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【いつメロ No.7】さぁ全速力で駆け抜けろ!!

自室でギターを弾く。アンプは買ってないからそんなに響かない。おれにしか聞こえない。
このギターは高校に入ってから初めて自分のお金で買ったもの。だからか、おれにとっては宝物に輝いて見える。買ったことを友達や家族に話した時は、揃って「80~90年代の高校生かよ」とツッコまれた。ちなみに、軽音部には入っていない。なぜ、そんなおれがこのギターを買ったのか?

きっかけは、ある曲との出会いだった。
公園で黒のロングコートを羽織った男が人目もはばからず、ギターを荒々しく弾きながら大声で歌っていた。あの時聴いたあのギターの音色が忘れられなかった。歪んでいることは素人でも分かったけど、それであって曲としてしっかりと成立していることに驚いた。周りの人は過ぎ去る中、おれは気づけば立ち止まっていて、それに気づいた男はおれを差して、「足を止めて聞いてくれるあんたは有能」と言った。いや、これは歌詞だ。そんな歌があるのかと仰天した。

歌詞にはとにかく救われない世界が映し出されていて、ちょっとした絶望を感じた。真面目な優男も、人々の喝采を浴びた美声の少年も、その後が報われる保証がないことを知らされた。その人物たちを哀れに思うと同時に「努力は報われる」という言葉への信用にひびが入った。もしかしたら自分も同じ道をたどるかもしれないと怖気づいた。

その曲との衝撃的な出会い以降、メロディと歌詞が頭から離れず、ふと指でリズムを刻み、歌詞を小さく呟いていた。それに満足できず、あの男みたいに奏でたくなったおれは、町の楽器屋に走りギターを買っていた。ギターの経験がないおれはまず、教則本の基本から始めてみた。最近になってようやくマシな弾き方が出来るようになった。そして今、少しずつあの曲のフレーズを練習している。記憶だけで再現するのは無理が過ぎるから、どこかに楽譜でもないかと、海に漂流する流木を探す気持ちでネットや本で探し回った。すると、見つかった。なんとあの人気ロックバンドの曲だった。おれのイメージではポップソングやラブソングがメインだったから、大きなギャップとなった。とにかくその曲のタイトルも分かり、楽譜も手に入った。それ以降から、友達との約束も断り真っすぐ家に帰り、練習に明け暮れた。

ところで、こう思ったかもしれない。「そんな絶望ソングを何で奏でたいと思うのか?」と。
実はあの歌との出会いには続きがあった。
ラスサビに入った時、「いいかいそこの若ぇの」とまた指を差されて、「援護射撃するぞ さぁ駆け抜けろ」と叫ばれた。その男の目にはただの狂乱者には出せないほどの熱がこもっていた。いつの間にか自分は励まされていた。最後にはまた「いいかいそこの若ぇの」と差されて、「百聞は一見に如かず お前の目で見ろ!」と叫んだ。

さっきまで「人生は必ず報われる保証がない。だったら、努力の意味もないじゃないか」と嘆きかけていたおれはハッとさせられた。そうだ、努力が報われるかどうかはそもそも分かってないんだ。歌詞の登場人物たちのようなケースもあるけど、テレビや本で見る人たちは報われているじゃないか。分からないからこそ、確率をあげるために努力するんだ。それこそまさに、「百聞は一見に如かず」だ。演奏が終わった時、男はおれに「良い曲だろ?この曲、胸にしっかり留めておきな」と親指を立てながら言った。彼は不審者でも狂乱者でもない。通りすがりの熱狂的なサポーターだった。

そんな熱い歌と目に背中を押され、ギターを手にした。おれもこの先を駆け抜けていきたいし、誰かの援護射撃が出来るようになりたい。だから、おれはギターを鳴らす。あの男とこの曲を作ったロックバンドの背中を目指して。


           Mr.Children/ROLLIN' ROLLING ~一見は百聞に如かず


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