アートとの関わり

まだやっぱり海外移住するにはちゃんとした理由があるべきという概念がぬぐい切れていなかった2016年の私は、アートに関することに携わりたいという気持ちもあった。今から思えば携わる べき という考えだったと思う。
もちろんそれもめちゃくちゃ大事だしそれがしっかり出来るならそれに越したことはない。が、もっともっと本質的で根本的なものを見失い、結果病むことになる。
移住をまだ決め切れてない頃3ヶ月やれることをやってみようと手探り状態でNew Yorkに滞在してみた。(ほんと、住みたきゃさっさと住めばいいだけなのにね)
マンハッタンにある日本人の経営する小さな会社を手伝うことになり、決まった当初はとても嬉しかった。
その会社は、New Yorkで活躍したいビジュアルアーティストを発掘し、育成する会社だった。
自分のアート活動にも役に立つと思い、所属することを決めた。
主に日本人アーティストを発掘しては、メールを送り、New Yorkでグループ展や個展を出来る機会を与えるような会社だった。
連絡をしたアーティストみんなすごく純粋に海外で展示したいという願望をとても大きな夢にような話と思っていて、返事は二つ返事が大半。
多くのアーティストが作ることはできてもセルフプロデュースやマネージメントが苦手だし私もそうだからめちゃくちゃ気持ちわかるなぁと思いながらアーティストを見つけてはメールを送り、そのやりとりを繰り返していた。

でもなんだかすごく違和感があった。
毎日自分の時間とエネルギーを吸い取られてるような感覚だった。
仕事のために、そんな純粋なアーティストを相手にビジネス的なやりとりをするのが早い段階で苦痛になっていった。
この違和感を解消したくて、私もアーティスト側としてそのサービスを自らその会社に会費を支払って受けて見たけど、両方の側面から体験してもストレスは深まるだけだった。
程なくしてそれが爆発しボスに話すと、あなたおかしくなっちゃったの?と言われその一言で即辞めると返した。
展示会をする機会も捨てるくらい今すぐ辞めたいという気持ちが大きすぎた。
ビジネスは大事だけど、私はキャリアや名声やお金のために純粋なものがそうでなくなる気がしてそれだけはしてはいけないと感じていたんだと思う。
なんかこれってキャリアを積まないことの言い訳のように聞こえるのが嫌でほとんど誰にも話していなかったこと。

実はかなりショックな出来事だったな。今振り返って改めて。
だけど自分が心地よく活動できる場所や合った環境は絶対用意されていると思う。そうどこかで信じながら、私が世間用の”海外移住した理由”を手放した気もする。 以前のように作らないの?海外何しに行ったの?と聞いてくる人もいたけど、そういう人に限って私のことを一側面しか見ていない、そして自分のことから気をそらしたい人のように思う。
そして私は、作りたい時は作りたいという理由の元でしかしないと決めた。
自分が心地の良い状態から生まれるものを大切にしたいと思うきっかけになった経験だった。
そして今や、ただ私は選ばないだけで苦しみの中から生まれても、どっちでも良いと思うまでに至った。
両方があってもいいし、ただ自分が選ぶだけだね。
あの経験があったから色々経てそこにたどり着けたと思う。
だから苦しいことって悪くないのだと俯瞰できる習慣がついた。
これはこの経験だけではなく海外生活全般色んな経験から得たように思う。







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