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【5人声劇】探偵は知っている

■タイトル:探偵は知っている


■キャラ

アンジェリーヌ・ウィンター:女

国内随一の名探偵

偏屈で甘いものが大好きな変わり者


レオ・ベルディ:性別自由

アンジェリーヌの助手として働いてる

主人格のほかに怒りっぽい「ルドルフ」小心者の「ヘルマンニ」理屈屋の「オルヴィ」という3人の人格を持つ多重人格者


ジャンヌ・エバンズ:女

アルバン市警に所属する刑事

事件現場で偶然出会ったアイザックに事件を解決されて以来、その腕を買っている


ローベルト・ヴェール:男

“実験”を行動理念とする犯罪者

新興宗教団体の教祖をしながら、実験のため様々な犯罪を起こす


リュカ・フェリクス:性別自由

ローベルトに陶酔し付き従っている

助手として仕事をしており、時にはその手を汚すこともいとわない


※以下の罫線が入る箇所は5~10秒程度間をおいて読み始めてください

――――――――――――――――――――



―――――――――――――――――――――――――


(古びた賃貸住宅の階段を上がるジャンヌ)


ジャンヌ:ウィリアム家の密室殺人…クロリタート通りの切り裂き魔…でも本命は…


(階段を登り切り、入口のドアに向けてノックをする) 


ジャンヌ:先生!ウィンター先生!…入りますよ?


(ジャンヌが扉を開き、中に入る)


ジャンヌ:…何してんですか?ウィンター先生


(部屋に民族的な置物を飾るアンジェリーヌとそれを冷ややかな目で見るジャンヌ)


アンジェ:…魔除けを置いてるの…アフリカのナントカっていう部族のものらしいんだけど…それで、何しに来たの、私の悪魔


ジャンヌ:人聞きの悪い、仕事の斡旋(あっせん)ですよ


アンジェ:自分で解決できない厄介事(やっかいごと)を私に押し付ける行為が斡旋なの?


ジャンヌ:協力金という形で謝礼は払います

それとも、自力でその督促状(とくそくじょう)の山を何とかしてみますか?


アンジェ::…はぁ、やることが小ずるいわね

アルバン市警(しけい)のマニュアルに書いてあるの?


ジャンヌ:ほらほら、謝礼が欲しかったら早く座る!


アンジェ:ぐ…わかったわよ


ジャンヌ:今日来たのは…ウィリアム家の密室殺人についてです


アンジェ:あぁ、チャーリー・ウィリアムの邸宅(ていたく)で起きた事件ね

彼のことは気に入ってるわ、金持ちってところが特にね


ジャンヌ:はいはい…ごほん、現場は3階の書斎(しょさい


内側からは鍵がかかっており、窓には格子(こうし)がはめてあって…


アンジェ:死因は?


ジャンヌ:…え?


アンジェ:死因よ


ジャンヌ:えっと…胸部をナイフで一刺しです


アンジェ:死体はどうやって見つかったの?


ジャンヌ:部屋に入ったまま返事のないウィリアム氏を心配した家族が自室を訪れて…

鍵がかかっていたので、無理やりこじ開けて入ったら部屋の中に横たわるウィリアム氏がいたそうです


アンジェ:部屋の入り口に鍵、窓には鉄格子(てつごうし)、その他(ほか)出入りできる場所は無かったわけね…家の間取り見せて


ジャンヌ:は、はい!


アンジェ: そこまで限定的な状況なら、自(おの)ずと答えは見えてくる…ヘルマンニ!メモとペン持ってきてくれる?


(部屋の向こうから大きい声が近づいてくる)


ルドルフ:アンジェリーヌ!俺をあんな軟弱野郎と一緒にするんじゃねえ!

メモくらい自分で取りに行くんだな!


アンジェ:えぇ噓でしょ…さっきまでヘルマンニだったじゃない


ルドルフ:俺だってベルディだ、いつ出てきたって別にいいだろ?

冷蔵庫にうまそうな酒が入っててな、つい飲みに来ちまったよ


ジャンヌ:今日はルドルフさんなんですね

はい、先生、私のメモ用紙使っていいですよ


ルドルフ:んぐっ…んぐっ…(酒を一気に飲む)

っはぁ~!…ん?ジャンヌじゃねえか

また厄介事を押し付けに来たのか?


ジャンヌ:違いますって、正式な仕事の依頼です


ルドルフ:ははは!ものは言いようだな!


アンジェ:はぁ…やれやれ、少し静かにしてくれないかしら

今謎解きしてるんだから…うん、はい、これ


ジャンヌ:これって…


アンジェ:事件のトリックの全容よ

検証は必要だけど、十中八九これであってると思う


ジャンヌ:この短い間に…


アンジェ:お粗末なトリックだったもの…早く連絡入れてきたら?

どうせあと2つか3つ厄介事を隠してるんでしょ?


ジャンヌ:さすがは名探偵

ではこのメールを送りましたらほかの事件の説明を…


アンジェ:…ふぅ、次はインディアンの魔除けにしてみようかしら


――――――――――――――――――


リュカ:先生、お疲れ様です

本日の報告になります


ローベルト:うん、ありがとう

…ははは、見てごらんよ、この男性はなぜ手袋を片方だけ道に落とすのかを調べるために8時間同じ道路を見張ったらしい

彼の行動の原動力はとても気になる…今度話を聞いてみようか

この女性は…自らが調合した薬の効果を見るため、30人に無断で打ち込み経過を見たらしい…この患者たちはその後どうなったか聞いてるかい?


リュカ:うち、5人に大きな副作用が出たらしいですが、残り25人には良い結果が出たとのことです


ローベルト:84%が助かる薬か…彼女の実験が今後いい方向に向かうことを願うよ

ふふ、大小さまざま…面白い実験ばかりだね


リュカ:…今回は新参者が多かったので、大掛かりな実験は行われませんでしたが…なかなか変わり種が多かったです


ローベルト:知りたいという気持ちに優劣など無いということさ…それに、知りたいというのは人間の本能だと僕は思う

…だが、大手(おおで)を振っては知識の探求をできないこともある…恥、理性、世間体、費用、場所…様々な障害は知りたいという意欲を妨げる

だからこそ…僕たちがいるんだ

彼らの気持ちを止めることなど何者にもできはしないのだから…ね


リュカ:とても素晴らしい考えですね…ところで先生、その男は何でしょうか?


ローベルト:あぁ…彼は、マイルズ・フィランダー

クロリタート通りの切り裂き魔…と呼ばれている男だよ


リュカ:あぁ…新聞で見ましたよ

なんでも、若い女を狙って服を切り裂いた後、必ず8回刃物で切り傷をつけていたぶり殺すのだとか


ローベルト:うん、よく知ってるね…リュカ

その通りだよ、彼はその方法で5人を殺した


リュカ:なぜそのような者をこの場所に?


ローベルト:僕たちが行う実験にはややノイズになるだろう?

それに、彼の行動は世間の一般常識では理解できない…いや、理解に値(あたい)しないと評価される行動だと僕は認識しているんだ

だから…邪魔を取り除くついでに、彼で実験したくなってね

一つは彼の行動真理の理解…そして、その行動に対する罪の意識の有無の確認…

最後に…異常行動者が抱く恐怖についてだ


リュカ:とても有意義な実験をされたのですね

警察は彼について何もわかっていないようですが…我々が有する“目”はさすがですね

では…この辺りは僕が片付けておきます

先生もシャワーを浴びられた方が良いかと…真っ赤になっていらっしゃいますから


ローベルト:そうだね…でもその前に…

名も知らぬ切り裂き魔よ…君のおかげで僕はまた新たな知識を得たよ…

もうこの言葉は届かないのだろうけど…ただひとえに、感謝を…


リュカ:…そういえば、次の場所が決まりました…こちらです


ローベルト:ありがとう…ふむ、いい場所じゃないか

信者のみんなに伝えてもらえるかな…次の実験は1週間後だとね


――――――――――――――――――


アンジェ:知識の泉…新興宗教団体かしら?私は知らないけど…知ってる?レオ?


レオ:…いいえ?僕は知りませんね

はい先生、コーヒーです、砂糖とミルクはもう入れてありますので

ジャンヌさんもどうぞ

今お菓子も持ってきますね


ジャンヌ:あ、ありがとうございます


アンジェ:どうしたの?レオと話したことないわけじゃないでしょ?


ジャンヌ:いや、あまりにも別人すぎて…大体いつも“誰か”が来るじゃないですか?

