【2人声劇】大人になろうよ

■タイトル:大人になろうよ


■キャラ

白 亮介(つくも りょうすけ):男

映画好きの高校1年生

苗字以外はごくごく平凡であり、悩みも何もない毎日に飽き飽きしている


雲母 由里子(きらら ゆりこ):女 

明るく快活な高校1年生

珍しい苗字つながりで白に興味を持ち、映画部に入部した

大人に憧れを抱いている


――――――――――――――――――――――――――――――

白:(NA)

別に大きな悩みがあるわけじゃない

人生を彩(いろど)ったり、陰(かげ)りを与えるような衝撃的な経験をしたわけじゃない…


雲母:(NA)

そんな時期は誰にだってある…

そう…私たちは、ただ…大人に憧れていた


――――――――――――――――――――――――――――――


雲母:つくもっ!おはよう!


白:おはよう、きらら

このくそ暑い中元気だね


雲母:元気出さないと暑さで溶けるからね

海近いのも良くないよ…潮風でベタベタする

にしても困ったもんだよねぇ

夏休みだってのに、くそ暑い部室で部活しなきゃいけないなんてさ


白:うちの学校が厳しすぎるんだよ

全員入部必須とかいつの時代の校則だよって感じ


雲母:たしかに、映画部なんてはたから見たら何してるかわかんない部活が延命できてることが奇跡か


白:週に一回学校で映画見るだけで部室がもらえるなんて破格だよ

はぁ…沼館(ぬまだて)先生がたまに様子見に来なきゃ冷房効いた家で観れるんだけどなぁ


雲母:お?クラスメイトを家に連れ込もうとしてる?


白:いや、普通に各々で見ればいいだろ…

集まる必要ないんだから


雲母:ははっ、それはそうだね

今日は何観るの?


白:素晴しき日曜日っていう映画

黒澤明の


雲母:お、なんかその名前は聞いたことあるよ

どんな話なの?


白:あぁ…戦後の話でさ…


――――――――――――――――――――――――――――――


白:(NA)

日本が敗戦のどん底から復興に全てをささげた時代…

貧乏な雄三(ゆうぞう)と昌子(まさこ)はデートに出かける

所持金は二人合わせて35円…現代の通貨価値でも約3500円程度の金額であり、デートするには心もとない

それでも雄三は昌子にリードされ二人のデートは動き出す


雲母:(NA)

2人は貸間(かしま)を探すが、いい住宅に出会えず落胆し

近所の子供たちと一緒に野球をするが、ボールがまんじゅう屋の看板を破り弁償させられ

戦友の経営するキャバレーで不遇な扱いを受け

音楽会の切符を買い占めたダフ屋に殴られ…

2人は散々な目に合い続けてしまう


白:(NA)

もう俺にはお前しかいない…そう嘆(なげ)き、雄三は昌子の体を求める

その様子に怯えながらも昌子は服を脱ぎ始める

雄三はそんな昌子の優しさに心を打たれ、自らの行いを反省するのだった


雲母:(NA)

そして…最後のシーン…


――――――――――――――――――――――――――――――


白:…どうだった?


雲母:なんか…すごかった…!

昔の映画なのにクライマックスでこういう構成にするんだなってびっくりしちゃった


白:俺も初めて見たときは驚いた

レトロ映画じゃ定番の名作かもしれないけどさ…多くの人に刺さるから名作なんだよな…


雲母:思わず拍手喝采だよ


白:俺もスタンディングオベーション


雲母:してなかったじゃん


白:心でしてんの


雲母:じゃあ私も心で口笛吹くね

にしてもこの気持ちを二人でしか共有できないのはもったいないよね


白: きららが特殊なんだ

こんな古い映画見るなら運動したり、楽器吹いたり、絵描いたりする方がいいって思う人が多いのはしょうがない


雲母:たしかに、つくもが誘ってくれなかったら入ろうとは思わなかったなぁ映画部


白:俺の苗字が珍しいことに感謝している数少ない事例だな…

珍しい苗字つながりで仲良くなれたし


雲母:たしかに、そうだったね!仲間見つけた気分だった

うちの部員も最初は5人いたのになぁ…皆今何してんの?


白:田中は家庭部、山口はダンス部、後藤は帰宅部してたけど、高岩先生から逃げらんなくて強制野球部行きだってさ


雲母:マジ?うちの野球部かなりガチじゃん

なんでまた野球部行き?


