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殺さない彼と死なない彼女

えー、普段なら完全にスルーしてる映画です。ネットなんかの評判が良いので観たんですが、これ、小林啓一監督なんですね。じつは僕、小林監督の長編デビュー作「ももいろそらを」って映画大好きなんです。はい、ということで、もともとはツイッターに投稿した4コマ漫画から人気になった原作を小林啓一監督が脚本監督した「殺さない彼と死なない彼女」の感想です。

映画は割と何でも観る方なんですが、唯一観てないのが、今、流行っているティーン向けの映画なんですけど、この「殺さない彼と死なない彼女」も、タイトルやポスターなんかのビジュアルから完全にそっち系の映画だと思い込んでいたんです。ただ、他の映画を観に行った時に予告編で何度か目にしていて、思春期の少年少女の群像劇になっているのと、そのキャラの振り切れ具合が面白そうだなとは思っていたんですね(し、間宮祥太郎さん出てるじゃないですか。間宮さんて言ったら「全員死刑」の印象が強烈な人だったから、ちょっとこの配役どうなの?って思ってたんです。)。そしたら、徐々に評判が聞こえて来て、周りで観た映画好きの人の評価も高かったので、軽く観れそうだし、(その日)2本観るうちの1本としてくらいの軽い気持ちで観たんですね。そしたら…いやー、青春映画として大傑作じゃないですかね。ていうか、「ももいろそらを」の小林監督なら納得って感じの映画ではあるんですけど、たぶん、僕くらいの年代の人だったらあの頃の角川映画を思い出すと思うんですよ。

薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子なんかを新進気鋭の尖りまくった監督たち(相米慎二、大林宣彦、森田芳光、根岸吉太郎などなど)が撮りまくってたあの頃の角川映画。アイドル映画って括りでありながら10代の僕たちにそうとう刺激的なもの観せてくれた映画たちなんですが、あの、まず、そもそも「ももいろそらを」がそういう映画だったんですよね。主人公の女子高生いづみ(そういえば、「セーラー服と機関銃」の主人公もイズミって名前でしたね。)の日常を描いた青春映画だったんですけど、そこには輝かしい学園生活も甘い恋愛もなくて、新聞記事の添削をすることが日課といういづみの虚無的な毎日が描写されるだけなんです(しかも、それをモノクロで撮ってますからね。女子高生の日常を描くのにモノクロって。虚無感倍増なんですけど。)。そのいづみが大金の入った財布を拾うところから物語が展開して行くんですが、その財布が天下り官僚の息子のものだったとか、そういう日々のざわつきに対していづみが何を思うのかっていう話なんです。面白いのは、この主人公のいづみっていう娘が常にイラついてるんですよ。明確に何かに対してというよりは、漠然と社会とか、友達とか、自分自身とかに怒っていて。その怒りがいづみが相手とコミュニケーションを取る時のモチベーションみたいになっているんですね。で、この怒って言い合いをするっていうコミュニケーションの取り方が凄くあの頃の角川映画っぽい(特に薬師丸ひろこさん主演のやつ)なと、というか、あの時代ってこういうコミュニケーションの取り方あったなと思ったんです。僕は「殺さない彼と死なない彼女」が「ももいろそらを」の小林監督だとは知らずに観てたんですが、この映画の中にも相手にイラつきながらコミュニケーションを取るっていうカップルが出て来るんですね。だから、この映画を観てて「ももいろそらを」を飛び越して、ああ、あの頃の角川映画っぽいと思ったんですが、この登場人物たちが生きることに怒りを抱えているっていう視点(というか設定っ)て小林監督独自の視点だと思うんですよね。

