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郵便局はいつもやさしい

郵便局の空気が好きだ。

休日や夜を知らない郵便局の窓口は、昼下がりの街の穏やかさを正しく反映していて、地元の空気を思い出させる。オフィス街にある郵便局はもう少し忙しないかもしれないが、住宅街にあるそこに流れる時間はとてもやさしく、ゆるやかだ。

子どもを抱えて手続きを済ませるお母さん。
通帳を片手にATMの操作方法を教わるおじいさん。

有給をとらないと訪れることのできない限定的な営業時間に、OLとしての私はたびたび愚痴をこぼす。それでもこうして実際に訪れると、たまには休むのも悪くないと思える。どうせ持て余しているのだ、消化しきれない休暇を。平日の昼下がりに意味もなく街に出ることを悪と認識している節があるのかもしれない。

結婚して姓が変わってから、あらゆる改姓手続きを勢いでこなしている。ある日は籍を入れた区役所と住民票のある区役所、警察署を一日ではしご。そして今日は、区役所と銀行とみどりの窓口をはしごし、最後にこの郵便局に訪れていた。

5月だというのに照りつける初夏の陽気にじわりと汗ばみながら自転車を停め、自動ドアをくぐると空調の効いた心地よい涼しさが迎えてくれた。その日のタスクをなんとか終えられそうだという安心感もあり、待合のソファでほっと息をつく。こうしていると、主婦にでもなった気分だ。専業主婦として姉と私を育ててくれた母は、いつだってこうしてあらゆる機関やスーパー、私たちの塾や祖父母の家、病院などをはしごし、忙しなく過ごしていた。

ふと思い立ち、絵葉書や便箋の並べられた窓際に近づく。家族のことを思い出したら手紙を出したくなった。もう1年以上帰れていない故郷へ、私の代わりに送る絵葉書を選ぶ。風鈴や花火、かき氷・・・どれも季節はもう少し先に思えたが、まあいいだろう。この暑さだ、東京もじき夏になる。

結局、涼しげに桶の中をおよぐ金魚の柄を手に取った。たまには桶を出て、冒険してみたいことだろう。そういえば、金魚は川にいるんだったか、と思い調べてみる。どうやら金魚は自然界には存在せず、人の手によるフナの品種改良の産物らしい。そうか、おまえの帰るところはもとから桶だったんだね。故郷を離れた同志かと勝手に思っていたのですこしがっかりしたが、もう決めた。この金魚に私の故郷まで旅をさせると。

支払いを終えると、そのまま記入台で手紙を書いた。窓口の局員さんがやさしく対応する声を背に聞きながら。書き終えると、一緒に買った切手を貼り、そのまま窓口の横にあったポストに投函する。贈り物をするときは、いつだってちょっぴりわくわくする。

やり終えた達成感を感じながら、郵便局を後にした。葉書が家族のもとに届くことを心待ちにしている自分がいて、平日の昼下がりの余白が私はちょっぴりさみしかったのかもしれないと思った。


宛先に海と書いたら絵葉書の魚も帰省できるだろうか


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