毎回、別人に会ってる感覚だったもので違和感が…


アンジェ:確かに、外ではあんまり切り替わらないもんね

まあ、“ベルディ”が持つ4つの人格のうち…今はレオ・ベルディってだけ

何回か見てればすぐに慣れるわ


ジャンヌ:同じ体に別人が4人…不思議ですよね

皆さんいい人なんですけどね


レオ:ははそう言ってもらえて嬉しいですよ

ルドルフもオルヴィもヘルマンニもみんなベルディですし

はい、お菓子です


アンジェ:私は、事務所仕事させるならヘルマンニが一番いいけどね、働かせやすくて

たまに面倒くさいけど

ズズ…(コーヒーをすする)

ぶはっ!…ちょっと苦いわよ、このコーヒー!


レオ:噓でしょ?砂糖もミルクもたっぷり入れましたよ?


アンジェ:全然足りてない!

いい!?コーヒーってのは、上等な砂糖とミルクを美味しくするためのディップソースみたいなもんなの!


レオ:そのうちほんとに死にますよ?

はい、追加の砂糖とミルクです


ジャンヌ:…話を戻していいでしょうか?


アンジェ:あぁ、ごめん、いいわよ


ジャンヌ:知識の泉はその団体名からもわかるように、“未知を探求すること”を教義(きょうぎ)としています

そのため、定期的に実験と呼ばれる団員の活動が行われており、その都度問題が起きるため警察も苦慮していました


レオ:犯罪行為に及んでいる…ってことですか?


ジャンヌ:いえ、警察が介入したのはすべて迷惑行為レベルのもの

逮捕される団員もいますが、有罪にまで至るケースは稀(まれ)です

しかし…それはカモフラージュではないかと私は睨んでいます


レオ:カモフラージュ?


ジャンヌ:実験が起きると数日、遅くとも数週間以内に必ず変死体が見つかるんです

そのほとんどが事故や自殺として処理されていますが、あまりにも不自然です

行方不明者の数も増えていますし…現場付近で団員の目撃情報も多数上がっています

無視はできない状況です


アンジェ:ふ~ん、そこまで警察に嗅ぎまわられてて証拠が出てこないなんて…随分と統率が取れているのね

でも、所詮(しょせん)は迷惑行為をするだけのおちゃらけ集団なんでしょ?


ジャンヌ:…話が大きくなるのはここからです

ここ最近アルバン市内で起きている爆破事件はご存知ですよね


レオ:爆発の原因がわかってない事件ですよね…可燃性の気体に引火して爆発した可能性が高いとは聞いていますが…不明な点が多いとか


アンジェ:最初は事故かと思ったけど…短期間で3か所も爆発した

計画的な犯行だっていう風に考えるのが自然よね…こないだなんてすぐ近くで爆発したんだから、怖いったらありゃしない


ジャンヌ:奇跡的にまだ死者は出ていないものの、けが人も増加しているし、かなり危険な事件です…

私はこの爆破事件、知識の泉が関わっていると睨んでいます…


アンジェ:へぇ…なんで?


ジャンヌ:事件は全て知識の泉の実験のせいで警察が出動し、手薄になっている日に行われているんです


アンジェ:なんともふわふわした推理ね

爆破の方法も何もわかってないし…


ジャンヌ:それはそうなのですが…でもです!

10月28日…幹部以上の団員による大きな実験が行われるという情報を掴みました

爆破事件との関連性はまだわかりませんが…事件を事前に防げる可能性があるなら捜査すべきだと思いませんか!?


アンジェ:28日ってもうすぐじゃない…それに実験って…どうやってそんな情報手に入れたのよ


ジャンヌ:私の潜入捜査です!


レオ:思いっきり違法捜査ですね…でも、そこまで危険視しているのであれば、警察が介入して捜査すればいいんじゃないですか?


ジャンヌ:まだ現状では、警察が動けるほどの情報を手に入れられていないんです

実験の実施は全ての団員に伝えられる事項なので、最速で情報を掴むには潜入捜査が一番早い…でもその内容は関わったものしか知ることができません…深いところまで至れていないのが現状です


レオ:どうすればその内容を知ることができるんです?


ジャンヌ:上層の団員になるために必要なのは忠誠心を認められることと、一定額以上のお布施だと言われています

お布施も金額が明示されておらず、かなりの額だと聞きますが、それでも多くの団員が上位を目指しています

その強い忠誠心によって、事件の核となる情報には繋がらないんです


レオ:わからないなあ…ただ何かを知りたいってだけで、警察に眼をつけられるようなことをするなんて


アンジェ:…人は責任の所在をどこかに追いやればどんなことでもできる生物だってことよ

それで?具体的に私に何を頼みたいの?


ジャンヌ:知識の泉については私が独断で動いている案件のため、警察は大きく動けない

しかし、事件を未然に防ぐためにも10月28日の実験の内容を明らかにする必要があります…

ですので、今まで起きた爆発事件の解明と知識の泉の長にして団員からブレインと呼ばれている男…ローベルト・ヴェールの調査を依頼します


――――――――――――――――――


ローベルト:…よって、レジュメの3ページ目に記載されている考え方が世間に広まったわけです

ここはしっかりと覚えてくださいね


(アンジェたちは大学でローベルトの講義を受ける)


アンジェ:わざわざ市のど真ん中まできて、哲学なんてクソつまらない講義を聞くのは憂鬱ね…他にも面白いものはたくさんあるのに…心理学、数学、物理学…あぁ、工学担当の教授は金属加工の第一人者じゃない!

こっちの方が聞きに行きたいんだけど


オルヴィ:哲学だって素晴らしい学問だろう、人も多くて人気もあるようだしね


アンジェ:…ツラがいいから女子学生がなびいてるだけだと思うけど?


オルヴィ:哲学とは…人生・世界、事物(じぶつ)の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問だ

君はしっかり聞いた方がいいんじゃないか?アンジェ

まぁ…ターゲットが教授として教鞭(きょうべん)を振るっていなければ…だがね


アンジェ:学問は立証された事実の積み重ねでしかない

誰が教えてようが、中身が正しければどうだっていいわ

でも哲学って人によって答え変わるし、正しくても納得できないことが多いし、まどろっこしいし嫌いなの


オルヴィ:どんな学問だって事実が変わる可能性を秘めている

時代が変われば、正しかった論説が覆(くつがえ)ることだってあるだろう


アンジェ:でも、どこまで行っても事実は一つよ


オルヴィ:哲学の答えも各々が導き出した事実だよ

…ふふ、まあ不毛なやり取りはこの程度にしようか


ローベルト:では、次のレジュメを配ります

…お願いできるかな?


リュカ:はい、いただきます


アンジェ:…あいつは?


オルヴィ:リュカ・フェリクス、21歳…オルヴィの助手を務めている

18歳の時にローベルトと出会い、3年間彼を最も近くで支え続けてきたようだ

かなり忠実にローベルトに付き従っていて、周囲からは陶酔(とうすい)しているとまで言われている


アンジェ:さすが、オルヴィ

こういう仕事をお願いするならやっぱりあなたが適任ね


オルヴィ:探偵たるもの情報収集は全ての基本だぞ、アンジェ


アンジェ:一言多いんだから…オルヴィも私の助手なんだから、もっと陶酔してくれてもいいんだけど?


オルヴィ:冗談を言うな、遠慮させてもらうよ


リュカ:…レジュメです

私語は控えるようにお願いします


アンジェ:あ、ごめんなさい


ローベルト:さて、今日は最後に哲学のなかでもメジャーな…しかし、僕が思うにとても重要な人物についてお伝えします

アリストテレス…について

すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する…有名な一文です

知るとは何か…対象を表面的なものにとどまらせず、つきあたるさまざまな問題に対し、その原因や原理までも解き明かしていくことだと言われています

目先の問題を解決していくだけではなく、もっと根本的な…根源的な部分を追及し解き明かし、理解する…

その意識こそが、知恵…知るということなのです…

来週は今渡したレジュメを使って、さらに詳しく授業をします

では…っとその前に、後ろの席に座っている、そこの二人は少し残って下さい


アンジェ:…あ、私?


ローベルト:そう、あなただ

お隣の方もご一緒にね


オルヴィ:…生徒じゃないことは気づかれているようだな


アンジェ:想定の範囲内ね

行きましょうか


(2人はローベルトとリュカの元へ向かう)


リュカ:アンジェリーヌ・ウィンター様、レオ・ベルディ様ですね

本講義は学校関係者以外に開いたものではございません

どのようなご用でしょうか


オルヴィ:申し訳無いが、私はオルヴィだ

レオじゃない


リュカ:…は?いえ、あなたはレオ・ベルディのはずです


オルヴィ:我々はそのように扱われることを好まない

特に私とルドルフはな


アンジェ:はぁ、話がややこしくなるでしょオルヴィ

…なんでこの人は私たちのことを知ってるの…!?

