Eli Maruyama

・株式会社 在る森のはなし/経営チーム/広報 ・photo bless /Photog…

Eli Maruyama

・株式会社 在る森のはなし/経営チーム/広報 ・photo bless /Photographer・Designer

最近の記事

自宅に「知らないお爺さんのご遺体」が運ばれてきた話①

「移住したい」・・・思い立ったが吉日!? 東京暮らしが詰んでいる。と感じたある年、私はとある田舎移住サイトに出会い、「生活コストを極力抑えてのびのび日々ストレスに晒されることなく田舎で暮らせる」という事に感銘を受け、あまり考えずに勢いで移住した。2018年のこと。 ストレスを作らない=働かないという選択 そもそも「家賃」。それがなかったら、人の生活コストは非常にコンパクトになる。東京に暮らしていた時、世帯収入に対しての家賃の比率は約20%。池袋まで電車で10分の家賃は8

    • 「恐怖」という一人芝居は他者との世界を断絶するという体験

      ここ数日ほんとにいろんなことが起きた。 自分がしでかした、ミスとか、トラブル。しでかした内容をしっかり直視して 損と害を与えてしまった相手のことを想いやり どうあるべきだったのか どうすべきだったか 何がいけなかったのかきちんと考えて、提示することが本当に大事だということを痛感した。 相手は私に どうあるべきことを望んでいたのか きちんと訊くこともせぬまま きちんと対話することもせぬまま ずーっと長いこと 恐怖にまみれて 私がいけないんです。私のせいだったんです。と、

      • 自分のニュートラルポイントを知るためのレッスン

        表面上では、HAPPYな顔をして、行動を選択しているように見えて。実のところずっとお腹の中に、不安・苛立ち・悲しみ・怒りといったネガティブなものをベースに行動していたことの多かったわたしだったので、 自分が幸せで、穏やかな心で過ごす時間がいつまでたっても実現しなかったように思う。 自分が幸せであり、そこからの活動でなければ、いくら良い行動をしていたとしても、ただの自己主張、自らの負の感情を成仏させるための代償行為になり、疲れが抜けない、多幸感を感じられない、人と一緒にいても孤

        • 自分の身体は自分のもの。を、知る

          自分の頭の中で 考え続けていると 「うわ!!!!!」と 突然雪崩が起きるかのように 「ああ!!!!!!!!そうかあ!!!!!!!!!!」 と 何かがスパークして 黒い塊みたいな 硬く 重く 痛い 暗い 何かが、 ぶわ!!!!!!!!!と霧散してどこかに飛んでいく そんな体験があるみたいだ そんな体験を わたしはずっとしたことがなくて 自分のあたまで考えるって こういうことなのか と、これを40余年手放してなかったことにしていたのか・・・

        自宅に「知らないお爺さんのご遺体」が運ばれてきた話①

          自分の力量を知れ

          (ふたたび自分の過去のふりかえり。) 人の話を聞くこと 人の内面に触れること 人の 内面的な話を 聴くだけ聴く いとも 軽々しく そしてその後何にも解決できなかったり 特に相手に良きことを渡せないのだったら 人の内面的な話なんて聴くんじゃない 相手をもっと知りたいと思ったとしても 相手ともっとわかり合いたいと思ったとしても それは単なるお前の傲慢だ そして相手の水を誘導して 水が溢れて 相手がもっと話したい 聴いてほしい という気持ちになって

          自分の力量を知れ

          恋人について

          さみしいからといって 人からの誘いに 何も考えずにすぐ行くって返事して 久しぶり!って連絡が誰かから来たら 久しぶりに飲みに行こう!って二つ返事 ためらいもせず 請われるがまま そんな風に生きてきたよねわたし 自分の時間は自分でコントロールするものなのにね 自己肯定感が低いからって 誰にでも好かれようとして生きてきたから 人から誘われたら絶対行くって どうかしてるぜ 嫌われるのが怖かったからね それで嫌われるのならそこまでの関係性だったのにね ・

          恋人について

          あらがう。

          犬は噛むから 触っちゃダメ 絶対絶対 触っちゃダメ そう教えられていたら 多分 私は生涯犬を触ることなく 犬が近づいてきたら 噛まれる逃げなきゃ恐ろしや そう信じて生きていたんだろうな 身に染みてしまった 「知識」とか「信念」みたいなもの そういうのを刷り込まれて 「でも本当にそうなのかな」 「なに情報なんだろうな」 そうおもって じぶんのちからで 突破するひとと しないひと その差はなんだろう? 近寄って 「噛まない犬もいるんだな」

          あらがう。

          目の前にいる人の笑顔のために生きる

          とことん自分で考えるということをせず ちょっと舐めてみたくらいのことを 「じぶんで考えました」 とかなんとかのたまって たいていそんなの自分のものにもなってなくて ちっとも自分で考えたうちにはいらないままに やった気になって どこか悩みの解を外側に期待したまま 思考や仮説立てを繰り返して吟味することもせず 手探りながらの生きる道標を自分で見出さないままに 自分を生きるという 冒険の醍醐味を短縮してを放棄し ヘラヘラと生きて 自分の中に生きるというすべ

