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祖母の言葉「昔は好きとかねえんで」

■祖母について

私は長い間、祖母と暮らしていた。

両親が「生活すること」に難があったため、
私のバイト代と祖父母の年金が生活の要だった。

関西と九州の入り混じった祖母は、
小柄でとてもちゃきちゃきしていた。

いわゆる「がばいばあちゃん」そのもの。

私は何かわからないことがあれば、率直に祖母に聞いた。

料理や裁縫のことも聞くのだが、
印象に残っているのは、恋や結婚を聞いたときのこと。

予想外の答えをぶちかましてくるのだ、ばあばは。

ところで、年寄り夫婦に痴話げんかというのはよくあること。
うちももれなく、祖父母の会話は基本ケンカ。

夫婦漫才のようにも見えるけど、
ののしって結論がないまま終わる、というのは日常茶飯事茶目仕事だった。


002にっころがし絵


■里芋ポケット事件

二人とも九十歳近くで亡くなったのだけど、
八十代から祖父がボケた。

もともと甘いものが大好きだった祖父は、
家の中の甘いもの(飴とかお菓子とか角砂糖とか)を
かたっぱしから食べまくった。

食べ方が野良猫みたいだったので、床やテーブルはベチャベチャ。
怒った祖母は家に甘いものはできるだけ置かないようにして、
最低限のものは、見えないよう戸棚に隠した。

あるとき、どうしても甘いものを食べたかったらしく、
祖父は祖母の目を盗んで、
里芋の煮っころがしをズボンのポケットに詰め込んだ。

数日後、怒りが爆発した祖母が
「エミさん、じいさんが変なことせんように、台所に来たら見はっちょってくれや」
「え、何かあったん?」
「この前、里芋の煮たんをポッケに入れて大変やったんや」

「さ、里芋をポッケに」

私は呆然としながら、次第にニヤつきはじめた。
そこまでして、食べたかったのか、という祖父の素直すぎる感情が可愛い。
そして、煮物を直にポケットに入れる、という発想が斬新すぎた。

コントみたい。
笑えてきた。

そして私がケタケタ笑うので、祖母もつられて笑う。
2人で涙が出るほど笑った。

そのときふと聞いたことがある。

「ばあばはさあ、いつもじいさんと喧嘩しよるけど、
なんで結婚したん?好きどうしやったんやねえんで?」
「あんた、変なこと言うなあ。昔は好きとかねえんで」

好きは、ない。

「昔はな、決まった日に嫁ぎ先に行ってはじめて相手の顔みて終わり。それだけや」


「そうなん。へえー」
「親が決めたことやかなら、仕方ねえど」
「昔はそういうことやったんや」

「ワシはな22歳まで結婚せんじゃったんやけ、大変やったど。
嫁ぐ日はな、イヤじゃったけ逃げたんで」

え、逃げた!

なんと!

祖母は結婚があまりにもイヤで逃げ出し、
近くの牛舎で友達と梅酒を飲んでいたらしい。

すげー!
アナーキー!


結局、すぐに連れ戻され祖父と結婚。
のちにおしどり夫婦となった。

ケンカが原動力になっている場合もあるからなあ。
夫婦喧嘩は犬も食わぬ、と言うけど、
本気でイヤなら別れもありえたと思う。

もしかしたら「里芋ポッケ事件」のように、
度肝を抜かされることを、祖母も楽しんでいたのかもしれない。
(そうしないとやってられない、というのもあったのかも)

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