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世界の終わり #1-6 プレミア


          *

 先月末、ぼくが働くフィギュアショップで、従業員による現金の持ち逃げ事件が起こった。
 盗んだのは松坂という二〇代前半の男で、閉店後、レジ前に立っていたぼくを殴って殴って散々殴りつけたのちに、札束を握りしめて姿を消したのだ。
 当日の深夜、病院に運びこまれていたぼくは、駆けつけたショップの店長・藤枝から烈火の如く怒られた。道理に適っていない話だが、店長の〝人となり〟はよく知っているので、頭をさげて謝るほかなかった。それに恩もある。九州封鎖の混乱から生じた暴動で家族を失い、親戚の家や施設をたらい回しにされて途方に暮れていたぼくに仕事と宿を与えてくれたのは、藤枝店長だ。
 ショップで働きはじめて、気づけば二年が経過していた。最初はガラスケースに並んだフィギュアを眺めても、場所をとる不要なゴミの類いにしか映らなかったが、いまでは商品価値を鑑定できるくらい詳しくなった。勤務時間は正午から夜中までと、労働の法律に反する長さではあったが、仕事は楽なので不満を覚えたことはない。

「白石。お前、来週末から商品の収集に行け」
 藤枝店長からそういわれたのは、持ち逃げ事件から一週間経った、閉店間際の店内でのことだ。
 事件以降、藤枝店長は毎日ショップにきて、現金の管理を行っていた。
 それまでは週に一度顔を見せればいいほうだったのに。
「収集に行け、とは、どういう意味ですか」ぼくが問うと、
「言葉のとおり、価値のある商品をかき集めてくるんだよ」と返された。
 仕入れといわれれば納得できるが、収集とは表現が妙である。
 ショップでは国内及び海外から輸入する品のほかに、中古品も数多く扱っているので、足を使って駆け回り、質がよくレアな中古品を探しだしてこいって意味かと考えてみたが、しっくりこなかった。買い取り業務は、ショップへの持ちこみや出張買い取りで充分賄えていたからだ。もしや、持ち逃げを許してしまったぼくに対する罰則のつもりだろうか――その推測は、実のところ、八割五分ほど当たっていた。

 翌々日、ショップから車で一〇分ほどの場所にある倉庫に呼びだされて、収集に関する詳細を聞かされた。
 倉庫にはぼくのほかに二名、若い男女がいた。
 ひとりは荒木という名の男で、商品搬入時に何度か顔を見たことがあったが、名前を知ったのはこの日がはじめてだった。
 ぼくが頭をさげて、「よろしくお願いします荒木さん」と挨拶すると、藤枝店長は、「おい白石。敬語を使う必要はないぞ。そいつはクズだ。どうしようもないクズ野郎だからよォ」と紫煙を吐きつつ悪態をついた。
 荒木本人が目の前にいるのでわかりましたなんて答えられないが、『荒木さんは年上のようですので、敬語を使います』と口答えするのはもってのほかなので、返答に迷い、黙っていると、「白石ッ!」声を荒げた藤枝店長が足元のダンボール箱を思いきり蹴飛ばした。
 参った。
 考えが表情にでていたらしかった。
 あわてて、「よろしく、荒木」と呼び捨てで挨拶して、右手を差しだした。
 荒木は、「あぁ」と素っ気なく答えると、腰を屈めて変形した空のダンボール箱を両手でつかんだ。ぼくの右手は空しく宙をさまよったが、どうにか危機は脱したらしく、藤枝店長はそっぽを向いて紫煙をくゆらせた。
 倉庫にいたもうひとりは、長くまっすぐな髪が特徴的な女性――というよりも、少女と呼べるギリギリの年齢といった感じで、唇を尖らせて不機嫌そうな表情をみせていた。
 名前は板野茉莉絵。初対面(だと思う)の彼女と、ショップとの繋がりが見えなかったので、どうしてこの場にいるのか不思議ではあったけれども、彼女も収集メンバーの一員として呼びだされているらしかった。
 板野に関して藤枝店長の口から詳しい説明はなかった。
 気になったものの、尋ねるとまたダンボール箱が破壊されそうな気がしたので、口を結び続けることに決めた。
 ――さて、
 収集の件である。
 藤枝店長はぼくと板野にA四サイズの用紙を渡すと、紙上に記された人物宅に押し入って、めぼしい品を盗みだしてこいと命じた。用紙にはフィギュアの収集家と思われる人物の名前と住所が多数記されていた。住所はみな九州だった。あぁあ、そういうことか。これはなかなか厳しい罰則だ。生ける屍が徘徊している、封鎖された九州に上陸して、己が犯した過ちを償うに見合うだけの商品を盗って帰ってこいというわけだ。
「出発は三日後の正午。滞在日数はお前らの要領次第と考えろ。詳しくは荒木から聞け」――以上だ。で締めくくられる集会。

 シンプルながらも、胃にずしりとくる、内容の濃い説明集会だった。

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