白:中学の時に野球部だったらしいよ


雲母:だからってかわいそうだよ…別にみんながみんな部活みたいな、コミュニティっていうの?…そういうのに入りたいわけじゃないし…一人の時間を大事にしたい人だっているのにね


白:大人ってやつは子供の気持ちがわからないんだよ

自分たちも昔は子供だったくせにさ


雲母:かもね…でも、私は早くなりたいよ、大人


白:…なんで?


雲母:なりたくないの?


白:…なりたいとかなりたくないとか…考えたことなかったな…

なんでなりたいの?大人


雲母:だって大人は自由じゃん


白:自由?何が?


雲母:自分で仕事決めて、自分で稼いで、自分で自由に使えるんだよ?

最高に自由だね


白:でもほら、家族とか、恋人とか?

何もかも自由とはいかないんじゃない?

ほら、人は一人では生きていけないってよく言うだろ?


雲母:お、今の台詞大人っぽかったねぇ

大人っポイントを贈呈(ぞうてい)します


白:何そのポイント


雲母:大人っぽいと貰えるポイント

つくもは2ポイントね


白:きららは?


雲母:3万


白:数字が子供じゃねえか


雲母:5万ポイント溜めると大人になれるよ


白:5万…先は長いな

はぁ~、大人はポイント制だったのかぁ…


雲母:小さな積み重ねが人を大人にするんだよ


白:お、今の台詞大人っぽいね

大人っポイントを2ポイント贈呈します


雲母:やったね


白:…大人はみんな5万ポイント集めてんのか…凄いな


雲母:そうだよ、大人は凄いんだよ


白:こないだ、北中の中島っていう教師が更衣室覗いて捕まったじゃん?

あの人もポイント集めたのかな


雲母:あ、ニュースで見たそれ

う~ん…どうだろうね

ポイント集めないまま年取っちゃったからそういうことしちゃうんじゃない?


白:でも世間からは、大人だって扱われるじゃんか

教師になったのにいい歳して覗きしちゃうような奴なんて…中身が大人になってないのにさ…

俺は20歳になった時にちゃんと大人になれてんのかなぁ

いや、さすがに犯罪者はならないけど


雲母:つくもに覗きする勇気はないよ


白:そんな蛮勇はいらねえよ


雲母:大人になれてるのかは…なってみないとわかんないよ

…でもあれなのかな…その、中島?みたいに早く大人になりたいなりたいばっかだと中身が伴わない、なんちゃって大人が生まれてしまうのか


白:はは、そうかも

不安だよなぁ…俺なんて名前からしてちょっと足りないんだぜ


雲母:亮介?


白:つくものほう


雲母:そっちか…なんで?


白:ん?何が?


雲母:なんでちょっと足りないの?


白:つくもって九十九って意味じゃん?

100から1引いたら99だろ?

だから百から一本とった白(しろ)って漢字はつくもって読むんだってさ


雲母:そうなんだ、かっこいい名前だなぁって思ってたけどそんな意味があるんだね


白:らしいよ

まぁ、本気で嫌気さしてるとかじゃないよ?

初見で100%名前間違われるのは嫌だけど

…でもそれを言うならきららもそうか


雲母:そうなんだよ!


白:うわ、声でか


雲母:雲母(うんも)って書いてきららだよ!?

しかもこれ苗字!

結婚するまで逃れられない、キラキラネームの呪縛…!


白:お…おぅ、まあでも結婚したら逃げられるんじゃん


雲母:いいや、私は下の名前も由里子と来たもんだ!

はぁ~キラキラ苗字の下に古風なお名前が隠れているのですよ!


白:隠れてるわけじゃないだろ


雲母:私が隠してるの!


白:お前が隠してんのかよ…そんなに古くないって


雲母:何々子(なになにこ)~は古臭いよ

適度に可愛く、スタイリッシュな名前が良かった


白:さいですか…


雲母:やっぱり大人だ!

結婚も改名も大人じゃなきゃできない!!


白:心変わりが激しいな


雲母:だって、つくもは響きがかっこいいけどきららは違うじゃん!

結婚さえすれば私はきららから逃れることができるんだから、由里子に似合う苗字を手に入れることも夢じゃないわけですよ!


