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その胸糞展開で(倫理的になのか興行的になのかは分かりませんが、)日本公開中止となった映画なんですが、じつは、僕、ダーレン・アロノフスキー作品の中で、最も観終わった時にスカッとしたんですよね。というわけで日本では劇場で観ることが出来ない「マザー!」の感想です。

基本的にこのブログは、劇場で観た映画に限定して書いてるのですが、「レスラー」や「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキーの新作で、ジェニファー・ローレンスやハビエル・バルデムが主演してるのに日本では公開出来ないってことで。そんなにエグい内容なの?って思ってたら、映像的にそんなにエグいこともないし、ストーリーも(ある法則を分かってしまえば)それほど難解ということもなかったので。そして、なんと言ってももの凄く面白かったので、これは皆さん(いや、別に好きな人だけ観ればいいんですけど、何か、そういうグロいんじゃないかなって思って敬遠してる人なんか)に観てもらいたいなということで特別に書くことにしました。まぁ、なんですけど、この映画、たぶん、ネタバレせずに説明するの無理なんですよね。ということで、今回はネタバレ全開でいきます!だから、観るつもりでいる人は今すぐ何らかの方法で観てもらって、その後に読んでもらえるとありがたいです。(とは言え、僕が理解した範囲での話しなので知って観ても、他の解釈が見えてくる様な映画だと思います。)

まずですね、オープニングからの美しい映像に目を奪われるんですよ。森の中にある一軒家、(この家の造形自体もとても美しいんです。)そこで目を覚ます女性、その女性の後ろからカメラが捉えていて、女性が家の中を歩くことで空間を活かした家の間取りが分かってくるんですが、(玄関から入るとそこが家の中心になっていて、そこから全ての部屋が見渡せて、一階部分は各部屋で繋がっている様な作りなんです。)改築中なのか建てたばかりなのか、まだ壁など剥き出しの部分があって塗り替えてる途中だったりするんですね。(これはじつは火事にあって燃えてしまった家を、この女性が修繕している途中ってことが後々分かるんですが。)で、その女性が玄関の扉を開けると外の景観が映り込んで来て、一面の緑で。自然に囲まれた、周りの社会とは隔絶されたとても静かな場所で暮らしていることが分かるんです。(この最初のシーケンスがですね。凄く良いんですよ。映像が美しくて。個人的にはここで一気に心奪われました。)ただ、それが恐らく一時的で、この後崩壊していくものであろうことも、何となく示唆されているんですね。

で、この最初に登場した女性(ジェニファー・ローレンスが演じています。)には詩人の旦那がいるんです。(それがハビエル・バルデムなんですけど。)その詩人の旦那は才能はあるんですが、ちょっとスランプ気味ってことで次回作の構想を練る為にここ(静かな人里離れた場所)で暮らしてる様なんです。で、奥さんは毎日そんな夫を励ましつつ身の周りの世話をしているんですが、そんなふたりだけの生活をしていた場所に、一人の中年男性が訪ねて来るんですね。「こんな人里離れた場所に男がひとりで来るなんて」と奥さんの方は訝しく思うんですけど、詩人の旦那の方は、静かな空間の中で心を落ち着けて詩作をしたいんだと思っていたら、どうもインスピレーションの元になる様な刺激が欲しい様で、その男を家に招き入れるんです。それで、詩人の旦那とその訪問者の男は意気投合するんですけど。じつはこの訪問者の男、以前から詩人のファンだったらしく、わざと迷ったふりをして家に入り込んで来たらしいんですね。自分のファンだって言われれば詩人としては気分は良いだろうとは思うんですが、普通、単なるファンの(しかも、素性の知れない)男を家に泊めたりはしないですよね。だから奥さんの方は気がきじゃないんですけど、この旦那、割と何でも「いいよ。いいよ。」って感じで許しちゃうんですね。で、そうこうしてたら、今度は中年の女性が訪ねて来て、この人は最初に訪問して来た男の妻だってことなんですよ。それで、夫婦でこの家に居座りだすんです。家主の女性は嫌々ながら旦那の意向に従うんですが、この夫婦がですね、図々しいというかデリカシーがないというか、とにかくイラつくことするんですよ。特に後から来た奥さんの方がズケズケとプライバシーに入り込んで来て、聞いて欲しくないこと聞いてくるし、入っちゃダメだって場所にも勝手に入ったりするんです。先に来た男の方は、まだ気が弱い感じで「申しわけない。」みたいなことを口では言ってるんですけど、結局、善意に甘えてるというか、同情をかって自分の思い通りにしようとするタイプで。(個人的にはこういうタイプの方がムカつきます。)だから、傲慢といじけたやつのコンビで最悪なんですけど、詩人の旦那に取り入っちゃってるんですよね。実際、こういうやつらっているじゃないですか。人として確実にダメなんだけど偉い人に取り入るの上手いやつ。それで生きてってるやつら。そういうやつらに家に入り込まれたらって考えたらホント最悪だなって思いますよね。だから、家主の奥さんにもの凄い共感するんですよ。(この時点で奥さんに感情移入してると、この後のストーリーの反転に翻弄されてすっごい面白いことになりますよ。)なので、ここまでは"不審人物が家に入り込んで来る"系ってことで別にないタイプの映画ではないんですよね。(「ファニーゲーム」とか「淵に立つ」とかですね。)で、これはこれでもの凄く面白いんですよ。理解出来ない来訪者と、さすがに自分の夫にも不信感を抱く様になってきて何も信じられなくなっていく家主の女性の心理サスペンス・ホラーになっているんです。(あと、能天気な旦那と神経質な奥さんのホームドラマでもあるし、家に非日常的な人物がやって来て主人公がそれに翻弄されていくっていうコメディー的要素もあるんですよね。だから、見方によっては結構笑えます。)で、ここまでが映画の前半部分なんです。

