ライアー・バレンタイン
二番手の女にとって、クリスマスやバレンタインは自分が本命ではないという事実を突きつけられる残酷なイベントだ。
社会的によろしくない関係の私達は、互いの連絡先を知らない。会った日に、次に会う日を決めることになっている。
「来週は?」
「来週...木曜なら空いてるけど」
「あ〜...木曜は空いてねえや」
「あら珍しいのね」
疑念を抱かせないようにノー残業デーでや華金をあえて避け、木曜に会うことの多い彼にしては珍しい回答に、何も考えずそう返してしまった。
「一応、バレンタインだから。あいつが気合い入れて手料理作ってくれるってさ」
心臓が一瞬で冷えた。動揺を悟られないよう、スマホの画面を無駄にスクロールしながら会話を続ける。
「ああ、バレンタイン。カレンダーも赤くないしすっかり忘れてたわ」
恐らく相手の好みであろう、モノトーン好きの彼が首に巻くポール=スミスのマフラーを見て呟く。
「...恋をすると変わるのは、女性だけじゃないのね」
私と付き合っていた時は、記念日すら祝わなかったというのに。
「じゃ、行くわ」
いつの間にかスーツを着直していた彼が、ネクタイの緩みを直しながら私に声を掛ける。感慨に耽る時間は永遠を願っても、いつだってほんの一瞬にすぎない。夜はまだ、こんなにも長いというのに。
「やる。職場の人に貰った」
部屋を出る間際、彼がブリーフケースから出した箱をベッドに置いた。
「何?」
「早めのバレンタインだって」
「ビターだったら要らないわよ」
「知らね。貰い物だし」
「ふうん...ありがとう」
私のお礼を聞いた彼は、じゃ、今度こそ行くわ、と片手を上げて部屋を出て行く。私は部屋を出るまで、暫く時間を置かなければならない。
彼から貰ったチョコレートの包みを開け、一つを口に入れる。
「...ほんと、優しくて残酷な男」
バレンタイン1週間前のこんな半端な日に、職場でチョコレートを配るだろうか?
齧ったチョコはビターなんかじゃなく、私の好きなミルク味だった。彼のこういうところ、大嫌いで大好きだ。
口に入れたチョコレートはすぐに溶けてなくなったのに、甘ったるさと彼への未練だけが、いつまでもそこに残っていた。
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