よかった、そこにいてくれて。
まだ、私達夫婦ふたりが結婚前の遠距離恋愛をしていた頃のこと、こんなことがあった。あの頃、ふたりの仕事の休みがなかなか合わず、月に2回程度しか会えなかった。
彼女が3時間もかけて私に会いに来てくれたある日。その日はどうしても、彼女はすぐに帰らなければならなかった。
まだ若かった私は、それがどうしても面白くなかった。それでつい、彼女に一方的に不機嫌な態度をとっていた。帰りの駅で私はわざと姿を消して彼女を困らせてみたのだった。
まだ見知らぬ街の、あまり知り慣れていない駅でひとり、不安そうに彼女は私のことを一生懸命に探していた。それを隠れて見ていた私は、そんな行動をしてしまう彼女に余計にイライラしていた。
私は怒っていたのだ。
彼女もわかっているはずだった。発車時刻が近づいていた。探さないで彼女も怒って、そのまま帰ってもよかったのだ。私はそれを望んでいた。
やがて彼女が私を見つけたとき、彼女の白いシャツが汗で少し濡れていた。私はケンカになると思っていた。けれど、彼女は私にこう言ったのだった。
「よかった、そこにいてくれて・・・」
その言葉のあとに泣き始めた彼女を見て、なんてつまらない事をしてしまったのだろうと私は心から後悔をした。あの光景は、今もずっと忘れないでいる。今、こうして微笑んでる彼女は、あの日と何ひとつ変わりはしない。
こんなふうに自分のことより、まず誰かのことを想うとき、人ははじめて人から愛されるのだと思う。
愛するということは
つまり、愛されるということ。
愛されないからと、人は誰かを憎んだり恨んだりする。だから愛されないでいるということを、人はなかなか気づかないままに、ひとり苦しむのかもしれない。
そんな事を、彼女は言葉じゃなく、ありのままに私に教えてくれた。
あの時、私は彼女に出会えて本当によかったと心から思っていた。
素直に言葉に出来ないでいたけれども・・・。
「よかった、そこにいてくれて・・・」
だから私は、ココにいるのかもしれない。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一