って私がびっくりして盛り上がるシーンなのにぶち壊さないでくれる?

ごめんなさい、面倒くさい奴なの

で、なんで私たちのこと知ってるの?


ローベルト:ははは、随分面白い人たちだ

我々は学者として、知ることを何よりも大切な事項だと考えているのです

この街…いや、この国随一の探偵とその助手のことを知らないなんてことは無いのですよ

改めて、ローベルト・ヴェールです

こちら助手のリュカ・フェリクス


リュカ:よろしくお願いいたします


アンジェ:あなた達は私たちのことは知ってるみたいだから自己紹介は…オルヴィだけで十分ね


オルヴィ:あぁ、私はオルヴィ・ベルディ

ややこしくてすまないな

私の中には後3人いるものでね


ローベルト:なるほど…噂には聞いていましたが、多重人格というものですね…初めてお目にかかる

可能であれば、他のベルディさんにもお会いしたいものですが…


アンジェ:…ローベルトさん、今日は助手の紹介で来たわけじゃない

今調べている事件のことで、あなたの意見を聞きたくて来たの


ローベルト:ほう、どのような?


アンジェ:クロリタート通りの切り裂き魔ってご存知?


ローベルト:もちろん


アンジェ:…どうして彼がそのような行動を取るのか、見解を聞かせていただくことってできるかしら?


ローベルト:それは犯罪心理学の分野では?


アンジェ:あなたが作った団体…知識の泉

探偵としてとても興味があるわ

知識は何にも勝る武器だから

そんな団体がこんな謎に満ちた事件を見過ごすとは思えなくて…調べてらっしゃるのでは?


ローベルト:…面白い話です

しかし、大切な団員を危険に近づけるわけにはいかない

知りたいという欲はあまりにも強い…上に立つ者として正しく御(ぎょ)さなければならないのですよ


リュカ:団体はどんどんと大きくなっていますが、先生は素晴らしい手腕によって団員をまとめています

切り裂き魔のような危険な男に近づく前に、団員を制止するなど容易です


オルヴィ:そうか…であれば、我々が働かなければならないようなことも起きないだろうね

彼に近づくような命知らずは団員にはいないようだからな


ローベルト:お聞きしたいことがそれだけであれば…僕からも一つ質問を


アンジェ:何かしら?


ローベルト:最近世間をにぎわす連続爆破事件…あれをどう思いますか?


アンジェ:曖昧な質問ね

…最初に爆破されたのは、先月潰れた郊外の映画館…次は開場前の博物館…その後は企画展が開催されてる美術館…

徐々に人口集中地区に爆破場所が移動してきていることに市民は気づいてる

いつどこで爆発が起きるかわからない…本当に怖い事件だと思うわ


ローベルト:…僕もそう思います

爆破事件は今後も起こるのでしょうか


アンジェ:起こるわよ


リュカ:なぜそのように言い切るのですか?


アンジェ:企業秘密よ

まだ調査中だし、その爆破場所がわかってるわけでもないしね…


ローベルト:…なるほど…随分と興味を引かれる話です


リュカ:先生…そろそろ


ローベルト:おっと…もうそんな時間か

我々も次の予定があるもので…申し訳ございません


アンジェ:忙しいのにお時間いただいてありがとう

行きましょう、オルヴィ


ローベルト:えぇ、ぜひまたお時間がある際にお話しましょう


――――――――――――――――――


ジャンヌ:…え、ちょっと待ってつまりどういうことですか?


アンジェ:だからクロリタート通りの切り裂き魔は未解決事件になったって言ってんのよ

オルヴィ、そこの砂糖取ってくれる?


オルヴィ:私の分の砂糖を入れてからだ

でないとアンジェは全て使ってしまう


アンジェ:そんなこと無いわよ

ファミレスの砂糖はそんなにおいしくないし


ジャンヌ:いや、砂糖なんてどうでもいいんです!

クロリタート通りの切り裂き魔が未解決事件になったって…ちゃんと説明してください!


オルヴィ:…あまり大きな声を出すな

リュカ・フェリクスは“あの男”と言ったんだよ…

私はクロリタート通りの切り裂き魔を彼と呼んだんだが、二人はそこに言及しなかったしね


――――――――――――――――――


リュカ:…どういうことですか?


ローベルト: 切り裂き魔の身体的特徴は世間的にはまだ何もわかっていない

服を切り裂いているが、力で押さえつけたり、性的な暴行を行った痕(あと)は無いし、外傷も切り傷しかついていないんだ…男である確証はまだ何もないはずなんだよ、リュカ


リュカ:あっ…!?も、申し訳ございません…!


ローベルト:彼らがそのことを見逃してくれるとは思えないし、きっと気づいただろう

どういう目的でやって来たのか…まぁ大方、我々の団体を調べるためろうが…強気な探偵と助手だよ

手伝ってほしいものだな…私たちの実験を


――――――――――――――――――


アンジェ:ここ最近でもかなりセンセーショナルな事件だったでしょ、あの通り魔

危険な犯罪者にまともな感性なら近づかない…団体の方針が知りたかったから軽いジャブくらいの気持ちで聞いたけど…


オルヴィ:藪をつついたら大蛇が出たな

経緯はわからないが、彼らは切り裂き魔を追いかけ、そして接触に成功したことで切り裂き魔を男だと知ったんだろう…しかし、何の問題もなく彼らは生きている

切り裂き魔は何かしらの実験のために彼らに捕まったのではないだろうか


ジャンヌ:それが本当なら、警察よりも高い情報収集能力と実行力と言えますね…

団体で連続殺人犯を捕縛(ほばく)していたとなれば警察の捜査は免れない…そうすれば…


アンジェ:殺してるかもしれないわね

あ、パフェ食べていい?


ジャンヌ:どうぞ…確証が無いとはいえ、きな臭さは増しました

人を何人も殺した殺人犯で実験を行える集団か…

そんなのををまとめているんですからローベルト・ヴェールという男は、切り裂き魔よりも頭のネジが外れているのかもしれませんね…


オルヴィ:全ては推論だけどな…だが、10月28日の大きな実験が爆発事件実行っていうのは少し真実味を帯びたんじゃないか?アンジェ


アンジェ:…自分で言ったでしょ?まだ推論よ

ジャンヌ、あんたは団体内部から探ってもらえる?

多分あんたが警察ってのはバレてるから、直接的に何かして来ないと思うけど…大きな動きは避けてちょうだい


ジャンヌ:わ、わかりました


アンジェ:ジャンヌと私たちが繋がってることが知られるのも時間の問題だろうし…たぶん向こうから近づいてくるわ

やれやれって感じ…楽しくなってきたわね、ジャンヌ


――――――――――――――――――


リュカ:(NA)

…失敗をした

僕のせいで、先生を調べる不敬な者どもに情報を与えてしまった…

先生は真の人間になられるお方だ…僕がそれを邪魔するわけにはいかない…!


ローベルト:…人は進化していなかった頃の人類を猿と呼ぶんだ

でもね…先人達は猿のころから知ろうとした

だからこそ進化し、今の我々の礎(いしずえ)となってくれたんだよ

だが…今の人間は知識を得ることに対して怠慢になっている…何もせずとも多種多様な情報が流れ込む生活をしているからだ…

その情報の流れに迎合していては正しい取捨選択ができない…

猿とはまさに…現代の人間なのではないかと思うよ


リュカ:(NA)

先生はよくそう言っていた

先生は慈悲深い…愚かにも猿になろうとしている人間を高いステージに導こうとしているのだから…

決して邪魔などさせてはいけない…しかし、あの探偵は危険だ…

この国で数々の難事件を解決している…我々の障害になりかねない…


ローベルト:…リュカ


リュカ:は、はい!先生


ローベルト:ジャンヌ・エバンズ…という団員を知っているかな?


リュカ:…先月入った新参の方だという認識ですが…その方が何か?


ローベルト:…団員に今までの実験について詳しく聞いて回っているらしい

小規模のものばかりではあるが実験の参加率もかなり高い…

熱心な団員と言えば聞こえはいいんだけど…何かを調べているんじゃないかと思っているんだ


リュカ:…何かですか


ローベルト:だから“目”を使って調べさせた…彼女はアンジェリーヌ、それからその助手と接触していたよ


リュカ:…それって、ジャンヌ・エバンズはあの探偵たちの仲間ってことですか?


ローベルト:十中八九間違いないだろうね

彼女はアルバン市警の人間だ


リュカ:…警察関係者…ですか


ローベルト:本当にクロリタート通りの切り裂き魔について調べていて、僕らに接触した…?