          目の前にいる人の笑顔のために生きる

          決意。

          わたしは これから 誰にも言えない悩みを抱えているひとを 支えるひとになろうと決めました。 ひとに会って 話せないようなこと 途方にくれるような くるしみ かなしみ ひとは抱えていきている 私なりのやり方で 助けたい!助けたい!と ずっとおもい、願い、 実践しては失敗し、生きてきました。 今度こそ。とまた、別の方法でやってみようとおもます。 そのひとのいのちが 最も輝くための お手伝いができるように ほんのすこしの手助けになるような ほんのささいな光かもしれませんが・

          幸せは自分で取りにいかなければ受け取れない。〜私が実現したいパートナーシップとはどのような関係性か④〜

          気がついたら「パートナーシップ」についてのエッセイは第4回目となった。今回やっと「私が実現したいパートナーシップ」についての結論がでそうです。笑 「論理的な話し方」をして「誰にでも伝わるコミュニケーションをとる」ことで、意思疎通の齟齬を回避する。 先述したように、私は、自分の言いたいことが伝わらない状態で工夫もせずに爆走して生きてきたため、多くの人からみて、私は「意味のわからない人」だったろうし、理解されにくいし、私自身が相手の言っていることをそもそもきちんと汲み取ること

          幸せは自分で取りにいかなければ受け取れない。〜私が実現したいパートナーシップとはどのような関係性か④〜

          私が実現したい「愛のパートナーシップ」とはどのような関係性か②

          自分の気質について振り返るコミュニケーションに対するストレス 前回からの連載でのテーマはこちら。 前回の記事で、 ひとみちゃんからこんなお題をもらっていた。 人生において 「人に対して支配的な自分、働き詰めで生活や相手と向き合わない自分」 がいたことに改めて気がつき、その後、毎朝内観を繰り返していたところ、ふと気がついたことがある。 それは、私は、 子どもの頃から、 人とのコミュニケーションに対して 過剰にストレスを抱えていて 対話することを 諦めていた・逃げていた

          私が実現したい「愛のパートナーシップ」とはどのような関係性か②

          私が実現したい「愛のパートナーシップ」とはどのような関係性か①

          1ヶ月の毎日Blogランニングを終えて・・・。 中秋の名月を越え、秋が深まってきた。 8月から突然はじめたnote。 ほぼ1ヶ月、毎日連続投稿をして気がついたこと。 書くことで、自分の半生を振り返るいいきっかけになり 日々の行動の振り返りの良きペースメーカーになっている。 自分という輪郭をただ一人でなぞるだけではなく、 いつも一緒に生きている仲間のひとりから 力を借りて文章を書いていくという作業。 とっても楽しかった。そしてめちゃくちゃに怖かった!! (彼女はプロの編集

          私が実現したい「愛のパートナーシップ」とはどのような関係性か①

          「いま」この瞬間をどう生きるか。

          風のように生きたいけれど 罪の意識を捨てきれない 風のように、かるがると進む! かるがると。なんて言ったら 軽率なやつ。 何考えてるんだ。 おまえが今までやってきたこと考えろ。って 自分に罰を与えにやってくる人がいる。頭の中で。 誰の声? 私が作った「過去からの人の声」。 太宰治よろしく 「世間じゃない あなたが 許さないんでしょう。」 というやつだ。 重たい。 風の重量とは正反対だ。 わたしはずっと 自分の罪の重さで自分の呼吸を邪魔して 想念という淀みが身体に蓄

          「いま」この瞬間をどう生きるか。

          まるやま、「地球のために」良い人やめるってよ。

          母性はどこに消えた?〜子どもを産まない私の母性の行方〜 やや古いパロディタイトルでスタートしました今回は 良い子を演じていた私が疲れ切った先に なぜ良い子を演じていたのか なぜ疲れ切っていたのか 現在私が今、どんな行動をしているのか という、行動記録でお送りしようと思ってます。 突然ですが、結局2回の結婚を経て 1度も妊娠することのなかった私は 子どもを育てたことがないので 私には母性というものがないのか というと。 いや、どうやらそうでもないらしい。 そう。母性がない

          まるやま、「地球のために」良い人やめるってよ。

          「自分が我慢したら円満におさまる」わけないじゃん。それはただの自分を生きないための言い訳です。

          何かをするときに「お互いの意思」をしっかり確認してから、進める。 ということの大切さを。 コミュニケーションの基礎を。 今更ながら学んでる。 私自身ずっと ひとと「はなしあう」「相手が何を思い、感じているか」を知ることをせず あまつさえも「自分の意思を伝える」 ということもできずに、 とにかくひととのコミュニケーション全てから逃げてきたなあ。と思っている。 相手が本当にそう思っているかの確認もせずに 思い込みで相手の心の中を推しはかり きっとそうに違いないと 相手に嫌われな

          「自分が我慢したら円満におさまる」わけないじゃん。それはただの自分を生きないための言い訳です。

          自分が幸せになることを阻むもの

          いつも、いつも、いつも。 ひとみちゃんから言われて 愕然とすること。 やっぱり、あのサラリーマン時代に天から降りてきたあの言葉は 私が欲しかった言葉だった。 月日めぐり、 天から降りてきたかのような人が、こうして目の前でわたしに同じ言葉を繰り返しているのだ。 トライアンドエラー。 プランをしいて、やってみて、どうだったの?をふりかえり、 では、どうしよう。を次につなげる。 それがほんとうにできてなかったよなあ。 そして「世の中には悪い人なんていない」と妄信して

          自分が幸せになることを阻むもの