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ウインド・リバー

えー、これは、ちょっとほんとに面白かったです。(なので、こんなの読まずに観てもらった方がいいんですが。)「メッセージ」や「ブレードランナー2049」のドゥニ・ビルヌーブ監督がメキシコ麻薬カルテルを舞台に描いた「ボーダー・ライン」という映画がありまして、ドゥニ監督作品の中では異色なリアルさがあって、(それでいて監督特有のクールさもあり、)僕は好きな作品なんですけど、その「ボーダー・ライン」の脚本を書いていたテイラー・シェリダンさんの初監督作品「ウインド・リバー」の感想です。

「ボーダー・ライン」の時もそうだったんですが、この監督、ある特殊な状況下にある土地を舞台に、その現状をリアルに伝えながら、そこで起こる問題や生活する人々の意識なんかも絡めつつ、ミステリー調のドラマに仕立てて行くのが本当に上手くてですね。(「ボーダー・ライン」の麻薬カルテルのこともほぼ何も知らなかったですし、)今回の舞台のウインド・リバーって土地のことなんかも全く知らずに観たんですけど、とにかく分からないところはひとつもなかったですね。まず、土地が置かれている状況が酷いんですけど、そういうことを全くナレーションも入れず、登場人物に歴史の解説なんかも一切喋らせずに、ある日起こった事件を追うことによって、その土地に隠された問題点が次々と露呈して行くみたいな、そういう構成になっているんですね。それで、事件の謎が解かれていくごとに土地が抱える問題がシビアに浮かび上がって来て、「スッゲー面白けど、酷い!酷過ぎる!!」っていうね。アンビバレントな気持ちにね、なるんですよ。でね、正にその酷いけどおもしろいみたいな両極端なところが(はっきり言ってしまえば、)キモの映画なんです。

というわけで、今回の舞台になっているのはアメリカのワイオミング州のウインド・リバーって土地で、アメリカ先住民の人たちの保留地なんですけど、(つまり、植民者から追い詰められて先住民の人たちが強制的に住まざるを得なくなった辺境の土地です。)ずーっと雪が降り続いてる様なところで、外で深呼吸しただけで肺が破裂してしまう様な場所なんです。そのウインド・リバーで少女の死体が見つかるんですけど、物語はそこから始まるんですね。この少女は殺害されたのか事故死なのか、少女はなぜ死ななければいけなかったのかっていう、(少女の死体から始まるアメリカの田舎の話って「ツイン・ピークス」ですけど、"ちゃんと事件を解決していく版ツイン・ピークス"って感じ確かにありましたね。)それが物語の大きなテーマになっていて。この少女の死体を最初に発見するのが主人公のコリーという人で、野生生物局のハンターとして暮らしているんですが、彼はネイティブ・アメリカンではないんですね。(ネイティブの女性と結婚してこの土地に移り住んで来たって設定みたいです。)じつは彼の娘もとある事件によって亡くなっていて。つまり、この土地で少女が何らかの事件や事故に巻き込まれて亡くなるのは全然珍しくないってことなんです。で、これがストーリーのひとつの流れになって行くんです。