それか…爆発事件についてか…彼女は次の事件を確信していた…


リュカ:…先生…あの探偵は始末するべきではないでしょうか


ローベルト:いや…まだもったいないよ

彼女は素晴らしい実験材料になるはずだ


――――――――――――――――――――


レオ:…ここが最初の爆発事件の現場ですか?


アンジェ:そうよ…思ったより粉々ね


ジャンヌ:施設の老朽化でもともと脆(もろ)くなっていた柱が折れてしまって、その影響で崩れて行ってしまったようです…

映画館の持ち主はブレンドン・モーリスさん、72歳です


アンジェ:これ…セルロイドフィルムかしら…


ジャンヌ:セルロイド…ってなんですか?


レオ:セルロイドは昔の映画フィルムによく使われていたプラスチック素材です

経年劣化で発熱し…時に自然発火まで起こる危険な物質…過去には輸送途中でのバス内や上映中の映画館で火災が起きた事例もあります

先月閉館したばかりの映画館ですから大量に置いてあったようですね


アンジェ:うへぇ…過去の名作たちが…勿体ない

ジャンヌ…あそこ、窓よね


ジャンヌ:はい、窓ですね…


アンジェ:最初の爆発事件っていつ起きた?


ジャンヌ:え?は、はい!え~っと…


レオ:8月20日ですね

お昼時でした


アンジェ:なるほどね…

あそこの窓…ちょうど日光が入るようになってるわね…


レオ:夏になるにつれて部屋の温度は上昇…フィルムから発火した…とかでしょうか

日の差し込む時間を把握していれば、狙って発火させられるかも


ジャンヌ:でもそれでは火事にはなりますが…爆発はしないのではないですか?


レオ:セルロイドは、密閉空間では燃えたときに爆発性の気体を発生させる

それに引火して爆発を引き起こしたのではないでしょうか


ジャンヌ:ん~…そんなにうまくいくものでしょうか?


アンジェ:行かないでしょうね


レオ:…うぐ、やっぱりそうですか


アンジェ:劣化したフィルム、温度上昇した部屋…それだけで、引火から爆破までを託すには心もとない…

着火するための何かしらの火種が存在しているんじゃないかしら…それが何か考えないといけないわね

他の場所も見に行きましょうか


ジャンヌ:あ、私はちょっと行く場所が


レオ:どこに行かれるんです?


ジャンヌ:知識の泉の会合です

最近団員の方々と一気に仲良くなりまして…一歩踏み込んだ仲ってやつになったんです!

これは取り入るチャンスですから、情報を引き出してきます


アンジェ:ふ~ん…ねえ、もし大丈夫そうならヘルマンニを連れてってくれない?


ジャンヌ:ヘルマンニさんですか?


アンジェ:えぇ、行けそう?


レオ:僕は…たぶん大丈夫そうですが…


ジャンヌ:…聞いてみるしかありませんね

アンジェさんが現場に入ることは他の刑事に連絡しておきますね


アンジェ:…いや、私もちょっと行ってみよっかな

ブレイン様のところにさ

――――――――――――――――――――


ローベルト:すいませんね、コーヒーくらいしか出せず…今日はお1人なのですか?


アンジェ:えぇ、あなたとおしゃべりがしたくって

砂糖とミルクもらえる?


ローベルト:嬉しいですね、あなたのような方にそう言っていただけるのは

砂糖とミルクです…しかし、アイスコーヒーなら、ガムシロップなのでは?


アンジェ:いらないわ、代わりに砂糖を入れるから

ズズ…あ~おいし


ローベルト:それだけ入れたら…ほとんど砂糖の味しかしないんじゃないですか?


アンジェ:いいのよ、それで

いつもはもう少し入れるんだけどね…人様の砂糖だからこれくらいにするわ

あ、これなんだかわかる?


ローベルト:この街の地図ですね…しるしがついていますが…


アンジェ:暇だったから調べることにしたの

クロリタート通りの切り裂き魔について


ローベルト:…ほう?


アンジェ:…しるしをつけたのはここ…ここ…ここ…そしてここ

一見すると共通点はない…でも、こうすればどうかしら


ローベルト:これは?


アンジェ:この街の20年前の地図よ

上から重ねて透かしてみてくださる?


ローベルト:全ての場所に…教会がある


アンジェ:そう、事件現場のクロリタート通りから全て同じくらいの距離にある

だから犯人はあの通りを殺害現場に選んだ


ローベルト:…どういうことですか?


アンジェ:わからない?じゃあ説明するけど、ここからは私の推論よ

…切り裂き魔はキリスト教の敬謙(けいけん)な信徒だった

神を信じ崇めていた

8つの教会を、クロリタート通りを中心として結べば…八芒星(オクタグラム)となる

8はキリスト教では重要な数字なの…彼は人を殺し祈っていた…許されるためにね


――――――――――――――――――――


リュカ:ジャンヌ・エバンズ様…ですよね?


ジャンヌ:は、はいっ!?

そ、そうですが…えっと…リュカ・フェリクスさん…ですよね?


リュカ:はい…本日は会合にお越しいただきありがとうございます

あなたは最近入られたそうですが、かなり熱心だと伺っており、そのような仲間が増えることはとても嬉しいです


ジャンヌ:…あ、あの!

実は…もう一人一緒に会合にお誘いしたい方がいらっしゃいまして…


リュカ:どなたです?


ジャンヌ:私の知り合いで…ベルディさんという方なのですが…


リュカ:ベルディ…?

まさか…そこに立たれているのって…


ヘルマンニ:は…はい…へへへ、あの僕ヘルマンニって言います…

ヘルマンニ・ベルディです…


リュカ:あ、あなた…ほんとにベルディ様ですか?


す、すいません…話しづらいですよね、こんなやつ…へへへ


リュカ:こ、この前と違いすぎて、驚いただけです

失礼いたしました…それで、あなたも会合にご参加したいということですか?


ヘルマンニ:ええ、僕は…その…臆病(おくびょう)なものですから…なんでも試さずにはいられないんです…知らないことは、で、できないですから…そしたら…その、ここの団体では実験し放題と聞きまして…へへへ

なんでも大きな実験も予定されているとか…?

今後の人生の災難を回避できるのならば…ぜひ…参加させていただきたいです


ジャンヌ:彼とは以前に捜査などで協力をいただいた経緯があります

問題のあるような方ではないと保証しますよ


ジャンヌ:(NA)

保証したからどうというわけではなかろうが、同行を許してもらわなければ困る…

ウィンター先生はヘルマンニさんを同行させてほしいと言った

先生は面倒くさがって多くを語らない…しかし必ずその行動には意味がある…ヘルマンニさんは交渉事(こうしょうごと)が得意ではない

同行を許可させるためには私が何とかしなくては


リュカ:ヘルマンニさんは団体の人間ではないですが、知識を求める人間を団体は拒否しません


ヘルマンニ:ほ、本当ですか…!

へへ、ありがとうございます…!


リュカ:はい、是非とも一緒に知識の探究をしましょう


ジャンヌ:(NA)

あれ?意外とあっさりだな…でも、いいぞ!

この雰囲気ならヘルマンニさんも同行させられる!


リュカ:ところでアンジェリーヌ様は…本日はいらっしゃらないのですか?


ジャンヌ:ウィンター先生なら、本日はローベルト教授のところへ行かれているかと思いますが?


リュカ:なんですって…!?


ヘルマンニ:ご、ご存知なかったですか…?すいませんすいません…連絡をしっかりできていなくて


リュカ:い、いえ、わざわざお伝えする義務はありませんので…構いませんよ…


リュカ:(NA)

先生のもとにあの探偵が…!?いったい何のために…?

必ず探偵と助手は一緒に行動する者だと思っていた…先生はなぜ私に黙っていた…?

情報を漏らさぬよう、共有を制限しているのか…?

クソ…先生からの信頼が揺らいでいるということなのか…!?


ジャンヌ:ところで…私たちが参加させていただく会合はどちらで?


リュカ:……


ジャンヌ:リュカさん?


