

　渚沙は苦笑する。が、いつもならその後に続く葛の葉が姿を見せなかった。

「茨木さん、葛の葉さんは？」

「ああ、息子が来たから、そっち行っとるわ」

「ああ」

　渚沙は合点がいったと頷く。

　葛の葉の息子さん、幼名童子丸、その名は安倍晴明。平安時代に活躍した、おそらく日本で一番有名な陰陽師である。

　もう何年も前のことになるが、某狂言師主演で映画が作成され、それが大ヒットした。それはその狂言師と安倍晴明を一躍有名にした。

　そして数年前のオリンピックでは、現在プロフィギュアスケーターとして活躍している某選手がフリー演目の題材にし、金メダルを獲得した。京都にある晴明神社にはファンが押し寄せたと聞く。

　その安倍晴明は現在、日本の守り神の１柱となっていて、日本に数カ所ある安倍晴明ゆかりの地を渡り歩いているのである。没後神格化されたゆえの結果なのだそうだ。

　平安時代の都が京都だったことで、一条戻橋などを始めゆかりの地は京都に点在している。だが大阪の阿倍野区にも安倍晴明神社がある。安倍晴明出生の地は、大阪市の阿倍野区とされているのである。

　阿倍野に住まう男性、安倍保名が追われる白狐を匿ったら、その白狐が女性の姿になって恩返しに現れた。ふたりは結婚し、のちの安倍晴明が産まれたとされている。

　安倍晴明が尋常ならざる力を持つことになったのは、霊力を持つ白狐の母、葛の葉から産まれたからだとされているのである。狐は古来から霊力を持つ動物として崇められて来たのだ。

　その安倍晴明が、今は大阪の安倍晴明神社に逗留しているのである。年に数回訪れるたびに葛の葉が訪ね、親子の時間を過ごしている。

「ま、俺には子どももおらんからな。あんま気持ちは分からんけど」

「けど、茨木にも親がいるカピよ」

「そやな。もうとうに死んでしもてるけどな」

　確か茨木童子も、その親分格だった酒呑童子も、元は人間として生を受けたと聞いている。息子が鬼に変貌を遂げたその時、親御さんはどんな思いを抱いたのだろうか。現代日本に於いてはあまりにも常識外れなことなので、想像が難しい。

「ま、鬼に親の気持ちを理解しろという方が難しいカピな」

「なんや竹子たけこ、お前には解るっちゅうんか？」

「そりゃ解るカピよ。竹子も子どもを産んだことがあるのだカピ」

「え！？」

　竹ちゃんの発言に驚いたのは渚沙である。竹ちゃんは今、渚沙の前では仔カピバラでいてくれることが多くもあってか、親のイメージがまるで無かった。いや、大人のままでいたとしても、繋がったかどうか。

「何でそんなに不思議そうなのカピか？」

　竹ちゃんも驚愕した様に目を丸くする。

「いや、ごめん、びっくりした。そりゃあ竹ちゃん大人の女の子やもんなぁ」

「女の子っつか、ババァやけどな」

　茨木童子が「ひひ」と笑いながら言い、竹ちゃんは「うるさいカピよ」と斬って捨てた。

「竹子も自分の子どもが可愛かったカピ。今もハーベストの丘で元気だカピよ。もう立派な大人だカピ」

「そっかぁ。その子も竹ちゃんみたいに妖怪になったりするやろか」

「どうカピかな。なったら面白いカピな」

　竹ちゃんが懐かしげに目を細める。愛娘、もしくは愛息子のことを思い出しているのだろうか。竹ちゃんの子どもなら、きっと可愛いだろう。

「ともあれ、葛の葉が息子に会いに行くのは、何らおかしく無いカピよ。竹子は妖怪になってしまったから、もうハーベストの丘に行っても、誰にも気付いてもらえないカピ。だから葛の葉が少し羨ましいカピよ」

　そう言う竹ちゃんは少し寂しげに見える。子どもが元気なのは嬉しいことなのだろうが、一方通行になってしまうのは切ないことなのだろう。

「大丈夫やで。竹ちゃんには私がおるから」

　だから竹ちゃんに元気になって欲しくて渚沙が笑顔で言うと、竹ちゃんは一瞬呆気にとられた様な表情になる。そして。

「まぁ、渚沙も竹子にとっては子どもみたいなものカピな」

　やれやれ。そんなことを言う様に、竹ちゃんは鼻を鳴らした。

「えー、人間の世界で言うたら、私が竹ちゃんの保護者やん」

　渚沙が笑いながら言うと、爆笑する茨木童子の向かいで竹ちゃんが「ふん」とまた鼻を鳴らす。

「茨木笑いすぎカピ。渚沙、言うだけならタダカピ」

「えー、酷いなぁ」

　戻って来た賑やかしい空間に、渚沙は心の底からの笑みを浮かべた。