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「乳がんかもしれない」が想像以上にキツい件。


マンモグラフィ要精密検査

なんか、つらい。

この感覚を早10日抱えている。


日中は仕事や子育てに没頭して
頭の片隅に追いやっているが

突然送られてきた
「マンモグラフィ要精密検査」への不安は
夜になると襲ってくる。


死に対する不安ではなく

「がんと一緒に生きる不安」

「仕事を今までみたいにできなくなる不安」

「抗がん剤を受けた場合、家族にいつも通り接することができるかわからない不安」

挙げ始めるとキリがない。



寝る前に頭がふわふわしてきた時に
そいつらが現れるものだから
寝つけない。


かと言って朝は息子の朝食づくりと
見送り(必要なら登校付き添い)のために
6時半には起きないといけない。


夕方には息子を学童へ迎えに行き
実家に寄り外遊びをして、
帰宅したらかんしゃくに付き合いながら
夕食〜寝かしつけまで
心身ともにフル稼働。




そうして要精検の告知から7日が過ぎた頃、
わたしは疲れから熱を出した。




その日は息子の小学校初の参観日だったが
それどころではなかった。

頭が痛くて声が出づらい。
(疲れると喉に出るタイプ)


し、しんどい………………



完全にダウンして気づいたこと


その日は完全にダウンしてしまい、
まともに頭が回らず
恩師との電話の予定も失念したまま
10時台まで死んだように寝ていた。



恩師に謝罪してから、
熱でぼうっとする頭を働かす。(全く働かん)


「今の自分、全部ダメだな」と
ひとりメソメソした。


前日も大泣きしたのになあ。
また泣きそう。





でも、ふと


これが普通かもな


と思った。



「あなたはがんかもしれません」となって
全くいつもと変わらず過ごせる人は
あまりいないんじゃないか。




そう思ったら安心して1日中眠っていた。


入学してピリピリしていた息子も
帰宅してからわたしの体調が悪いと知って
「だいじょうぶ?」と声をかけてくれて
ギュッとしてくれた。


案外、母は強くなくていいのかもしれない。



参観日も懇談会も夫が行ってくれて
しっかりパパ友・ママ友さんたちと
交流してきてくれた。


おかげで本当に気兼ねなく休めて感謝。


これから先のこと


わたしは、もしがんだったとしても
周りに状況をオープンにするだろう。


ママ友さんもそうだし、
息子の学校の先生もそうだし、
仕事で関わっている人も。


息子にも、
「ママはこういう状態だから
 これからこういう治療をするよ」

と伝えるだろう。


わたしは元々、何か隠しながら
生きるのが向いてない。

黙るのがすごくストレスになるし、
周りと一緒に課題解決や対策を考えるのが
喜びなので、
隠すのは「自分らしさ」を失うことそのもの。


想いを抱えて理不尽な人生を生きる

わたしはいつも幸せでいたい。

だから、自分が幸せになる選択をし続けたい。


それが家族を幸せにするし
周りのサポートを得られると信じている。


がんでも、がんじゃなくても
周りと一緒に幸せでいたい。



5月8日の精密検査まで、
こういう想いを毎日抱えながら
生きるんだろうな。


寝つけない日々、まだ続くかもね。



でも人生はそういうことが起きることもある。
理不尽とか、想定外とか。


わたしは自信満々の10代のときに
まさか20代で引きこもりや未遂をするなんて
思ってなかったし

絶望の20代では
まさか30代で妊娠出産できるなんて
思ってなかったし

人生が拓けた30代で
まさかマンモグラフィ引っかかるなんて
思ってない。


だから、
「そういうこともあるよね」で
現実を見ながら生きるしかない時期は
絶対来る。


あきらめるのも大事。


現実を「明らかに」「見る」=あきらめ


「こうなるはずだったのに!!」
「そうなるのはおかしい!!」
「なんでわたしだけ!!」


これは期待にしがみつく結果、起きる。


あきらめよう。

そうなった現実を、見る。



淡々と生きる。


これがわたしの人生。

8日まで淡々と、もがきます!!!

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