白:そうねぇ、凄いねぇ

ほら、感想シート書いてくれよ


雲母:あ、急に飽きないでよ

あれ…感想シート新しくなってる


白:評価項目増やしたんだ

前のじゃ十分(じゅうぶん)じゃなかったから


雲母:確かにそうかも…熱いキスシーンを評価する項目が欲しかったんだよね


白:新バージョンにもキスシーンの評価項目はねえよ

ってか、前も言ってたよな、それ

そんなに大事か?キスシーンって


雲母:いや、大事だよ

ドキドキするし…それに、大人はするもんでしょ


白:お前、キスシーンでそんなドキドキとか…中学生みたいなこと言うんだな


雲母:なんだよ!つくもだって数か月前まで中学生じゃん!

自分だけ大人ぶるのはむしろ子供っぽいぞ!


白:はいはい、すいませんね~

俺は少なくともキスシーンなんかでドキドキするようなお年頃じゃないもんでねぇ


雲母:こいつ…キスしたこともないくせに、わかったような口きくな!


白:な、なんでキスしたことないって決めつけんだよ!


雲母:あんの!?


白:ないよ!


雲母:ないじゃん!!


白:……


雲母:……

…はぁ、周りの奴らは中学とか、早いと小学生の時から恋人いたらしいのに…私たちと来たら…


白:…別に早く恋人できたら偉いわけじゃないだろ


雲母:いいや学生的には偉いよ、勝ち組と言ったっていい


白:お前…案外興味あるんだな…そういうの


雲母:早く大人になりたいって言ったじゃん…大人の階段でしょ…そういうのって


白:…あぁ、まぁ、そう…かも?


雲母:それにさ…こないだ見ちゃったんだよねぇ…

ほら先週、私少し早めに来たでしょ?


白:…あ~…あぁ、そうね、確かに早かったわ

…何見たんだよ?


雲母:沢田と…美奈が…そのヤッてるとこ…教室で


白:え、まじ…!?


雲母:マジ…もう本当…飛び出たね…眼とか心臓とかが

戻すの大変だった


白:俺も今飛び出しそう…


雲母:飛び出したら押し込んであげるよ


白:頼むわ…あいつら、夏休みだからって何やってんだよ…


雲母:誰にも言わないでよ?


白:言わない…よ、たぶん

普通に言えないわ…


雲母:私が言ったってことも…今から私が言うことも…!


白:え?あぁ、うん…?


雲母:その…実はさ、前から…興味あるんだ…そういうの…


白:誰が?


雲母:私が…


白:そういうのって…そういうの…?


雲母:そう…そういうの…


白:ま、まぁ…俺らくらいの歳なら…そう…だよな…?

当たり前のことだって


雲母:なんで励ます感じなの!つくもだって興味あるでしょ!
私は、つくものこと信頼してこんな話してるんだから、大人ぶるな!


白:うぇ…そんなこと言ったってなぁ…


雲母:興味あんの!?ないの!?


白:うぐ…あぁ、あるよ…ある!

そりゃあるよ!健全な男子高校生なんだからさ!


雲母:信じるよ…?


白:お、おう


雲母:はぁ…沢田たちはさ、ちょっとやばいシチュエーションだけど、私たちより先に大人の階段登ってんだよ…なんか…言葉にできないね


白:…てか、なんで俺に話すんだよ、そんな話

そんな信頼勝ち取れるようなことしたっけ?


雲母:あれ?もしかして信頼してるのは私だけでした?

同じ部活の唯一の部員なのに?


白:い、いや…う~ん

まぁ、もちろん…信頼は…してるよ

たぶん同級生じゃ…一番


雲母:でしょ?

だって私たちもう3か月くらい週一で映画見続けてんだよ?

ほとんど二人っきりでさ


白:まぁ…そう言われてみればそうだな…


雲母:閉ざされた薄暗い部屋で若い男女が二人…何も起きないわけが…


白:あるだろ


雲母:なんだよ!私にはそんなに魅力が無いか!

知ってんだぞ!体育の時クラスの男子がみんなしてすがぴーの胸が揺れてんの見てるの!

やっぱ乳か!?おっぱいなのか!?


白:おい、待て待て!そういうわけじゃないって!

俺まで、すがぴーの胸見てるみたいな言い分はやめろ


雲母:じゃあ、どういうわけよ


白:いや…別に…あ~…きららは可愛いと思ってるよ…

知らないと思うけど…男子からも結構人気あるんだぜ?


雲母:え、ほんと?


白:まぁ…うん…ほんと


雲母:そっ…か

じゃあさ、つくもはしたいと思うの…?私と…その…


白:するってお前…何を…?


