見出し画像

死を招くファッション:これは歴史ではなく、現在そして未来に続く問題提起だった

友達が面白かったと言っていた、『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』(アリソン・マシューズ・デーヴィッド著、安部恵子訳、化学同人)を読んでみた。
著者は、カナダのライアソン大学で19世紀から20世紀前半にかけての欧米の衣類や服飾品を研究している学者で、訳者は理工系の翻訳を専門としている翻訳者。出版社が化学同人。B5サイズの割と大きな本でカラー図版が多用されている。
原著は"Fashion Victims -The Danger of Dress Past and Present"なので、ファッションの犠牲者、といった意味合いになるか。本の中では戦慄するような犠牲の実態が描かれている。

表紙はドレスや大きな帽子で着飾った骸骨の絵で、メメント・モリ的。序論「現実でも物語でもファッションは死を招いている」で、総論的に、ファッション性を追求した衣料品を身にまとった結果人々に降りかかった災難について述べている。例えば引火しやすい素材の服を着ていて大やけどしたり焼死した人、服に残留していた化学物質の影響で皮膚に炎症が発生したケース。動き回るには適さない格好(ハイヒールや厚底靴による転倒など)。都築響一の写真集『HAPPY VICTIMS』の図版の引用もあり、ファッションのために出費を惜しまず、他のことをすべて犠牲にしている現代人の生き方を紹介するところから、昔もファッションのために色んなことに耐えて消費していた人がいた話へと話は展開していく。

劣悪な生産現場で体調を崩した労働者の悲惨なエピソード、そして、完成した商品を手にした消費者も被害を免れない現実が次々と描かれる。
序論で現在の話にも触れられていたにも関わらず、読み進めるうちに、これはファッションの歴史の負の側面を描いた本であり、それを教訓とし、現在はこんな危険な状況にはないよね、と読んでいる自分を説得しようとしてしまっていたが、そんな思い込みは「ファッションの犠牲者をだsだない未来へ」という結論の章で粉砕された。

繊維の隙間に入り込んだシラミから発疹チフスが流行し、そのために亡くなったナポレオン軍(ロシアでの敗退よりも帰途の発疹チフスの方が被害が大きかったらしい)。公道でスカートを引きずって歩き、病原菌を拾ってきてしまう女性。
毛皮を絡み合わせフェルトに加工し、帽子を成型する過程で大量に使用された水銀による被害。生産者の中毒症状もさることながら、かぶっていた人への影響も決して小さくない(『不思議の国のアリス』のmad hatterは、水銀中毒で頭が冒されていた、という説もあるようだ)。
飾り物やドレスを美しい緑色に染めるのに使用されたヒ素。ヒ素の粉ははたくと舞い上がるほどで、染色や加工に従事した人のみならず、身に付けた人もまた健康被害を受けることとなった。
その後台頭した化学染料もまた、大きな健康被害の原因となり、ドレスや靴や靴下の生産者も消費者も20世紀中盤までずっと大きな被害を受けてきた。
読み進めると、じゃあ、何を着ていれば安全だったんだろう、と思わされる。ファッション性を追求しなければいいのか?

また別の形態の危険として、衣料品の形状により、物理的に死に至ったケースも紹介される。アメリカ人ダンサー、イザドラ・ダンカンは1927年、スポーツカーの助手席で、首に巻いていたショールがスポークホイールに絡まって車から放り出されて死去した(Wikipediaにも出ている)。格好良さを追求した結果としての死。そして体を締め付けるデザインの服により身動きを制限され転倒するケースなども紹介される。
燃えやすい素材の衣服、そしてセルロイド等によるアクセサリーは、製造工場での火事、ドレスを身に着けて暖炉のそばに行った際の引火事故など、多くの悲惨な事例が紹介されている。シルクの代替品としてレーヨンが開発される途上で市場に大量に流通した人工シルクも、引火性の高さや、製造途上の化学薬品の多用で色々問題があったが、レーヨンの大量生産で、一件落着...したのか?

商業主義が、死に至るファッションを放置している。
勿論、安全管理の法制化は進んでいるが、世界中で同じ基準が適用されている訳ではなく、今でも、危険な服飾品はこの世界に存在している。そしてそれを製造している人たちも。
スタッズ(鋲)の入ったベルト、スタッズにコバルト60が含まれていて、健康被害が発生する可能性のある放射能を帯びているということで回収騒ぎになったのが2012年のことだという。医療用等に使用されたコバルト60を含む産業廃棄物を排除するすべもなく再利用されるファッションアイテムが生産されうる現代。
ドライクリーニングに使用される化学薬品、消臭剤等も危険な可能性がある。テクノロジーの進歩は危険の可能性も広げている。
ダメージデニムを創る工程で珪肺症になった作業員もいる。
未だにファッションで生命の危機にさらされる人がいる現実。想像以上に重い本だった。

生きていくだけでも大変だ。衣食住、全ての人類がすべてに満ち足りた世界というのは到達できない理想郷なのか?
過去を振り返り、現在を見つめ、未来がどうなっていくか考える。一つの切り口としてのファッションについて、色々考えさせられる1冊となった。

#読書 #読書感想文 #死を招くファッション #デーヴィッド #安部恵子 #ライアソン大学 #化学同人 #ファッション #歴史  

この記事が参加している募集

#読書感想文

186,833件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?