映画には3組の男女が登場するんです(で、その3組の関係性をそれぞれ平行して描いて行くって構成なんです。)けど、まず、メインになるのが間宮祥太郎さんが演じる留年してる男子校生の小坂れいと、桜井日奈子さん演じるリストカットを繰り返すネガティブ思考の女子高生の鹿野ななのカップルで(あ、このふたりを始め全ての配役とても良かったです。この映画にここまでのリアリティが出たのは俳優の人たちの演技によるところ大きいと思います。)、このふたりなんかは正に「死ね」とか「殺すぞ」って言葉で会話してるくらいなのでイラつきコミュニケーションそのもののキャラクターなんですけど。あの、映画見終わったあとにWEBでお試しで読める原作漫画のエピソードをちょっと読んでみたんですね。映画でも描かれてるやつを。そしたら、セリフとか構成とかかなり原作のまんまだったんですけど、そのニュアンスが全然違ってて。原作ではこのふたりって怒ってないんですよ。どっちかというと人生に対して哀しんでるというか。特に鹿野なななんかは、とことん悲観的で(まぁ、リストカットを繰り返してるくらいなんで内向的で悲観的なのはそっちの方がそうなのかもしれないんですけど。映画の方は怒りのあまりやけになってリストカットしてるって感じなので。)。まぁ、お試しで読めるところだけでの判断なので、恐らく全編読んだらまた違ってくるとは思うんですけど、この小坂れいと鹿野ななのエピソードに関しては、僕、原作を先に読んでたらたぶん好きになってないと思うんです。えーと、ニュアンスが難しいですが、原作の方は人生に悲観してる者同士がただ慰め合ってる様にしか見えなかったんですよね(まぁ、それでいいというか、そこに多くの人は共感するのかもしれないんですけど。)。だから、あのふたりのキャラクターが原作まんまだったら、僕、恐らく全然感情移入出来ないんですよ(「いや、世界は君が思ってる程悲観的じゃないよ。」としか思わないというか。)。で、ここが小林監督上手いなと思ったとこで、セリフもエピソードの内容もほとんど何も変わってないのにふたりのキャラクターが180度変わってたんですよね。このふたりに世間なのか自分自身なのか置かれた環境なのかは分からないんですけどイラついてるってニュアンスが入っていて、それによって、お互いの孤独の要因になっている世間への拒絶っていうのが、思春期の意味不明なアレではなく意思のあるものになってたんですよね。つまり、孤独に対して自覚的なんです。お互いにその部分を感じ取ったからこそ、ふたりの間に絆が生まれたんだろうっていう、そこのとこのリアリティがあったんです。で、それはこのふたりだけではなくて、他のエピソードに出て来る、八千代くんという男の子に好きだと告白し続ける撫子ちゃんのカップルにも、自分のかわいさを自覚していていろんな男と付き合い続けるきゃぴ子と、そのきゃぴ子と正反対の性格でありながら唯一の理解者でもある地味子のふたりにも、悲しさや不安感よりもそこはかとない怒り(前向きさ)を感じたんです。いや、もちろん、思春期の不安や迷いを描いた話なのでその感情を表現することが間違いではなくて、それによって人と人が繋がるってことを言っているんだと思うんですけど、この映画はそこからもう一歩進んだというか、それが怒りっていう外向きの(世間に対して意見があるって)表現に変換されていて、自分が抱えている不安とか違和感とは何なんだっていう、それを追求する求道者の話になっているんですよ。で、そのことが、それぞれのキャラクターを強く魅力的に見せているんです。エキセントリックであることに引け目を感じてないというか。感じてるのかもしれないですけど、そのことを認めてはいないんですよね(あの、この主要キャラとの対比として、きゃぴ子が付き合う彼氏たちっていうのが出て来るんですけど、こいつらがことごとく人としてつまらなそうなんですよ。たぶん、自分が人とは違うということに対して全く悩んでないんじゃないかと思うんです。やっぱり、何かに対して悩んでジリジリしながらイラついてる人って、とても魅力的なんですよね。)

あの、だから、出て来るキャラクターたちみんなどこか変(それはそれぞれがキチンと自分の考えを持ってるってこと)なのでみんなちゃんと孤独で。その孤独って一体何なんだっていう話になって行くんです。映画後半にれいとななのカップルにある事件が起こるんですね。まぁ、それが実質的なクライマックスというか、この物語を根底から揺るがす様なことになるんですけど、僕はここ全然感情が動かなかったんですよね(なんなら「ああ~、そっち行っちゃうか。」って思ってたくらいで。)。そんな展開安っぽいじゃんと思ったんです。そしたら、やはり、そこはそんな重要には描かれてなくて。いや、まぁ、重要ではあるんですけど、その事件自体というよりは、それによって生じるモラトリアム期の終わりってことの方が重要で。それは、それまで観念的だった"孤独"を実質的な意味で知るってことなんですね。えーと、ややこしいんですが、観念的に考えていた孤独を実質的に知ったことで、"孤独とは観念的なものだった"って気づくってことなんです。人は元からひとりで、誰かと一緒にいてもそれは変わらないと。裏を返せば、ひとりでいてもひとりではないってことで。要するに、本当の孤独なんかないってことなんだと思うんですよ(ややこしいですね。)。

凄くシニカルな視点だなと思うんです。思ってたら、ちゃんと思春期の終わりを描くんですよね。この映画。普通は思春期の終わりを示唆したまま終わるんですよ(「エブリバディ・ウォンツ・サム!!」とかそうでした。それはそれでドラマチックでとても良いんです。)。不安や違和感の正体を表す"持つべき言葉"を探し当てたあと人はどうなるかっていうとこまでを描いて、その対比で、ああ、やっぱり思春期というのは人生で最も輝いていて、そして、最も狂っている時期なんだなということを思い知らせてくれるんです。高校生の胸キュンストーリーだと思ってたらもの凄いシニカルなところに着地したなと思って。やっぱり、この監督の視点面白いなと思いました。そして、そういう人と人の距離感というか、一時の関係性みたいなものをとても誠実に描いた哲学的な映画だったと思います。

(あ、で、このある事件というのに関連する人物がいるんですけど、こいつだけこの映画の中で怒ってないなって思ったんですよね。こいつだけ自分のことを悲観し続けてるなって。)

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