雲母:き、キスだよ…キス


白:キスって…いや…ダメだろ


雲母:別にほんとにするって言ってないよ!その…したいかって…!


白:…いやいや…キスってただしたいかどうかでするもんじゃないだろ…?

沢田たちだってきっと付き合ってるからしてるんだって…そう!その好き同士だから!


雲母:…そんなに駄目なことなのかな


白:…え?


雲母:だって私たちってお互い恋人いないわけだし…したいからキスしたって誰にも迷惑かけないじゃん…

興味本位でそういうことするのはやっぱり駄目なこと…かな…?


白:えっと…う~ん…やっぱダメ…なんじゃないか?

俺達…付き合ってもない…のにさ


雲母:じゃあ…付き合え、私と


白:…へ?


雲母:夏休みの間のお試しでいいから、付き合って


白:それ…体目的じゃないの?


雲母:普通は逆の台詞ですな


白:それは人によるだろ


雲母:いや?私と付き合うの


白:それは…!別に……(少し間をあける)

嫌ってわけじゃない…かな

ってか!お前はいいのかよ…その、俺でさ


雲母:つくもならいいよ


白:そんなはっきり…


雲母:つくもも私とは嫌じゃないんでしょ?


白:う、うん


雲母:じゃあ、よろしくお願いします


白:え、お、おう、よろしくお願いします?

雲母:よし…それじゃあ、早速しよっか?


白:…へ?


雲母:ほら、そこで大人しくしな…!


白:ち、ちょっと待って!心の準備が!


雲母:問答無用!!


白:うああああ!?


白:(NA)

我ながらいかれたファーストキスだったと思う

でも…きっと生涯忘れることはないだろうとも思った

あまりに唇が柔らかくて、これが俺の口にもついてるとは到底思えなかったから


――――――――――――――――――――――――――――――


雲母:今週はこれにしよ


白:なにこれ?


雲母:これ?リトルマーメイドだけど?


白:こ~れはさすがに怒られるんじゃないか?部活動的に

沼館先生に、レトロ映画ならある意味勉強だからいいよって言われてんだぜ?


雲母:それって沼館先生が昭和の白黒映画好きなだけでしょ?

適当な映画観たことにしてシート書こうよ


白:あの人俺らの感想シートめちゃくちゃ楽しみにしてるから観てないの一瞬でバレるぞ

しかも、こんな部の顧問になってくれる上に学年主任という権力をお持ちの先生だぞ?

逆らえないだろ


雲母:まぁそれはそうか…普段から適当に書いとけばよかったな…

うん、じゃあ2本観よ

私は久々にリトルマーメイドを観るってもう決めたから止まれないの


白:その意志の強さは尊敬するわ…はぁ…じゃあ、どれにしようかなぁ…


雲母:…ねえ、つくも


白:なに?


雲母:あまりにもいつも通りのやり取りすぎたから忘れてたけどさ、私たちって…お試しとはいえ、付き合ってんだよね?


白:え?まぁ、そうね?


雲母:じゃあさ…先週から今日までで私に送った連絡、何?


白:え?えっとね…


雲母:読んで読んで


(LINEで送ったテキストを読み上げる)

白:そういえば、次の部活の日に観る映画はきららが当番だから忘れるないで決めといてくれよ

だな


雲母:他は?


白:他?え~っと…


雲母:ないよ!全然ない!


白:そ、そうだっけか


雲母:びっくりしたよ!

今日は色々聞いてくれてありがとう、ごめんね!って連絡して、おう…って返ってきた後の一発目の連絡がそれだよ!?

しかも二発目もないしさ!

なんだよ、おう…って!もっとなんか言え!!


白:いや、改めて彼女って言われても何送っていいのかわからなくて…

そんなに言うなら、きららから連絡すればよかっただろ?


雲母:いや、何連絡したらいいかわかんないし…


白:なんだこいつ


雲母:とにかく!恋人っぽいことしたいの!

ん!


白:な、なに?


雲母:ハグして!


白:え?

は、はぐ?


雲母:そう、ハグ

まだしたことないし、先週のつくもは逃げてたし


白:いや、そりゃあ…逃げるだろあれは


雲母:ヘタレめ…ほら、あんたの彼女が手を広げて待ってるよ


白:うぐ…はぁ、わかったよ

(白が雲母にハグをする)

…ほら、これでいいか?


雲母:おぉ…これがあのハグ


白:大げさだな…どんな感じ?


