見出し画像

月と過客 #ショートストーリー


ある新月の日、こんな夢を見た。

自動車の修理工場で経理をしている私のところにお客さんがきて、ちょっと来月までお支払い待ってもらえませんかといってくる。困ったけれども、ないものはしょうがない。うちも困るけどねえというと「じゃあ千円支払います」といってくる。なんて自分勝手で失礼な言い分かと辟易した私。

まあそれも相手の誠意ならと思い千円受け取ろうとすると、かっぽう着姿のおばあさんが急にやってきた。「これを使いなさい」とカウンターに古い小銭を一枚置き、立ち去る姿にぼうぜん。小銭はまるで発掘したての和同開珎。年代ものの小銭の額面には「150阡円」と書いてあり、小銭一枚で15万円?にびっくりしていると、奥から社長が出てきて当然のように受け取ったのにさらに驚く。

お支払いが済んだことになるのか?あの青く光る小銭は何なのかと浮世離れしたできごとに訳が分からず、おばあさんは誰だったのかと目で追うと、ガラス越しに立ち去る姿が。おばあさんの近くには、小さな女の子がスキップしながらまとわりついている。女の子は小さすぎてて、背丈はおばあさんの膝くらい。キラキラと光っていて違和感しかない。

新月なので外は薄暗かったけど。あの女の子は、私だったかな。とすれば、あのおばあさんは私の祖母だったのか。いつでも祖母はピンチを救ってくれて、立ち去る頃に気づくなんて。厳密にいえば私のピンチではなかったけど。それでも孫のピンチに登場してくる、そんなところも祖母らしい。

祖母の周りでスキップしている女の子はとても嬉しそうで、祖母と一緒に私の視界から消えていった。何年ぶりの再会だったのかな。いつも私の近くにいてくれた祖母に本当は感謝を伝えたかったけど、気づかず何もできなかった。完全に意識から抜け落ちてしまっていた、そんなところも私らしい。

また新月の夜に再会できんことを祈って。祖母を見守る小さな私の姿が、せめてもの救いだった。嬉しそうにしていた小さな女の子に想いを託し、きっと祖母も一人でないなら寂しくないと信じて。浮世離れした感覚が消えることもなく朔の夜空を見上げると、無数の星が広がっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?