この後、ふたりの来訪者が旦那が大事にしていた"ある物"を壊してしまい家を追い出されて夫婦の生活に静寂が戻り、奥さんが子供を身籠って、そのことにより旦那の詩作へのインスピレーションが湧き新作が完成し、それが出版され大評判になるって展開になるんですが、この後くらいからどんどん理解を超えた出来事が増えて行くんですよね。(不審者夫婦の息子兄弟がやって来て喧嘩の末に兄が弟を殺してしまったり、その弟の葬式をこの家でやることになり、集まって来た縁者たちに家を破壊されたり、旦那の新作を読んだ信者たちが大挙して家にやって来たり)ストーリーのタガが外れて過剰さが増幅していって思ってたストーリーと違う流れに向かって行くんです。で、それはなぜかと言うと、このストーリー自体が壮大なメタファーで描かれていたからなんです。つまり、(最初から)母なる大地に神様が創造することによって現れた人間、その人間たちの誕生から現在までの営みをメタファーとして描いていたということなんです。(だから、キリスト教のことが分からないと理解出来ないと言われてるんですが、キリスト教信者じゃなくても、母なる大地に神様が人間を作り、それが世界になっていったって聖書の話くらいは知ってますよね。それだけ分かってれば、そんなに問題ないです。)要するに、詩人夫婦の家に現れた不審者夫婦はアダムとイブということなんですね。(だとすると、詩人は創造の神で、奥さんが母なる大地ということになり、奥さん自身がその家であり、家は地球や世界そのもののメタファーってことです。)うーんと、だから、つまりこの映画は、神様が作った世界というものに我々人間がどうやって存在してきたかというのを、ある一軒の家と、そこで暮らす夫婦に置き換えて見せてくれてた訳なんですよ。で、そのことに気づくと「ああ、確かにそうだ。」、「人間ていうのは(神視点で見たら)こういう存在だ。」って思うんですよ。(だから、確かに胸糞映画ではあるんですが、その胸糞悪いことと全く同じことを自分たちはこの世界に対してやってるじゃんってことになって、人によっては「余計胸糞悪いわ!」ってことになるわけです。)

では、なぜ、そんな胸糞極まりない映画を、僕が観てスッキリしたって書いたのかと言いますと、傲慢でイジケてて自分本意で勝手なことばかりして来た人間たちが最後にある運命を辿るからなんですが、それが母なる大地(マザー!)から見たら至極全うで納得出来る話だったからなんですね。つまり、宗教的な教えをコントみたいな単純な構造にしたら、もの凄く分かりやすくて笑っちゃうくらい滑稽な話だったってことなんです。(まぁ、最後の最後に人間の末路なんか比じゃないもっと絶望的なオチもつきますが。)

途中でも書いた様に、単に心理ホラー物として観ても、アート映画的に観ても凄く美しくて面白いので興味あったら観てみると良いと思います。

http://paramount.nbcuni.co.jp/mother/

サポート頂けますと誰かの為に書いているという意識が芽生えますので、よりおもしろ度が増すかと。