雲母:悪く…ないね…ドキドキする


白:そっか…


雲母:つくもは?


白:あんまり背変わんないのに、お前の背中ってこんなに小さいんだな…

びっくりした


雲母:…褒めてる?


白:褒めてる…も、もういいだろ?


雲母:待って…もうちょい


白:…おう


(間を取る)


雲母:…はい!ありがと!


白:あ、あぁ、もういいのね

んじゃあ…映画観るか


雲母:いいの?ハグで終わらせて


白:え?


雲母:前回はキスまでしたのに


白:したっていうか…されたっていうか…


雲母:嫌だった…?


白:その聞き方はずるいだろ


雲母:私だって初めてしたんだからわかんないの


白:別に、嫌じゃなかったよ…


雲母:じゃあ、いいじゃん…ね


――――――――――――――――――――――――――――――


白:(NA)

その日から、夏休み中の活動が増えた

選ぶ映画もなんとなくラブロマンスに比重を置いたものになっていった


雲母:(NA)

映画の俳優たちが手をつないだのを見て手をつないだ

彼らが抱き合ったら、なんとなく腕や肩に手を回した

キスシーンを見て、私たちも同じようにキスをした


白:(NA)

前よりほんの少しだけ、登場人物の気持ちがわかるようになったのに…

自分の気持ちがどんどんわからなくなっていった

でも隣で映画を見て涙を流す雲母を見て…綺麗だなと思うようになった


雲母:(NA)

人と触れ合うことはこんなに気持ちがいいのだと知った

手を重ねるだけでも…抱き合えばもっと…唇を重ねればもっと…

もっとを求めているのに…もうこれ以上が見つからない

…いや、わかっている…わかっているけれど…


――――――――――――――――――――――――――――――


(白宛てに電話がかかってくる)


白:…はい、もしもし?

どうしたんだ?きらら


雲母:ごめん、当日で悪いんだけど…今日部活休みたくて


白:何かあった?風邪とか?


雲母:いや、浩二(こうじ)さん…お母さんの新しい彼氏がさ、家に来るんだって


白:あぁ…前言ってた人か


雲母:うん、私にも会いたいって

もしかしたらお父さんになるかもしれないからね


白:そっ…か…

じゃあ、今日は無しな


雲母:うん…ねぇ、次の部活の時さ…


白:…ん?何?


雲母:ううん、何でもない

…さみしいならもう少し連絡くれてもいいんだよ?


白:…きららももっと連絡してくれるなら、な


雲母:つくもも、もっと話したい…?


白:…あぁ…そうだな


雲母:…じゃあ、連絡する


白:俺ももっと連絡するよ、じゃあな


雲母:…うん、じゃあね

(電話が切れる)

話したい…か…へへ、そっかぁ…

あ、お母さん…べ、別ににやけてないよ…

部活休むって連絡したから、じゃあ、行こっか!


――――――――――――――――――――――――――――――


白:(NA)

違和感を覚えたのは、次の部活の時だった


雲母:…はい、感想カード


白:あぁ…なぁ、きらら


雲母:なに?


白:何か、あったのか?


雲母:え?なんで?


白:なんか元気なさそうだし…


雲母:夏バテかな、あっついもんね~


白:そっか…今日は…いいのか?


雲母:…ちょっと、今日は汗かいちゃって…

だから大丈夫!また今度にしよ!

…あ、ごめん!私、行かないと!


白:おう、気を付けて帰れよ?


白:(NA)

その時、具合が悪いのか、程度にしか思わなかった俺をぶん殴りたかった

盆も明けた8月のある日…雲母からの連絡は完全に途絶えた


――――――――――――――――――――――――――――――


雲母:うん、夜までには帰るよ

行ってきます


雲母:(NA)

大人に…なりたかった…

大人になれば…私は一人で生きていけると証明できると小さい時から考えていた

そうすればお母さんは…自由に恋愛したり、好きなことができるはずだって

私はそう思っていた…


白:こんにちは、由里子さんいますか?

最近連絡が取れなくて…部活にも顔出してないので心配で…

今は…出かけてるんですか…


そう…ですか…元気なんですか?