この事件を受けてFBIのジェーンという女性刑事が派遣されて来るんですけど、あんまり土地について知らない様な、死ぬくらい寒いって言ってるのに防寒具も用意してこない様な。そういう、ちょっと都会の舐めた風の美人刑事っていう人が来るんですね。(この後、このジェーンと、死体の第一発見者のコリーで組んで事件を捜査することになっていくんですが、この2人のバディ感もいいんですよね。都会風の若い女と田舎の無骨な感じの中年男っていう。お互い最初は信用していないとこから段々心が通っていくみたいな感じとか。まぁ、映画でよくある組み合わせではあるんですけど、このよくある組み合わせがリアルな問題を抱えた土地の話にちょっとフィクション的要素を与えてくれて、それが心地良いんです。)そして、これがですね、もうひとつの重要なストーリーの流れになっていくんです。えーと、状況からいって少女がレイプされたのは間違いないんですけど、(映画の冒頭のシーンで、夜の雪原を少女が走って行くんですが、血を流して何かに怯えながら逃げているので、映画を観ている僕等にはまず間違いなく殺人だというのは分かっているんです。)ただ、死因が特定出来ないんです。つまり、レイプ被害にはあっていてもそれが直接の死因てわけではなくて、逃げて力尽きて雪原で倒れていたことによる自然死とも取れるわけなんです。で、問題はここなんですけど、殺人ということが証明されないとFBIの管轄から外れてしまうんですね。それで、BIA(連邦政府インディアン局)の管轄になるんですが、この雪に埋もれた広大な土地を管轄している部族警察の職員てたった6人しかいないんです。つまり、となると、最早、事件解決はほぼ無理ってことになってしまうんです。(こういうこともあって、コリーの娘の事件も事故死っていう扱いになってしまっているようなんです。)つまり、土地そのものが持つ過酷な状況に併せて、そういうシステム上の問題っていうのが重層的に重ね合わさってくるんですね。(しかも、強いられた厳しい生活環境の中で人々の精神は病んでしまっていて、アルコールやドラッグに依存してどんどんスラム化していってしまっているという。)

これだけ様々な問題が複雑に絡み合ってしまっている中、どうやって事件の謎に迫っていくのか、どうやって少女の死の真相を解明していくのかっていうのがストーリーの原動力なんですけど、(この設定だけでもそうとう面白いですよね。テイラー・シェリダン監督の脚本、ほんとにこういう状況説明の部分だけでかなりワクワクするんです。実際はワクワク出来る様な状況ではないんですけど。)そこに出て来る登場人物の組み合わせも凄く良くてですね。というか、主人公コリーと各々の登場人物たちが対峙するシーンていうのがそれぞれあって、この関係性の描き方が絶妙なんです。FBI刑事ジェーンとのバディ感をはじめ、娘の死に対して精神的に参ってしまっている元妻との関係、死体の少女の父親でコリーとは友達でもあるマーティンとの関係、そのマーティンの息子で厳しい生活環境の中ドロップアウトしてギャングになってしまっているチップとの関係、部族警察長ベンやネイティヴ・アメリカンの義父とのちょっとゆるい関係性だったり。このコリーと各キャラクター達の距離の取り方を観てるだけで土地の持つ非情さとそこに暮らす人達がどういう心理状態で生活しているかが分かってくるんです。つまり、人々の内面の部分を会話を通して描いてるってことなんですけど、これはさすが脚本家出身の監督というか、会話のやりとりがとても丁寧で繊細なんですよね。(これは「ボーダー・ライン」の時にはあまり感じなかったのでシェリダン監督特有の面白さなんだと思います。)コリーとマーティンの会話のとこなんかそうとうグッと来ました。

で、この会話部分を他のパート以上にきちんとやることでサスペンス・パートの殺伐さと引っ張り合って映画として絶妙にキャッチーなバランスになってるんですけど、じつはそれ以外にもかなりエンタメ要素のある映画でもあって。特に終盤の銃撃戦~復習のとこなんか、ちょっとやり過ぎなんじゃって位。でも、観ててそこで開放されるんですよね。現実的にシビアな問題をずーっと突きつけられてるので。その社会的にシリアスな問題を発信していながら極上のエンタメにもなっているという両極性のところがちょっと他で見たことないというか、とても新鮮なんです。(だから、アクション映画的というか西部劇っぽいバランスなんですね。そう言えば「ボーダー・ライン」もそうでしたね。)つまり、単純に劇映画としてもの凄く良く出来ていて、そうやって映画としての面白さを楽しんで観てると、いつの間にか現実の酷さに気づかされるというか、やっぱり、そのアンビバレントさが面白い映画でした。

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