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ep3:今日の私に捧ぐ、ご褒美パティスリー|#不器用な彼らは、今日もおいしい寄り道をする

「来年結婚式を挙げることになりました。招待状を送ってもいいかな?」「ごめん!転職したてで余裕がなくてしばらく会えなさそう」「ボーナスが出たから自分へのご褒美で奮発してアクセサリーを買っちゃった」


友人との連絡やSNSのタイムラインに人生の節目を感じさせられるような報告が垣間見えるようになった20代半ば。今現在フリーターとして生活している自分には少々バツの悪い気持ちにならざるを得ない話題ばかりだった。


おもしろいもので、自分に余裕があるときは人の幸せを喜んだり、または妬ましく思ってしまうような話題も流せたりするのだが、上手くいっていないときは全てが煩わしく感じてしまう。

そんな自分が嫌になる、というほど綺麗なもので出来ているわけでは無いけれど、心がザラつくのは惨めな気持ちになって嫌だった。






小さい頃から憧れていたブライダルプランナーになりたくて、専門学校に入ったのは19歳の頃。幼い頃に親戚の結婚式に参列した時に見た主役の二人だけのために作られた壮大な一日のきらびやかさは、強く印象に残っていた。好きだと思えるものは他にもあったけれど、仕事にするなら結婚式という人生に一度の晴れ舞台を仕上げるために奔走する人生がいいと思ったのだ。




高校を卒業してからは現場実習が多いブライダル専門の学校を選び、他の学生よりも勉強に時間を注いだ。学校での授業、自宅での調べもの、現場でのアルバイト。目の前のことをこなすのに必死で、余裕なんて一ミリもなかった。


第一希望には落ちてしまったけれど、頑張った甲斐もあり第二希望にしていた就職先からブライダルプランナーとして内定をもらった。喜ぶ気持ちもあったけど、それよりも安堵する気持ちの方が多く、張り詰めていた緊張をやっと解くことができた。


けれど安堵するのも束の間。



いざ始まった就職先での日々は、学生生活の中でも薄々感じていた憧れている世界とのギャップに体も心もついていかなくなった。思い描いていたのは忙しいながらも自分の裁量で良い式を作れるようになって、「あなたに任せてよかった」とお客様から笑顔で感謝を言われることだった。


実際は生身の人間相手だとそんな優しいやりとりばかりが存在するわけではなく、失敗が許されない現場では臨機応変さも終始求められるということ。生半可な気持ちでやってきたつもりはないが、この世界でやっていくには気がついた頃にはもうとっくに限界で、普通の顔をして現場に立つことができなくなっていた。








ブライダルの仕事を辞めた後は一度実家へ戻り、心身の休養をとった。

しばらく休んだ後は事務や販売のアルバイトを転々とし、現在はなんとなく生活する日々を続けている。正社員の方が気持ち的にも生活的にも安定するのはわかってはいたが、ブライダルプランナーは無理でも何かしらで業界に関わることができたらー。そんな思いを消しきれず、いざという時のために関係のない職で食いつないでいたのだ。




仕事の合間を見つけては何か自分にあった仕事〈就職先〉は無いかと探しているが、結局はどれもこれも少し荷が重く、業界に戻ろうという気には踏み切れずにいた。



夢を諦め、心身の調子を崩し、人生からドロップアウトしかけている間にも月日は容赦なく流れていく。昔こそ自分には目指すものがあるからと何が手に入らなくとも一切気にならなかった。けれど必死に縋り付いていたものがなくなった途端、残ったのは身一つの自分だけ。



これから一体どうやって生きていこうか、ぼんやりと途方に暮れる日々がもう何ヶ月も続いていた。






ある日の休日、待ち合わせをして母親と行ったことのない街に行くことになった。食べ歩きがそれなりに楽しめる街らしく、お昼は適当に気になった店をはしごして食べるつもりだった。



現地に着いたものの、まだ準備が整っていない母親を家に置いて先に出てきてしまったので、時間に少し余裕がある。

少し散策でもしていようと行く予定のエリアとは反対側の街を歩き始めた。






たくさんの高いビルに囲まれていてオフィス街とも取れるような街には、始業時間を超えたからか人はまばら。高架下には大きな川が流れているが、淀んでいてお世辞にも綺麗とは言えない。


普通のビルかと思いきや一階部分がギャラリーになっている店があったりと、初めて歩く街は見慣れないものが多く、発見があっておもしろい。



しばらく歩いていると、人の出入りがある店を見つけた。深い緑色の外壁にスモーキーな色味の草花が装飾された目を引くお店だ。ガラス越しに店内をのぞいてみると焼き菓子やケーキが並んでいるのが見え、このお店はケーキ屋なのだと知る。