なら…良かった


雲母:(NA)

セックスは大人がするものだと思っていたけど…いつの間にかそういうことに興味を持つようになっていた

沢田と美奈がしてるのを見たとき、自分の興味のタガが外れるのがわかった

友達より私は性欲が強いのかもしれないと思うと、少し複雑な気持ちはあったけど…でもこの好奇心は抑えられなかった


白:…くそ、出ないな

あの感じだと家では普通に過ごしてたのかな…はぁ…何があったんだよ、きらら…


雲母:(NA)

それに…私は…


雲母:ごめんなさい、浩二さん…お待たせしました…


雲母:(NA)

初めて浩二さんを見た印象は…かっこいいおじさんだった

背が高くて、細身で綺麗に整えられた髭(ひげ)がよく似合っていた

この人が自分のお母さんのことを好きになってくれたんだと思うと…少し誇らしかった


白:あ~…もう、見つかるわけないよなぁ

何やってんだろ…まるでストーカーじゃんか…

ん?…あれって…


雲母:(NA)

浩二さんは私を見て、聞いていたよりずっとかわいいね…と言った

大人びていて、きっとモテるだろうと

…そして、そのまま私の体を…触った


…いつの間にか、私の顔やスカートの中が盗撮されていて、これを学校にばら撒かれたくなかったら、お母さんには黙っていろと…そう言われた


それからこうして何度も呼び出されて体を触られた…そして今日は…


雲母:…わかってます…今日は、ホテルに行くって…

顔隠しててもいいですか…誰かに見られたら困る…えっ…!?


白:(NA)

我ながらドラマみたいだなぁ、とか、これってどんくらい痛いのかな…とか

なんだかギリギリまで他人事みたいだった気がする

使命感みたいなものに支配されて、勝手に体が動いた

俺は…あいつが乗る車の前に…飛び出さずにはいられなかった


白:っ…!?はぁ…はぁ…!

(覚悟を決め、大きく息を吸い込む)

うっわぁ…死ぬかと思った…!


(車内からつくもの登場に驚く雲母)

雲母:つくもっ…!?


(浩二と言い争いになる白)


白:…あ、てめえ、浩二とかいうやつだな…?

さっき見てたぞ…!

何気安くきららの体ベタベタ触ってんだよ…誰の許可取って、んなことしてやがんだ!!

どけよ…変態のクソカス野郎…お前に用はねえんだ!


雲母:つくもっ!


(きららが車から降りて近づく)


白:きらら!大丈夫か!


雲母:大丈夫だけど…何でここに…!?


白:俺は…今きららの彼氏なんだろ?

もう大丈夫だ


雲母:…っ!?

う…うん…!


白:さてと…お前は…死ね!!


――――――――――――――――――――――――――――――


雲母:…大丈夫?


白:いや、全然

左手にすればよかったなぁ


雲母:そしたら、もっとひどくなったんじゃない?


白:あ~…そうかも


雲母:はい、包帯巻き終わったよ


白:ありがと…包帯取れたら自分で巻けなくてさ


雲母:殴ったほうの手首が折れるなんて…かっこつかないね


白:…そうだな

(間をあける)

……ごめん


雲母:なんで?


白:…きららのお母さんの彼氏…殴ったから


雲母:あの後、お母さんにも殴られてたよ

つくもが殴ったほうの逆側、思いっきり

2倍くらい腫れてたなぁ…はは

それで…お母さんにも謝られた

つくものおかげで助かったんだよ、ありがとう


白:別に…俺はめちゃくちゃにしただけだよ…色々とさ…


雲母:お母さんもお礼言ってたよ

ショートメールに娘さんを助けてあげてくださいって連絡したんでしょ?

いやぁ部活の連絡網をうまく使ったね


白:なんで知ってんだよ…


雲母:めっちゃ仲いいの、お母さんと


白:そっか…なんか改めて聞くと情けないな


雲母:どこが?


白:結局自分じゃどうにも…できなかったし…


雲母:ううん…かっこよかったよ…

…隣座っていい?


白:うん


雲母:謝らなきゃいけないのは…私


白:なにを?


雲母:私が大人になりたかったのは…早く大人になれば、お母さんが自由になれると思ったから

でも…もともと…その…そういうことにも興味があってさ、その気持ちが強くなるにつれて自分の…今大人になりたいっていう気持ちも、つくもに対する信頼とか…好きだなって気持ちもただの性欲でしかないのかなって…

私はお母さんのために大人になるんだって気持ちを免罪符にしてるだけなんじゃないかなって思って、なんだか不安だった…

だから…自分の気持ちをつくもで試したの…ほんとに…信頼してたから…


白:…そっか


雲母:…怒らないの?