リュカ:あ、いえ!そうですよね!…どうぞ、こちらへ


――――――――――――――――――――


ローベルト:…許される?切り裂き魔は人を殺す…そもそも許されるような行為ではないはずです

それはキリスト教的観点から見ても間違いないでしょう


アンジェ:犯人は命を奪ったんじゃない…捧げたの、生贄としてね


ローベルト:…何のために


アンジェ:だから言ったでしょ?許されるためだと

生け贄が必要なのは、神の正義がそれを要求するからよ


ローベルト:…確かにキリスト教の教えから読み取れることです

神は、愛と正義に反することは行わない…

イエス・キリストは人民を神に救ってもらうべく自ら十字架に張り付けられた


アンジェ:父よ…彼らは自分が何をしているのかわからないのです、だったかしら…キリストは神に訴えた

切り裂き魔も同じよ…生贄を差し出すことで、大多数の人間を救おうとした…8という数字にこだわってね

…「8」は7日間で創った世界のさらに先…神の領域を表している

復活や新しい創造を象徴しているともされているわ

キリスト教の洗礼堂も八角形になっているしね


ローベルト:切り裂き魔は何を何から救おうというのですか?

その動機が判然としなければ、その論説は聞くに値しない


アンジェ:マイルズ・フィランダー


ローベルト:…どなたの名前です


アンジェ:たぶん切り裂き魔よ

防犯カメラなどから、マイルズという男がしるしをつけた場所に通っていたのはわかってる

今も残っている教会の関係者に話を聞きに行ったけど、熱心な信者であると同時に奇怪なことを口走る人だったと言っていたわ

…救いは起こるのではなく、起こすのだ…ってね…8か所の教会で祈りを捧げ、必ず被害者には8つの切り傷をつけ殺す…

並々ならぬ「8」という数字に対する執念…どう?ちょっとそれっぽい推理じゃない?


ローベルト:面白い論説です…本当にそのマイルズ・フィランダーという男が犯人だとして…彼はまだ殺すでしょうか?


アンジェ:どうかしら…?あくまでこれは私の推理だから…マイルズは行方不明でしょ?

でも、5人目が襲われて以降、切り裂き魔に動きはない…

もしこのまま真相が知れなかったら…残念ね、ローベルトさん


ローベルト:アンジェリーヌ先生


アンジェ:何かしら?


ローベルト:あなたは以前来た時に、切り裂き魔について興味を持っているようだった

でも、今日のあなたは暇だから調べてみた…と言った

結局あなたは何のためにこの切り裂き魔を調べているのですか?


アンジェ:…知りたいなら、実験でもしてみたら?


ローベルト:…そうですね、できることなら今すぐにでも


アンジェ:…あ、そうだ、あの爆破事件のあった映画館に行って来たの

これから次の現場に行くのだけど…あなたもどう?


ローベルト:…それは随分面白そうだ

ここで座っているわけにはいかないな…

失礼少し準備をしてくるので…この部屋で待っていてもらえますか?


アンジェ:ええ、いくらでも


(ローベルトがその部屋を出ていく)


ローベルト:さすがは名探偵だな

(ローベルトは、おもむろにスマートフォンで電話をかける)

…もしもし


リュカ:もしもし、リュカです


ローベルト:10月28日の準備は進んでいるかな?


リュカ:はい…滞りなく…


ローベルト:滞りはあるんじゃないかな?

3番倉庫の辺りに


リュカ:き、気づかれていたのですか…!?


ローベルト:…君がやろうとしていることはだいたいわかるからね

今回の実験の主導は君に任せているわけだが…やるからには失敗は許されない

僕には君が必要だからね…リュカ


リュカ:はい…必ずや成功させます…


ローベルト:期待しているよ、それじゃあね

あ、忘れてた


リュカ:…何でしょうか


ローベルト:アンジェリーヌ・ウィンターはマイルズ・フィランダーにたどり着いたよ


リュカ:…そんな!?


ローベルト:それじゃ、頑張ってね…リュカ

……ふぅ、リュカのところにはあの刑事と助手が行ったはずだが

…僕に隠し事とは…恐怖というのは、やはり人を変えるね


―――――――――――――――――――――


ジャンヌ:(NA)

その空間は異常だった


リュカ:では次の実験の報告をします

ベルタ・ペテロヴァ様の実験です…彼女は人を刺してみたかった

合意の上でパートナーとお互いを刺し合ったそうです


ジャンヌ:(NA)

会場は異様な熱気に包まれている

取るに足らない些細(ささい)な実験から、狂気にまみれた犯罪一歩手前のものまで…

団員による様々な試みが発表されていく

団員たちは実験からインスピレーションを受け、新たな実験を思いついているようだ…


ヘルマンニ:なるほど…そんなことが起きるのか…へへ…


ジャンヌ:ヘルマンニさん、感心してる場合じゃないですよ…


ヘルマンニ:どうしてです?


ジャンヌ:どうしてって…人を刺し合うなんて…正気じゃないでしょ…!?


ヘルマンニ:…そうですね…でも…もし、僕がナイフを渡されて…ここにいる人たちを刺しても罪に問われないのならば刺します…


ジャンヌ:何を言ってるんですか…!?


ヘルマンニ:そうじゃないと…人を刺す経験なんてできないですから…へへ…

あ、気持ち悪いこと言いましたよね…すいません…


リュカ:みんなが理性で生きています


(リュカがそっとジャンヌの耳元で声をかける)


ジャンヌ:ひっ!?


リュカ:人間は長い長い歴史を理性で作り上げました…

様々な規則や、法律、口約束、その場の空気や社会通念…様々な要素がこの世界を築いている…

理性の反対は何か…幻想、野性、盲目、本能…人によって様々でしょうが、総じて我々が失ったもの…

それが我々の持つ知識の泉を枯らしてしまうのです

あなたにもあるのではないですか?どんな咎(とが)めも受けないのならば…試してみたいことが


ジャンヌ:…そうかもしれません…でもまだ、私の理性が邪魔をしているようです…


リュカ:そうですか…まあ、いきなり割り切るのは難しいことも事実…

その点、ヘルマンニ様は知識欲にとても忠実ですね


ヘルマンニ:ぼ、僕は…生きているだけで…不安に押しつぶされそうですから…

事実として知ってることが多ければ多いほど、あ、安心するので…へへ


リュカ:それもまた正しいと、私は思います

相手が知りえない情報を掴むこと…それはとても重要なことですから

ね、ジャンヌ様


ジャンヌ:…知りえない情報ですか?


リュカ:例えば…ジャンヌ・エバンズ様

アルバン市警勤務…26歳、身長163㎝、体重54キロ

就任以来数々の未解決事件を解決され、若くして警部補となった逸材…

しかし、その栄光の陰には必ずある探偵の名前があった

連続爆破事件について調べており…犯人組織の有力候補としてこの知識の泉をあげている


ジャンヌ:(NA)

しまった…!団員たちがざわついている…!

いや、ざわついているなんてもんじゃない…怒っている…!?

まだ団員として日が浅い私を、警察関係者と知っていながら会合に呼んだのはこのためか…!

多くの団員の前で団体に仇名(あだな)す者だと知らしめ、立場を危うくするための罠だったんだ…!!

リュカ・フェリクスは最初から私たちのことを組織の敵だと知っていた!!

もしかしてウィンター先生が何かを掴んだ…?だから私たちも口封じのために…!?


ヘルマンニ:あんまりよくない状況ですよね…リュ、リュカさん…これって…何かの実験…とか、だったり…します?


リュカ:あぁ、いいですねそれ…「リズム0」の再現でもしてみましょうか?


ジャンヌ:…リズム0って…おわっ!?


(突如団員の一人がジャンヌに殴りかかる)


ヘルマンニ:…き、急に団員が殴りかかって来ましたよ!?


ジャンヌ:何をするんです!


リュカ:ふふ…団員の皆さま!

ここにいる二人には何をしてもかまいません!!

楽しい実験と行きましょう!!


ジャンヌ:…に、逃げましょう!ヘルマンニさん!


ヘルマンニ:は、はい!!


――――――――――――――――――――


アンジェ:…この美術館も一緒ね…2か所目の博物館と同様に可燃性のガスが検知されたけど…引火させるために火種になった物がわからない


ローベルト:ガスは無色透明の天然ガスだったから来館者や関係者は気づけなかった…


アンジェ:火種を投げ込めそうなのは…あそこの窓だけね


ローベルト:でもここも、さっきの博物館も窓の位置は随分高い場所に作られている…

火種を投げ入れるには随分骨が折れそうですね


アンジェ:最初に映画館はフィルム…博物館は紙だの布だの燃えやすいものはいくらでもある…そしてここでは油絵の企画展…


ローベルト:油絵の具はよく燃える…火事を起こすにはぴったりでしょうね


アンジェ:何で火をつけたかさえわかれば、この爆破事件のトリックはわかる

トリックがわかれば次の爆破場所を予想できる…ん?


ローベルト:どうしましたか?


アンジェ:なんだかここの瓦礫…焦げ跡に違和感があって…煙草を押し付けたみたいな


ローベルト:…前も聞きましたが、なぜ爆破事件は起きるのだと明言されるのでしょうか?

