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額賀澪『タスキ彼方』(毎日読書メモ(532))

額賀澪『タスキ彼方』(小学館)読了。令和5年~6年と、昭和15年~23年の箱根駅伝を中心とした物語が交互に語られ、2つの時代が繋ぎ合わされる物語。

額賀澪の箱根駅伝小説と言えば、『タスキメシ』、『タスキメシ箱根』(共に小学館)を思い出す。『タスキメシ』は管理栄養学を学ぶ学生が食というアプローチから箱根駅伝をサポートする物語だったが、今回の『タスキ彼方』は、その続編でもスピンオフでもない、独立した作品。箱根駅伝の常連校に与えられた学校名は共通しているが、今回の主な舞台は日東大と法志大、絡んでくるのは青和学院大、慶安大(それぞれなんとなくモデルとなる大学がイメージできますね)。日東大陸上競技部の駅伝監督成竹一進と、陸上競技部に所属して圧倒的なスピードと強さを誇るが駅伝には興味なし、フルマラソンで世界を目指すのみ、と豪語する神原八雲が、八雲が出場したボストンマラソンの会場で、戦時中、箱根駅伝の存続に尽力した法志大学の学生世良貞勝の日記を入手したことをきっかけに、令和の今と、戦時下の箱根駅伝事情が交互に語られる。
パリ五輪選手選考のMGCの描写もあり、印象的だったリアルMGC(川内優輝のあわや先行逃げ切りの可能性すらあった攻めのレース)を思い出し、あんなレースは逆に小説じゃ書けないよね、と思ったり。
シード落ちどころか、予選会でもまさかの連敗が続いていてベテラン監督が退任し、一進が就任したばかりの日東大駅伝チーム。スター選手の神原は、駅伝走らなくていい、という約束をしてくれたから陸上競技部に入ったんですよ、とうそぶき、自校のピンチにも知らぬ顔。アメリカで貰った世良の日記、遺族に渡しに行き当惑されたりのエピソードから、過去への扉が開く。

本当は五区を走る予定だったのに、一区を走り、その足で招集先に向かい(五区を走っていたら間に合わなかった)入営しなくてはならなかった日東大選手のエピソードが昭和15年の第21回箱根駅伝。翌年から箱根駅伝は中止となり、世良貞勝を中心とした関東学連が、青梅駅伝を企画、無事開催される(昭和16年秋)が、逆に箱根を走りたい気持ちが募る学生たち。関東学連も解散させられるが、世良は日東大の及川なども巻き込み、文部省や軍部と交渉を続け、鍛錬、戦意高揚、戦勝祈願をうたった駅伝大会の企画を通し、昭和18年1月に、靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会(第22回大会)の開催にこぎつける。
息苦しい戦時下の空気漂い、読み進めるのが結構辛い(だからこそ現代の物語と交互で語られているのか)。だんだん悪くなっていく食糧事情。徴兵猶予を受けている大学生たちへの白い目。その徴兵猶予もどんどん短くなっていき、駅伝を目指す学生たちも、終われば招集され、更には死んでいく、と覚悟している様子が本当に苦しい。

だからこそ、駅伝当日の走ることの歓びが光り輝き、いっそう切なくもある。
日東大はサイドカー付きオートバイで選手に並走、大学によっては自転車漕いで監督が選手に声をかけたり、というのもすさまじき大会事情。
五区の終盤、転倒した日東大の類家が、サイドカーの及川に「俺は、なんて言ってくれって頼んだ」と問いかけ、練習時の約束通り、及川が「足を、前に出して!」と言うシーンの美しさは、そこまで読んできた人にしかわからない白眉。

また箱根駅伝は中止になり、もはや陸上競技どころでない状況の中、多くの若者が戦地に赴き、戻らない者も多かった。しかし、戦争が終わると、箱根駅伝の復活を画策するものが、ちゃんと残っていた。今度の交渉相手はGHQだ...そして、復活に尽力する動きと、現在の成竹一進が交差する。
そして白けたような眼で、一進の過去探しを眺めていた神原八雲も箱根駅伝の亡霊に絡めとられ、そこから新たな道を見出す。

本のカバーの折り返しに、本の一節が引用されている。
「タスキは、私達自身です。自分一人では行けない場所に、仲間と一緒に行くんです。タスキは私達自身で、私達の祈りで、願いで、弔いで、未来です」

わたし自身が駅伝走った体験で言うと、タスキをつながなくては、という責任感は、一人でマラソン走っているのと全然違う、緊張感のある精神状態をもたらす。汗やかぶった水で濡れて重くなったタスキの重量感にもたじろぐ。素人のへにゃへにゃチームでもそうなんだから、学校や企業の威信を賭けて走る選手たちの覚悟や心意気は、どの時代でもそれぞれに重く真剣なものだと思う。
本のタイトル通り、タスキは、ずっと遥か彼方に繋がっている、長い長い道のりなんだ。

追伸:実はうっかりしていて、『タスキメシ』の続編の方が先に刊行されていたのに気づいていなかった...。
ということで、次は『タスキメシ五輪』(小学館)を読まなくては。

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