白:きららと抱き合ったりキスしたい奴なんていっぱいいるんだ

役得だったよ


雲母:…ごめんね


白:本心だよ…

あ~…俺はてっきり、俺のキスが下手くそだから部活来なくなったんだとばかり…


雲母:ふふっ、そんなわけないじゃん

…ねえ、夏休みの初めにさ…素晴らしき日曜日って観たでしょ?


白:え?うん…観たな


雲母:あの時、ヒロインの人が体を求められて泣きながら服脱ごうとしたでしょ?

正直、あの場面のヒロインの気持ちはわからなかった…

だって、あの人たちはもう付き合ってるし…お互いに結婚してもいいってくらいに愛し合ってるわけだし…それに誰かと触れ合うのってすごく気持ち良いんだろうなって思ってたから

実際、気持ち良かったし…

でも、あの人の手は…怖かった…すごく……怖かったんだ


白:…うん


雲母:全然気持ちよくなんて無かった

ただ…ただ不快で…誰にも知られたくない…早く終われ…いつまで続くんだろって…

いろんな嫌な気持ちで不安になった…


白:…ん


雲母:…え?


白:俺の手…怖いか?


雲母:…怖く…ないよ

つくもの手はずっと怖くなかった…


白:手、握っていいか?


雲母:…うん


白:俺も…大人になりたいな


雲母:どうして?


白:大人ならきっと…こういう時になんて言ったらいいか…わかるだろ

俺は手を握るくらいしか…できないから


雲母:私は好きだよ…大人のやり方より、つくものやり方の方が…


白:大人っポイントつかないよ?


雲母:じゃあ…子供のままでいい


白:じゃあ…子供っぽいこと言っても許してほしいな


雲母:何?


白:…好きだよ


雲母:…え?


白:俺、きららが好きだよ


雲母:え…えええええ!?


白:そんな驚かなくても


雲母:驚くよ!なんで!

え!なんか…こう、あった!?

そういう場面っていうか…ちゃんとつくもに好きになってもらえるような瞬間っていうか…!?


白:…あったよ


――――――――――――――――――――――――――――――

(ここから過去回想)


雲母:ねえ、亮介くんだよね?


白:え、あぁ、うん、えっと隣のクラスの…うんもさん?


雲母:きらら、これできららって読むの


白:珍しいね


雲母:亮介君もそうでしょ?

苗字、なんて読むの?

しろ君?はく君?


白:つくも…これでつくもって読むんだ


雲母:え、かっこいいじゃん!

珍し仲間だ…仲良くしよ!


白:…うん、よろしくね

きららさんはどこの部活入るか決めた?


雲母:それがまだなんだよねぇ

別に運動得意じゃないし、文化部もあんまり興味ないし…


白:…じゃあさ、俺、新しい部活作ろうと思ってるんだ

良かったら一緒にやってくんない?

2人からじゃないと創部できなくて


雲母:何部なの?


白:映画部…誰かと映画見て、感想を共有したいんだ


雲母:え、それ…めっちゃいいじゃん!

やろうよ2人で!


白:(NA)

自分の好きなものを肯定してもらえるのは嬉しかった

自分の好きなものを好きと言ってもらえた時、喜びが増した

…いつしか、俺が彼女の好きなものになりたいと思うようになった

でも…この関係が壊れるのは怖い…

だから、この気持ちは隠し通さなきゃ…そう思っていた


雲母:お試しでいいから、付き合って


白:(NA)

何を言ってるのかわからなかった

慌てずに返答した自分をほめてやりたい

そして…今まで彼女の好奇心を利用した


俺はひどいやつだと思う

今が最適なのか…きららがひどい目に合って、慰めている今…こんなことを言うのはずるくないか…?

でももうこれ以上気持ちを隠せるか…?

もう仕方がないだろ、覚悟を決めろ、白 亮介…お前はそんな大人じゃないだろ




白:もうすぐ夏休みも終わるし、お試し期間も終わりだろ?

だから…本契約…なんて、どうかなって…


雲母:…ふふっ…あははっ…ははははっ


白:なんだよ…


雲母:…ほんとにつくもってかっこつかないなって思って


白:う、うるさいな!しょうがいないだろ!

告白なんてしたこと…むぐっ!


(雲母にキスをされる)


雲母:私も大好きだよ、つくも


白:(NA)

夏の間、何度も重ねた唇のはずなのに…このキスだけは少しだけ海の味がした

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