何か明確な理由が?


アンジェ:…勘よ


ローベルト:勘…ですか?


アンジェ:えぇ、この爆破事件には思想に近い物を感じる…

でも、この犯人はまだ何も為していない

そんな気がするだけ


ローベルト:…なるほど、その勘で難事件を解決してきたのですか?


アンジェ:いいえ?勘なんてあてにしたくないわ?

私、自分のことそこまで好きじゃないもの


ローベルト:…その割には、自信満々に見えますが?


アンジェ:事件は事実の積み重ねの後に起こるものだから…

さて、もう調べられる分は調べたわね

…一旦ジャンヌ達と合流しようかしら……電話に出ない…?


ローベルト:おや?どうされましたか?


アンジェ:…いいえ、私の可愛い助手がちょっと頑張ってるだけよ

あんたの助手も頑張ってるみたいだけど?


ローベルト:そうですか…行かなくてもいいのですか?


アンジェ:いい提案ね…腹立たしいわ


――――――――――――――――――――


ヘルマンニ:はぁ…はぁ…はぁ…!

…大丈夫ですか?


ジャンヌ:何とか…でも携帯を落としてしまいました…

団員たちはまるで暴徒にでもなったようです…どうしてこんな…


ヘルマンニ:リズム0です…


ジャンヌ:さっき言ってた…それ何なんですか?


ヘルマンニ:し、史実で最も過激と評する人も多いアーティスト、マリーナ・アブラモヴィッチが手掛けたパフォーマンスです…

6時間の間、自らがマネキンとなり、用意した道具を自分に対して自由に使用することを許した…

道具には、薔薇の花や、鳥の羽でできたはたき、ろうそく、はさみに大小の鎖、ベルトなど…さ、様々でした

中にはナイフや、じ、銃弾が入った拳銃なんてものもあったそうです


ジャンヌ:そんなもの生きてる人に使うわけないじゃないですか…まともじゃないですよ!


リュカ:そう…まともじゃないんです…マリーナ・アブラモヴィッチという女性は


ジャンヌ:リュカ・フェリクス…!?


リュカ:うまく隠れてましたね

どうやってこんな場所見つけたんです?


ヘルマンニ:ぼ、僕がこの施設の地図を見たことがあったので…へへ…


リュカ:そうですか…まるで籠の中の鳥…いや虫でしょうか

どうです?マリーナの気分を味わってみて


ジャンヌ:マリーナの…気分…?


リュカ:マリーナのリズム0…観客も最初は頬にキスをしたり、花を握らせたり和やかなものだったそうです

一人の男性が彼女の服をハサミで割(さ)いて脱がせたるまでは…


ジャンヌ:なんですって…?


ヘルマンニ:本当のことです…他の観客も呼応するようにマリーナを鎖でつないだり、ナイフで、き、傷つけたりするような過激な行動が目立ち始め、最終的には弾の入った銃弾まで突きつける方まで出ました…


リュカ:そういった暴挙を止めに入る観客とそれを否定する観客が暴動を起こし、会場は混乱状態に陥った…

6時間の恐怖を耐えきったのち、彼女の髪は一部白くなり、泣き崩れたそうです…

…人は自らが責任を負わず…また集団であればどんな残酷なことも成し遂げてしまう

今、団員たちがあなた方を排除しようとするようにね…

…皆さん!ここにいましたよ!


ジャンヌ:くそっ…逃げましょう…ヘルマンニさん!!


ルドルフ:…俺をあんな軟弱者と一緒にするんじゃねえ


ジャンヌ:…えっ!?


ルドルフ:逃げんじゃねえ…正面切ってぶっ飛ばしてやる!

俺はルドルフ・ベルディだ!!


――――――――――――――――――――


ローベルト:人の恐怖を試したいんだ


リュカ:(NA)

先生はふとそう言った


ローベルト:例えば唐突に街中で爆発事故が起こる…

時間をおいて複数の場所で起こる…徐々に爆発は自分の生活圏に迫って来る…みんなは怖がるだろう?

いつ自分の近くで爆発が起きるかわからない…そんな極限の恐怖体験は…人間にどんな作用を及ぼすと思う?


リュカ:(NA)

楽しそうな先生を見たときに、私は思った

…この世界を先生のための実験場にしなければ


ローベルト:ワクワクするね…リュカ


リュカ:はい、わくわくしますね…先生


リュカ:(NA)

しかし…その探偵は現れた


ローベルト:あの探偵は危険だと思うよ

なんたって彼女には恐怖が無い…


リュカ:恐怖が…ない…?

そんなことあるのですか?


ローベルト:簡単な話だ

入念に積み上げられた仮説と実証…そこから導き出される事実

その事実のバックボーンが彼女を支えている

不測の事態というものがない…だから何においても怖くない


リュカ:…あの探偵が我が団体の害になるのならば…消すしかありませんね


ローベルト:…そう思うなら、そうなのかもね

でも僕は気になるな…一体彼女が何に恐怖するのかが


――――――――――――――――――――


リュカ:(NA)

そう、こいつらは害だ…

でも先生の言葉で私の新たなテーマが決まった


ルドルフ:…なんだ、もう終わりか?

殴りかかるなら殴り返される覚悟が足りなかったみたいだな


リュカ:やれやれ…これ以上団員に危害を加えるのを黙って見ているわけにはいきませんね


ルドルフ:よく言うぜ、たった二人に何人けしかけるつもりだ

…ジャンヌ、まだやれるか?


ジャンヌ:はぁ…はぁ…ルドルフさんと2人ならなんとか…伊達に警察で鍛えてるわけではありませんよ…!


リュカ:やれやれ、ここでお二人を自由にするわけにはいきません…私が相手をしましょう


ルドルフ:お前がか?へへ、後悔しても知らねえぞ


ジャンヌ:ここであなたを止めて見せます!


リュカ:私はこんなところで止まるわけにはいかないのです…決してね


――――――――――――――――――――


ローベルト:実験記録1007…

実験対象の心身には今までには無かった負荷がかかることで、新しい反応を示している

これはいい傾向だ…

対象が取る行動は以前よりも大胆になっている

このまま実験を続ければ新たな発見もあるだろう…期待して待つことにする


――――――――――――――――――――


リュカ:…アンジェリーヌ・ウィンター様

本日はどのようなご用向きでしょうか?


アンジェ:かっこつけんじゃないわよ

ベルディとジャンヌに何をしたの


リュカ:何のことかわかりかねますが…お呼びいただいて嬉しいです

ちょうどよかったので


アンジェ:何のこと?


リュカ:ちょっとお待ちを…3、2、1


(遠くで聞こえる爆発音)


アンジェ:…っ!?この音は…爆発音…!


リュカ:予定通り、吹き飛びましたね

しっかり確認したとしても、いつもこの瞬間はドキドキするんです

…中央病院の駐車場で爆発したはずですが…けが人が出ても病院の前ですし人は死なないでしょう

しかし…次の爆発は確実に人が死ぬ予定です


アンジェ:やっぱりあんたらが犯人だったわけか​

ジャンヌの読みは正しかったってことね


リュカ:おや、推理されたのはジャンヌ様でしたか

意外でしたね


アンジェ:あの子はなんやかんやで優秀だもの…次はどこで爆発するか答えなさい


リュカ:答えません

それは実験の本懐(ほんかい)ではない


アンジェ:そう、一応聞いてみただけよ


リュカ:いつまで続くのでしょうかね…そのすまし顔は


アンジェ:さあね…どうして爆破事件の犯人が自分だとばらしたの


リュカ:爆破は我々の実験です…そして、その実験をするにあたって、あなた達が邪魔なのです…アンジェリーヌ・ウィンター

…あなたマイルズ・フィランダーにたどり着いたそうですね…どうせ詳細までわかっているのでしょう?


アンジェ:えぇ…クロリタート通り周辺で切り裂き事件が発生した日の防犯カメラを調べたわ団体上層メンバーとみられる人間が映っていた…

当日の警察の警備配置と照らせば、行動ルートは自ずとわかる

マイルズらしき死体が埋まった場所も見つけた…解決は時間の問題よ


リュカ:やれやれ、簡単に言ってくれる

自ずとわかるなら警察は捜査に時間をかけたりはしません

はぁ…切り裂き魔には困っていました

彼がいると我々が行う実験の主旨が薄れてしまう…だから邪魔者を排除したはずなのに…そこからあなたという邪魔者が現れた

しかし、有効活用する方法があるならば…それは模索するべきでしょう?

