焼酎とレモン
私は顎関節が弱い。
朝起きたとき、左顎関節に違和感があり、口が1センチも開けられないことはしょっちゅうだ。
どうやら夜中に歯ぎしりをしているらしい。
歯ぎしりをやめたくても無意識だからどうしようもない。私は2年前にマウスピースを歯医者で作り、しばらく使用していたが、どうも最近合わなくなってしまい半年ほど着けずに放置していた。新たなものを作ってもらおうかと定期検診のついでに相談してみた。
「マウスピースの前歯の表側に隙間ができてきて、それをはめると余計に朝の顎関節がおかしくなるんです」
私は口を開けたり閉じたりして、顎関節がカクカク言うことを先生に見せた。
先生はしばらく私の顎と私の歯を見て、
「なにか、ご自分で特殊なもので前歯を磨かれたりとかしていますか?」
と、意味の分からないことを聞いてきた。
「とくに変わったことはしてませんが・・・」
と、答える。
先生は考える。
「何か、毎日飲んでいる習慣のものはありますか?」
思い当たりすぎて、私は即答した。
「焼酎のレモン割りを毎日飲んでます」
先生は、謎が解けた! というような表情をする。
「なるほど、それですね~。レモンの酸で、前歯が溶けてきているみたいですね」
私はそのとき思わず、
どんだけ~! と叫びそうになるのを必死で堪えた。
どうやら、毎日の晩酌に飲む焼酎のレモン割りのレモンのせいで、前歯外側の部分が薄くなってきてしまい、マウスピースが合わなくなっているようなのだ。そんなにもレモンの威力はすごいのかと驚かされた。
「しばらくレモンは控えてくださいね」
と言われ、私は思わず、
「うわ~、そりゃつらいな~!」
まるで自宅でテレビを観ながらくつろいでいる風に、なれなれしく先生に言ってしまった。
私は、焼酎の水割りには断然レモンを入れたい派だ。さわやかなレモン。酸っぱいあの子と焼酎の合性は抜群だと思うのだ。
ベストカップルかよというほどにお似合いすぎる。そんな彼等を引き離さなくてはいけないのか? この私が。
ああ、私の毎日の楽しみ、焼酎のレモン割り。
しばらくって、どれだけ我慢すればいいの?
酸がだめなら、アルカリ性の物を混ぜて、中性にすれば大丈夫なの・・・?
「はい、口を開けてくださいね」
型取りに来た歯科衛生士さんに言われ、口を開けた。
左顎関節をガクンと言わせながら頑張って大きな口を開ける。
型取りの気持ち悪いぶよぶよとした物体を口内いっぱいに詰め込まれ、私はオエオエ言いながら苦しんだ。窒息しそうだ。考えると怖い。恐ろしい。今日から焼酎にレモンを入れられないなんて・・・!
「大丈夫ですか? ゆっくりと鼻で息をしてくださいね」
優しい言葉がけをしてくれるが、私は号泣していた。ボロボロと涙が頬を伝う。勝手に、次から次へと涙が溢れるのだ。
ああ苦しい。マウスピースの型取りもすごく苦しいが、今夜から焼酎とレモンを引き離さなくてはいけないなんて、苦しい・・・!
でも、前歯が溶けて、もしも隙っ歯になってしまったらもっともっとイヤなのだ。
私は今夜から、私の前歯のために焼酎とレモンというベストカップルを引き裂かねばならない。
織姫と彦星のように、1年に1回ならば会ってもいいだろうか・・・。いや、1年に1回はさすがに可哀想すぎるだろう。せめて月に1度は会わせてあげたい・・・。
私の前歯のために、焼酎とレモンを引き裂かねばならなくなってしまった・・・。
ああ、悲しいよ。
ごめんね、焼酎のレモン割り。
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