少し興味をそそられ、ドアを開けると
カランカランと来店を知らせるベルの音が小さく鳴った。






シャンパンカラーの控えめなシャンデリアがガラスケースに陳列された宝石のようなケーキたちを照らす。焦げ茶色のフローリングに一歩足を踏み入れれば先ほどまでの景色とは変わり、非日常のきらびやかな小さな世界。

思っていたより広い店内は手前に焼き菓子、奥に生菓子、隅にはカウンターがあってイートインもできるようだ。気に入ったケーキがあれば待ち合わせまでここで時間を過ごすのも良いかもしれないと思い当たる。




入ってすぐのところにあるウッド調のカウンターテーブルには様々な焼き菓子が美しく並べられている。

ケーキスタンドに積まれている真っ黒に照り輝くカヌレ、時間帯によっては焼きたてが並ぶらしいメープルフィナンシェ、お酒にも合いそうなチーズとハーブのクッキー。焼き菓子が行儀良く陳列されている様子を見るのは麗しい生菓子とはまた違った可愛さがある。


オフィス街が近く、手土産の需要もあるのかゴールドのリボンを掛けられセンス良くラッピングされた焼き菓子の詰め合わせも豊富だ。




焼き菓子を見終えたところで奥にある生菓子のショーケースへと足を向ける。



「こんにちは」
ショーケース越しにコックコートを着た女性の販売員さんが笑顔でこちらに顔を向ける。

「こんにちは」
少し口角を上げて挨拶を返し、ケース内のケーキに目線を移す。


フルーツが添えられた赤ワインのムースケーキ、フルーツトマトとマスカルポーネのカップデザート、グレープフルーツをハーブでマリネしたタルト……。



今まで自分が行くようなケーキ屋では見たことがない斬新な組み合わせのケーキは、美術品のようで思わず息を飲んだ。


「ご来店は初めてですか?」

「はい、歩いていたらたまたま目に入って気になったので……すごくめずらしい組み合わせのケーキが多いですよね。どれも気になります」


「うちが作っているのはオフィス街の近くということもあって大人の方向けのケーキが多いんです。アルコールや野菜を使ってみたり、めずらしがって手土産や仕事終わりのご褒美として買って帰られる方が多いんですよ」


どちらかというとケーキ屋は街に一軒はあるような家族連れで来るイメージがあったけれど、確かにここのお店は内装もケーキも洗練されていて、大人が嗜好品を買いに来る場所という印象が強い。昔から存在する多くの街のケーキ屋が日常や思い出に寄り添う場所だとしたら、このお店は日常を少しの間忘れさせてくれるような特別感があった。



「気になったものはありましたか?」
しばらくショーケースを眺めていた自分に販売員のお姉さんが声をかける。

「どれも魅力的でなかなか選べなくて」
なかなか頻繁に来れる場所ではないし、こんなめずらしいケーキたちを一つに絞るのはむずかしい。悩んでいることをそのまま販売員さんに伝えると


「私なんかいつも4つくらいはぺろっと食べちゃいますよ」

「4つ?すごい。それは贅沢ですね」
思わずくすっと笑みがこぼれる。確かに全体的に小振りではあるが、それにしても4つもケーキを食べるとは驚きだ。

「ここに来るお客様はよく選びきれなかったり自分へのご褒美だって言って2つ食べてる方なんかも多いですよ。」


ゆっくりお選びになってくださいね。と微笑み販売員さんは奥の作業場に戻っていく。ショーケース前に残された私は店員さんの話す「自分へのご褒美」という言葉がやけに胸に響いてその言葉を頭の中で反芻していた。



最初はケーキを4つも食べるなんて!と話を聞いていたけれど、フレンドリーな店員さんと話しているうちに結果的に私は2つのケーキを頼むことにした。小振りといえど見た目と中身ともに洗練されたケーキは値段も張ったが、今の生活になってそういえば贅沢なんてしてなかったなと思い、思いきって自分へのご褒美という言葉に便乗することにした。







イートインを利用することにして、カウンター席に掛けたのちしばらくしてケーキが運ばれてきた。


フチがなく平たい白地のマットな器の上に選んだケーキが2つ。
1つ目はフルーツが添えられた赤ワインのムースケーキ。2つ目はトンカ豆を使ったシュークリームだ。


一緒に頼んだ飲み物で口を潤してから、まずは赤ワインのムースケーキから手をつける。つやつやと光る深い赤色とフルーツのコントラストが目にも鮮やかで、食べ物というよりこれはもうひとつの作品だ。