だから私はあなたを実験に加える…そのためにこうしてあなたの目の前で爆破してあげたのです


アンジェ:あなた達がやってることはただの殺人と破壊行為よ

何もわかることなんて無い


リュカ:いいえ…そんなことはありません

人間は恐怖というものに並々ならぬ感情をお持ちなのです

恐怖が人を変える…

古代の人間は巨大な獣に恐怖し、武器を作り出した

遥か昔の先人(せんじん)達は神に恐怖し、宗教を作った

病気、災害、戦争…様々な恐怖に対抗する手段を手に入れようと、人間は知識に手を伸ばし…進化してきた

恐怖こそが人を進化させる…恐怖の積み重ねこそが人間をここまで連れてきたのです

だからこそ、緩(ゆる)み切った人間に強い恐怖という刺激を与え…どんな進化を促すのか見定める

それが…それこそが悲願!!この爆発事件という実験を行う目的です!


アンジェ:…そんなに怖がらせたいなら、ホラー映画でも撮ってればいい


リュカ:恐怖にはリアリティが必要です…それに、そんなものでビビるあなたではないでしょう

明日は10月28日…仕掛けられた爆弾が爆発すればこの街を恐怖にたたき落とす…

人々はこの恐怖を乗り越えるために知識を求めることでしょう…!生存するための知識を…

アルバンの人間はこの世界の人類の中で最初に新たな進化の一歩を踏み出すことになる!!

それはあなたにも分け隔てなく訪れる


アンジェ:私は怖がりなんてしない…あんた達をブタ箱にぶち込むまではね


リュカ:ふふふ、アンジェリーヌ・ウィンター…街、罪なき市民、そして…大切な相棒を失う恐怖はあなたに一体何を与えるのでしょうね…

次の爆弾の爆心地には大切な相棒達を閉じ込めています


アンジェ:だからジャンヌ達を…!はぁ…かわいそうな人ね


リュカ:なんですって?


アンジェ:そんな実験しなくても、人は前に進める

その強さを…進化の歴史を…何も知らないなんて、かわいそうだって言ったのよ


リュカ:…そうですか、それはこの後証明されます

爆弾は明日の18:00ちょうどに爆発します

あなたに良き恐怖が訪れることを願っています…では、ごきげんよう


(リュカは素早くその場から立ち去る)


アンジェ:ちっ…はぁ、上白糖持ってくるんだった


――――――――――――――――――――


ジャンヌ:くっ…ぐぬぬ…!ぬあ~!!

はぁ…はぁ…駄目だ…ドア開きませんね…

ここはどこなんだろう…


ルドルフ:…さぁな、施設からは離れてないと思うが…

悪いな…助けきれなかった


ジャンヌ:(NA)

リュカさんは想像を絶する強さであり、ルドルフさんはあっという間に地面に倒されスタンガンで気絶させられることになった…無論、私も

そして気がつくと、どこか狭い部屋に閉じ込められていた…


ジャンヌ:私の本分は市民を守ることなのに、あなたを守れませんでした…私だって鍛えていたのに…謝るのはこっちです

しかし、急にこんなわかりやすい実力行使に出るなんて…一


ルドルフ:俺らを確実に始末できる算段がついてるんだろ

たぶん…あれだけどな…


ジャンヌ:え…あれって!?


ルドルフ:たぶん…爆弾だな


ジャンヌ:ですよね!?


ルドルフ:…あのパーツ…エラトリアスコーポレーション製のやつか


ジャンヌ:…なんですかそれ!?


ルドルフ:解除が難しいって有名なやつなんだよ

ヘルマンニがそんなこと言ってた


ジャンヌ:やばいじゃないですか…!?


ルドルフ:あぁ、やばいな

…薄暗くて黒塗りの壁、狭くて天井の高い部屋…窓はあの一か所か…


ジャンヌ:高いですね…とてもじゃないですが上がれません


ルドルフ:そうだな…ったく、面倒なことになったぜ


ジャンヌ:ここは喫煙所でしょうか?


ルドルフ:なんでだ?


ジャンヌ:ここの壁に煙草の消し痕見たいのが


ルドルフ:ほんとだ…でも消し痕だとして壁で消さないだろ普通


ジャンヌ:それは…そうですね…一体何のあとなんだろう…

それに…あの爆弾をなんとかしないと…


ルドルフ:得意な奴に任せるか…


ジャンヌ:ルドルフさん?


ヘルマンニ:こ…この爆弾の基盤…見たことあります…


ジャンヌ:うわっ!?へ、ヘルマンニさん!?


ヘルマンニ:お、驚かせて…すいません…へへ…


ジャンヌ:い、いえこちらこそ…この基盤がどういうものかわかるんですか?


ヘルマンニ:み、見たことがあるので…

…ん?あ、ちょっと待ってください

はい、へ、ヘルマンニです


アンジェ:あ、やっと出た


ヘルマンニ:あ、アンジェリーヌ先生…すいません、今どこかの部屋で捕まってて…


アンジェ:わかってるわ、連絡取れないしそんなことだろうと思ってた

逃げれる?


ジャンヌ:ウィンター先生!?

ど、どうやって連絡を!?

私たち携帯持ってないのに…!?


アンジェ:ジャンヌうるさい、それは私が作った通信機よ

送信出力が強いかられなりの距離でも連絡ができる代物なの、凄いでしょ


ジャンヌ:それって免許ないと使用不可な奴では!?


アンジェ:そんなこと言ってる場合?

逃げれるかって聞いてるの


ジャンヌ:ちょっと逃げるのはむずかしいかもです…!なんかこの部屋焦げ跡が付いた壁くらいしかないですし…それに…


ヘルマンニ:部屋の中に爆弾があります!

エラトリアスコーポレーション製のやつ


アンジェ:あぁ、あの特徴的な基盤の奴ね…

なら解除できるはずよ…見せたことあるもの


ジャンヌ:(NA)

レオさんはベルディの主人格であり、優しく心遣いに溢れた人物だ

しかし、レオさん以外の人格が出ているときは脳の一部に活性化が起きているらしい

ルドルフさんが出ている間は運動を司る小脳の活性化が起こり、通常よりはるかに高い運動能力を得られる

オルヴィさんは、前頭葉前半部の活性化に伴い高い思考力を得られる

そしてヘルマンニさんは大脳皮質と海馬…一度見たり聞いたりしたものをすべて記憶し、呼び起こすことができるのだ


ヘルマンニ:え、あ、解けるんですか?

わかりました、やってみます


アンジェ:ジャンヌ


ジャンヌ:は、はいっ!


アンジェ:解けなくてもいいからその通信機で定期的に連絡しなさい

私から返事が無くてもよ、いいわね


ジャンヌ:…は、はい!


――――――――――――――――――――


アンジェ:ふぅ…あ~!まずいまずいまずいまずいまずい…!

次の爆破場所なんて全くわかってない!!考えろ…考えろ…考えろ…!!

さっきのトランシーバの出力でヘルマンニ達の場所はわからなくともだいたいの距離はわかる…

先にその位置を特定すべきか…待て待て、落ち着いて考えるのよアンジェリーヌ・ウィンター…

真実は一つしかない…今までん全ての情報から、真実を導き出すの…!

思い出せ…最初に爆破されたのは、個人経営の映画館…次が博物館で…その後が美術館…そして病院…!

何か引っかかったことは無かったか…!?私が見落とした…何かが!!


――――――――――――――――――――


ローベルト:…リュカ


リュカ:はい、先生


ローベルト:アンジェリーヌ・ウィンターはこの爆破事件を止められると思うかな?


リュカ:これから吹き飛ぶ場所もわからないのに止めようがあるとは思えませんが…


ローベルト:そうだね…僕としては全てを諦めて泣きついてきてくれると大成功なんだけどね…


リュカ:必ずやそうなります…そして、全てを失う瞬間の恐怖に歪んだ顔を先生に見せることになるでしょう


ローベルト:随分な自信だね


リュカ:そのために準備をしましたから…

私は最終の調整をしてきます…それでは


ローベルト:あぁ、楽しみにしてるよ…リュカ


――――――――――――――――――――


ヘルマンニ:はぁ…はぁ…はぁ…


ジャンヌ:大丈夫ですか…ヘルマンニさん


ヘルマンニ:…大丈夫です

もう少し待ってくださいね…あと少しで…解けると思います…


ジャンヌ:(NA)

“瞬間記憶能力”…言うのは簡単だが私たちが九九をそらで言えるように…彼はスパコン並みの情報を掴む処理しているに違いない

そんなことをずっと続けて消耗しないわけがない


ジャンヌ:ヘルマンニさん…少し休んでください

もう何時間も解除を続けています…このままでは倒れてしまいますよ!


