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逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(毎日読書メモ(385))

今年の本屋大賞受賞作、逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)をようやく読んだ。
本屋大賞の発表日(2022/4/6)に、「逢坂冬馬さん」という文を書いた(ここ)。本屋大賞の副賞の図書カードの相当額10万円分を、ロシア国内で人権擁護のために活動しているNPOに寄付する、という心意気に感銘を受けて書いた。
そして、未だにロシアとウクライナの戦争が終わっていないことに心を痛める。

最終的に、ドイツは900万人、ソ連は2000万人以上の人命を失った独ソ戦。多くの女性が兵士として従軍したソヴィエト軍の中に、きわめて能力の高い狙撃兵がいた、という実話を元に、この小説の主人公であるセラフィマが生まれた。母に狩猟を教えられたセラフィマは、獣をしとめる技術はちゃくちゃくと身につけていたが、人間を標的にすることなど考えたこともなかった。そんな彼女を過酷な運命が襲う。
そして、彼女が狙撃兵としての訓練を受けることになったとき、彼女の動機はドイツ軍への復讐だけではなかった。共に教育を受け、技術的にもメンタル的にも狙撃兵としての資質を見出された5人の少女はそれぞれにその道を選ばざるを得ない事情を抱えていた。

ドイツに占領されたスターリングラードを奪還しようとするウラヌス作戦、それに続くスターリングラード攻防戦が丹念に描かれる。そして、少し時を開け、1945年春、ドイツ軍降伏直前のケーニヒスベルクの戦い。多くの資料にあたり、丁寧に描かれたのがわかる。歴史論文ではないので、全体像を緻密に描くというよりは、セラフィマと、彼女にかかわる人々の言動がクローズアップされているわけだが、アガサ・クリスティー賞の選評にもあったように、全体がやや長すぎのきらいがある。そして、読み進めるのが結構辛い。わたしは何回か読むのを止めて、他の本を何冊か読んではまた続きを読む、という感じで読み進めた。登場人物をかなり絞ってあるため(巻頭の登場人物一覧に出ているのが僅か13人。ここに名前が出ていなくて、でもキーとなる人物があと2人)、セラフィマの心の内外の戦いがくっきりしていて、間をあけて戻っても、物語が自分の中にしっかり入っていることが実感できた。そして、タイトルの「同志少女よ、敵を撃て」の「敵」の重みは、巻末に進むにつれ、どんどん大きく、激しくなっていく。最後にスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳・岩波現代文庫)についての言及があり、セラフィマをはじめとする女性兵士たちが何と戦っていたのか、が、作者にとってとても大切なものであったことがわかる。
圧倒的な構築力で、アガサ・クリスティー賞の選者たち全員に満点評価を得た、デビュー作にして、現時点で唯一の著作。アガサ・クリスティー賞は広義のミステリーを対象とした賞で、この作品がミステリーか、と問われると本当に広義で人の心の奥がミステリーである、という言い方しか出来ないが(フーダニットでもホワイダニットでもない)、この先逢坂さんはどのような作品を書いていくのだろう、というのがある意味最大のミステリーかもしれない。

本のリンクは、我が家の積読本となっている『独ソ戦』と『戦争は女の顔をしていない』もあわせて。

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