フォークを滑らすように舌へ運ぶ。舌触りがよく滑らかなムースは口に入れた瞬間、ふわっとアルコールの香りが鼻から抜ける。後からフレッシュな果物の酸味が追いかけてきて、口の中で2つの味わいが合わさる。まさにサングリアだ。


まだ昼間だというのに口の中に残るアルコールがほんのり良い気分にさせてくれる。うっとりするくらい美しくておいしくって、現実から少し違うところへと飛ばされる感じがする。甘い逃避行だ。



飲み物を飲んで一旦口の中をリセットし、トンカ豆のシュークリームへと手を伸ばした。


ゴツゴツとしたクッキーシューは雪を降らせたみたいに白い粉砂糖がかかっている。クリームが垂れないように思いっきり口を開けて食べると、一気に広がるアロマのような香り。

トンカ豆なんて聞いたこともなかったけど、商品説明の札にアロマのような香りと書いてあったのが印象的で選んだのだ。素人には他に味の例えようが無いけれど、バニラをもっと華やかにしたような香りに近い気がする。うっとりするような夢見心地な気分にされる味だ。




初めて食べる味の数々は心底おいしかった。目で美しさを楽しんで、舌で甘美で複雑なスイーツを味わうこの時間のなんと贅沢なことだろう。甘いものなんて食べなくても生きていける嗜好品だけれど、あると心がこんなにも満たされる。これは確かに「自分へのご褒美」だなと思った。



このお店でケーキをご褒美だと言って買って帰った顔も知らない人たちに、なんだか勝手に仲間意識が芽生えてしまった。




今の自分の状況もそうだけれど、歳を重ねるほどに周りの友人たちは恋人や家族や仕事など人生の軸となる新しい居場所作っていって、次のライフステージでの生活を楽しんでいる。



昔は頻繁に会っていた友人たちも昔とは違うコミュニティや生活があるのだ。今でこそSNSが普及したおかげで会わなくともコミュニケーションを取れるけれど、ふとした時に恋人も家庭もない自分はひとりなのだと思わされる瞬間が多々ある。


うれしいことがあった時や悲しいことがあった時も、大人になると誰に言うわけでもなく自己完結で終わってしまうことが多くなった。

喜びのままに飛びつける誰かが、言い表せない寂しさを共に和らげるような誰かが、この気持ちを共有してくれる人がいてくれたらどんなに心強いだろうと思った時もある。



けれど今の自分にはそういう相手がいないのであれば、自分の理解者であり一番近くで寄り添えるのはいつだって自分自身なのだ。



きっとここのお店にケーキを買いに来る人は自分を喜ばせたり励ましたかったり、そんな気持ちの時に買いに来るのではないだろうかと思う。

気持ちに寄り添うものが人じゃなくたっていいのだ。ケーキでも、本でも、場所でも、こんな時自分にはこれが必要だと知っている人はきっと、ほんの少しだけ生きるのが楽になると思う。



何に幸せを感じるかは人によって違うし、人生において重きを置くものも違う。私が何を得て幸せに思うのか、これからどう生きていきたいのか。いい年して情けなくもなるけれど、振り出しに戻って分からなくなってしまった。


けれど今すぐ答えを出す必要はなくて、手探りで取っては戻して試していけばいいのだと思いたい。




長年固められてきた世間で言う幸せの定義も年々少しずつ風潮が変わっていっているとも思う。

だからといって自分はこれでいいのだ!と他人の物差しを置いて割り切れるほど単純な性格じゃないけれど、今日の自分の生活を楽しむことがきっと未来の自分を支えていくのだ。





ふたつのデザートを食べ終わり、店のドアに手をかけると、来た時と同じようにカランカランと音が鳴る。


初めて出かける街で素敵なお店に出会えた。特別なデザートをふたつも食べた。心が明るい気持ちで満たされている。今日はこれでいい、この先もこんな小さな幸せを追い続けていけたらいい。


ベルの音に送り出された足は軽く、光に照らされた昼間の街へと歩き出した。




#不器用な彼らは、今日もおいしい寄り道をする は主におやつをメインとした食べ物がテーマの創作ショートストーリーです。人生に迷ったり、つまづいたり、不器用な彼らが食を通してほんの少し救われる話を1話完結で綴っていきます。

お話に出てくる食べ物や、作中でのワンシーンを絵に描いて添えているので、合わせて見てくださるとうれしいです。

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