電話越しに教室を思い出した夜

2020年11月15日(日) 秋晴れ

高校の頃の担任の先生と電話をした。3年連続で担任を受け持ってくれた先生だが、卒業の時に連絡先を聞いていなかったので、地元の友達に番号を教えてもらった。声を聞くのは4年ぶりだった。

「久しぶり。東京も大変でしょう」


互いの近況を軽く話し、「きっとこの先ウィルスがなくなることはないから、どう付き合っていくかを考えないといけないんでしょうね」と話した。先生は「本当にそうだよね」と同意してくれた。

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先生の授業で覚えていることはいくつかある(同格のthatとか。先生はよくこれを生徒に答えさせた)が、1番印象に残っているのは英語の授業ではない。

確か、ディスカッションか何かをしたのだと思う。自分がある会社で、そろばん?電卓?を使用していて、コンピュータを導入すべきかどうか、といったようなテーマだった。詳しいことは覚えていない。

当時の私は自分が機械に疎かったこともあり、年配の方がコンピュータより電卓の方が使い慣れているなら導入の必要はない、と思った。実際にそう口にしたかもしれない。だけど先生は、導入した方がよい、というようなことを言った。(詳しい記憶は朧げなので、先生が断定したかもわからないし、もしかしたら前提も少し違っているかもしれない。)

先生が言ったのは、時代が変わっていくのなら人々はそれに合わせて変わっていくべきだ、というようなことだった。効率や正確性をとっても、コンピュータは電卓に勝る。たとえ電卓の方が使い慣れていたとしても、それは変わらない事実だ。だとすれば、人はコンピュータを使い慣らすべきだろうと。

それは日本はおろか、宮城すらろくに出たことのない当時の自分にとってまったく新しい考え方だった。先生は学生の頃から海外に何度も行っているような人だった。

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あの日の先生のことばを常に胸に置いて生きてきたわけではないが、気づけば私は先生の言うような道を歩んでいた。学生の頃は国内外問わずさまざまな土地を訪れ、3ヶ国後を学んだ。卒業後は、最先端の技術を学ぶためIT業界に飛び込んだ。

新しいものが必ずしもよいとは思わない。守るべき伝統もあると思っているし、新しいものやよいものを全て知る必要もないと思っている。

それでも、新しいものや知らないことにたくさん触れた今の私は、狭い教室で息をしていたあの頃より自由であり、生きている感覚がある。知ることは人生の選択肢を増やすことにつながる。あの日の先生のことばが、漸く実感を伴って私の胸に落ち着いた。

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電話口では、他の同級生の今についても話した。私のような会社員だけでなく、転職した人、起業した人、芸能方面で活躍している人など、生き方はさまざまだ。先生は「みんな小さく収まっていないところがいいね」と笑った。

まだ報告できなかったけれど、私も小さく収まりたくなくて、こうしてしばしば筆を執っている。次に直接会って話す時には、そんな話もできたらうれしい。

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