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【いつメロ No.10】POP THE ROCK

休み時間になると、机に突っ伏している。別に友達がいないわけではない。眠さに耐えて疲れた後だから話す余裕がないだけ。ちょっと寝ることもあるし、薄眼で外の景色や教室内を見ているのが常。でも、最近はもう一つの楽しみが出来た。

隣の席の彼女は、休憩時間によくイヤホンで音楽を聴いている。そして、そのイヤホンの音量が大きいからか、上手くはまっていないからか、音漏れしている。だから、おれは寝たふりをしながら漏れてくる音を楽しんでいた。

今日も隣からの音漏れを楽しんでいる時、これまでの人生で聴いたことのないくらいポップなメロディが耳に入ってきた。初めて聴いたはずなのに、すでに体がリズムを刻んでいた。指先が動いていた。つま先も動いた。なんだこのポップソングはと、心の中で叫んでいた。すると、いきなり肩を叩かれた。目を開けると彼女が覗き込んでいて、
「もしかして、聴こえてた?」
と、少し恥ずかしげではあったが、ニヤリと笑いながら聞いてきた。しまった、ついリズムを刻んでしまった。もうこれは隠せないと腹を決め、これまでも聴いていたことを白状した。

「はっず。聴こえてるならそう言ってよ~。」
「Mr.Childrenが好きなのか?」
Mr.Childrenをあまり知らないおれでも聴いたことのある曲がよく流れていたから、この際に聞いてみた。昨日は「Tomorrow never knows」が流れてたっけ。
「まぁね。親がよくミスチル聴いてて、英才教育受けてるからね」
どうやら、親が聴いている曲やアーティストにハマることを、英才教育というらしい。そうなら、人類みな何かの英才だな。
「さっきのもMr.Childrenの?」
「そう。この曲かなり好きなんだよね」
「そういう曲があるの、なんか意外だな」
まさか、あのロックバンドにここまでポップな曲があるとは思わなかった。HANABIやSignとか恋愛系のイメージが強かったから、おれにとっては新鮮だった。
「ミスチルはポップもラブもダークもロックも歌えるオールラウンドバンドだからね。その日の気分で聴きたい曲が変わるんだよね~。今日はこの気分。」
きっと彼女は今日何かいいことがあったんだろうな。それか、これからあるのか。
「あんたもミスチル聴くの?」
「テレビで聴くくらいかな。人気なのを知ってるくらいで、お前ほどは詳しくないよ」
「そうなんだ。ちょうど今度ライブあるんだけど、チケット余ってるから一緒に行く?」
急な誘いすぎた。しかもナチュラルな流れだったので、思わず、
「おうっ、えっ、ライブ?」
と一瞬流れで了承しかけた。
「そうそう、今度スタジアムでやるライブ。しかも、30周年のだから、あんたでも知ってる曲もやると思うよ。ドームのライブでもそうだったし」
どうやら、この4~5月にもドームでライブがあったそうで、次はスタジアムで行うそうだ。そんな大規模なライブが出来る日本のアーティストは限られているだけに、すごさは何となく分かった。一応日程を確認すると、ちょうど何もない日だったので、暇潰しと盗み聞き(?)の謝罪も兼ねて行くことにした。

ライブ参加が決まってから当日まで、休憩時間や放課後はMr.Childrenの曲を聴きまくった。いや、正しくは聴かされまくった。イヤホンをシェアして彼女の解説も込みで、何曲も聴いた。後日談になるけど、その様子は周りから見たらカップルそのもののようで、ちょっとした噂になっていたそうだ。

そして、当日。ついにこの日が来た。
イントロを聴けば、ほぼ分かるようになった。あとは分からなくても、ライブで知って楽しめばいい。それよりも、今は会場の雰囲気を楽しみたかった。スタジアムに入って、ようやく実感出来たけど、こんなに大きな規模のライブが初ライブになるとはなんとも贅沢だった。会場は3年ぶりの単独ライブとデビュー30周年が相まって、無音の歓喜に満ちていた。そして、ついにライブが始まった。

圧倒的の一言しか出なかった。スタジアムという巨大な空間でも足りない程、Mr.Childrenのメロディが吹き荒れていた。彼女と聴いてきた曲も演奏されたが、ライブになるとこんなにパワーアップするもんなのか。そして、声が出せなくてもここまでの一体感を味わえるのか。あの盗み聞き発覚前のおれからは想像も出来ない程に、もうMr.Childrenにハマっていた。
ライブが終盤に差し掛かり盛り上がりが高まったとき、軽快なドラムが鳴った。何の曲か連想出来なかったけど、MCも入って、徐々にイントロが大きくなった時に、ようやく分かった。あの曲がきたんだ。あの超ポップな曲がきた。でも、あの時以上の興奮が押し寄せてきて、鳥肌まで立った。周りのハンドクラップが最高潮に達した。
なんだ、これは。ライブの終盤でかつ、すでに会場のテンションはMAXの状態だったのにまだ上げられるのか?ここまでテンションと興奮が高まったことがなかったからか、感動でも悲しみでもない涙を目元に溜めながら、手のひらが腫れるほどに叩いていた。おれは犯罪を企てたことはないけど、この時だけは、日本中のスクリーンをジャックしてこの音を、この目の前の映像を日本中に流したいとさえ思った。そうすれば、少しは日本全体が幸せになれると本気で思った。それほどまでに、この曲に詰め込まれたポップが目の前で弾け飛んでいた。

ライブが終わり、退場を待っている間。
「どうだった、初ライブに初ミスチルは?」
と、彼女が頬を赤くしながら聞いてきた。
「ヤバイね」
それが精一杯だった。頭の中では「最高」「最強のロックバンドだ」「映像が迫力満点だった」「スタジアムの空気がたまらなかった」「出だしですでに痺れた」などの言葉がぐるぐるしていた。それでもどの言葉も上手く出てこなかった。それほど放心していた。コテンパンにされた。敵わないなと、勝手に降参していた。とんでもない出会いをしたもんだ。

次の月曜日。
お互いに冷静になってから、ライブの感想を語り合った。休憩時間では足りず、放課後にはカラオケで歌いに行った。おれはあの曲を熱唱した。あのライブ以降、一番好きな曲になり、帰ってからもリピートしまくった。この曲があれば、この最高の思い出を忘れないし、この先何があっても這い上がって羽ばたける気がする。それだけ好きになったし、大切な曲になった。

そして、あのライブから3か月。
おれたちは付き合うことになり、周りからは「チルカップル」と呼ばれた。


                         Mr.Children/エソラ


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