ヘルマンニ:…だめです


ジャンヌ:だめって…!


ヘルマンニ:僕は…言われたことしかできないんです…へへ…

だ、だから、やるしかない…

いつこれが爆発するかも…わからない…ですし

解除が間に合うかもわからない…

ただ…アンジェリーヌ先生が解けると言った…先生は無駄な嘘は言わない…

僕が…せ、先生はを嘘つきにはできません


ジャンヌ:(NA)

…私は警察だ

身を挺して市民を守るのならば…それは私の役目だろう

なのに…今私は何もできない…なんて悔しいのだろう…!


――――――――――――――――――――


リュカ:…17時59分…結局アンジェリーヌ・ウィンターからなんの連絡もなかった

諦めたのか…?

まあいい、このスイッチで全部わかることだ

さようなら愚かな邪魔ものども…起動!!

……なぜだ!?爆発…しないぞ!?


アンジェ:無駄よ…その機械じゃ、爆発なんて起きはしない


リュカ:アンジェリーヌ・ウィンター…お前!?どうしてここに!?


アンジェ:大学工学部の炭酸ガスレーザー…

それが起爆のスイッチなんでしょ…リュカ・フェリクス


リュカ:な…何の話ですか?


アンジェ:今更隠したって無駄よ…ヘルマンニ達の話に違和感があった…よく考えたらおかしいじゃない

私の助手は優秀だから爆弾を解除しようとする…私はそれに引っ張られてヘルマンニ達がどこにいるかを考える…

でも実際に爆弾を解除されたら元も子もない…私ならそんな馬鹿な真似はしない

つまり…私の助手が解除しようとしたものは爆弾じゃない


リュカ:…それが本当だとして…どうしてここに来ることになるんだ!


アンジェ:爆破の方法に気が付いたのよ


ローベルト:…興味深いな…その話、僕も聞かせていただきたい


リュカ:先生!?


アンジェ:ローベルト教授…どうしてここに?


ローベルト:僕が所属する大学構内に僕がいて何がおかしいですか?

それより、早く続きを聞かせていただけませんか

とてもとても気になっているんです


アンジェ:いいわ…最初の現場だった映画館に大量に置かれたセルロイドは発火すれば可燃性のガスを発生させる、博物館や美術館では無色透明の天然ガスがエアコンを通じて混入されていた

つまり、爆発の危険性がある気体で満たした空間に引火することで事件を起こしていた

その引火方法全ての爆破場所でネックだった…

そこで使われたのがその炭酸ガスレーザーよ


ローベルト:いや、その理屈はおかしいでしょう

ここから炭酸ガスレーザーを発射したとしても、現場まで届くわけがない

それにレーザーは一方向(いちほうこう)にしか進めない

どの現場も、レーザーを刺しこめそうな窓は高い位置に少ししかなかった

どうやったと言うんです?


アンジェ:炭酸ガスレーザーはアルミ素材で95%反射できる

金ならほぼ100%よ

それをいくつか設置して、離れた場所からレーザーを照射した…

発射されたレーザーは反射して目的地に届く


リュカ:証拠はどこにもない…あなたの妄想だ!!


アンジェ:そうかしら…爆破場所が徐々に市の中心地に近くなっていったのは、爆破事件に注目が集まった時にこのレーザー装置を移動させると、警察にばれる可能性が高まるからでしょ

事実、このレーザー装置の持ち出し申請が何度かあったわ…全て爆発事件の直前にね…

それにこの大学の近くから近隣施設に鏡みたいなものが点々と設置されていたわ

さっきあなたが発射したレーザーはちょっとずつ角度を変えておいたからどこかに飛んでったんでしょうね


リュカ:そんな…馬鹿な


アンジェ:工学部の教授も知識の泉の団員だったみたいだし…まだ言い逃れしてみる?

リュカ・フェリクス


リュカ:…それは


ローベルト:…やはり悪事と言うのはバレるものなんだね

大人しく投降することをオススメするよ…リュカ


リュカ:…ローベルト先生?


アンジェ:あなた、何言って…!?


ローベルト:僕の管理不行き届きでとても申し訳ない…

僕の助手がこのような愚かな事件を起こしたこと…とても心苦しく思う


アンジェ:あんた…全ての罪をこいつに押し付けるつもり!?


ローベルト:ご冗談を…僕がこの事件に関わったという証拠は…あるのかな?


アンジェ:それは…


ローベルト:…リュカ…君みたいな人間はもういらない

大人しく法の裁きを受けるといいよ


リュカ:…先生…あなた、まさか…!?

私を…切り捨てるのですか…?


ローベルト:…切り捨てる?

罪を犯した人間を近くに置いておかないことは…社会通念上普通のことで無いのかな?


リュカ:なるほど…それが私の最後の役割…というわけですか…

ふふふ…はははは…はははははは!!

アンジェリーヌ・ウィンター!!全てお前のせいだ!!

もう私はここで終わり…終わりなんだ!!

だからせめて、お前の大事なもん全部ぶっ壊してやる!!


アンジェ:なんですって…!?


リュカ:お前の助手を捕まえてる部屋もな…このレーザーで爆発させられるようになってんだよ!!

ふふふ、ただのミスリード…?

いいや違う!!あれだって立派な爆弾さ!!

ただの目くらましだと思ってたのかよ…!!違う!!違うんだよ!!馬鹿が!!

はははははは!!お前も大事な物を全て失え


アンジェ:やめなさい!!

リュカ:後悔してももう遅い!!おらぁ!!


ローベルト:……

リュカ:…

アンジェ:…


ローベルト:…何も…起きないようだが?


リュカ:…そんな…どうして…!?


レオ:いやぁ…頑張りましたので


ジャンヌ:ほんとですよ


アンジェ:レオ!!ジャンヌ!


リュカ:お前!どうしてここに…!


レオ:先生は大変合理的ですので、こういう二段構えは得意じゃないんです…

爆弾はヘルマンニが解除しました…まぁ正確には爆発性のガスを噴出する時限式のボンベだったわけですが…

あ、違うか…聞かれているのは何でここにいるかですね


ジャンヌ:アルバン市警が大変優秀ということです!

ウィンター先生が作った通信機から発せられる不審な電波を感知したアルバン市警本部が私たちの居場所を見つけ出して、部屋から出してくれたんです!


アンジェ:よかった…警察なら見つけてくれると思ってたわ…

まぁ、後から警察に怒られるパターンだと思うけど…


ジャンヌ:そんなことより…リュカ・フェリクス!!

あなたを連続爆破事件の容疑者として逮捕します!!


リュカ:そ、そんな…嫌だ…先生…!!私は…まだ…まだ何も為していないのに…

ローベルト先生!!嫌だ!!離れたくない!!先生!!先生!!

私がいないと駄目なはずだ!!捨てるなんてそんなことしないはずですよね…!!

先生~~~!!


――――――――――――――――――――

(警察に連れていかれるリュカを見つめるアンジェたち)


ローベルト:…知識の泉は解体になるでしょうね


アンジェ:…あなたの本当の実験対象は…リュカ・フェリクスだったのね


レオ:どういうことですか?


アンジェ:…あなたは長い時間をかけて、リュカ・フェリクスを陶酔させ…一気に突き放すことでその反応を見ようとした…違うかしら?


ローベルト:はは、面白い話ですね


アンジェ:私は…あなたがキリストだと思っていた

何もわからぬ民衆のために、導きを与える者だと…でも違った

キリストはリュカ・フェリクスだった

あなただけのキリストだけどね…

何も知らぬあなたに…実験結果を与えるためリュカ・フェリクスは十字架にはりつけにされたのよ…


ローベルト:…僕はね…感情というものが欠落している

楽しい、悔しい、悲しい、嬉しい…人間を人間たらしめる感情が…あまりにも希薄なのです

だから知りたい…人間が様々なシチュエーションで抱く感情…というものを

でも、だいたいは調べ終えてしまいました…だから特殊なシチュエーションを調べたいと思っていました

リュカは私の右腕で…私無しでは生きていけないほどに依存していた

そんな彼が私に捨てられ、牢に入れられたとき彼はどんな気持ちを抱くのでしょうね


レオ:人間は人間で実験なんてしない…!

カゴに入れた虫をつついてる子供とあなたは何も変わらない!!

…どうしてお前みたいなやつがのうのうと生きているんだ…化け物め…!!


ローベルト:ふふ…あなた方は本当にたくさんのことを僕に教えてくれる

…どうか死なないでくださいね


アンジェ:あなたは死んだ方が世のためそうね


ローベルト:かもしれませんね…また会いましょう、アンジェリーヌ・ウィンターさん、そしてベルディさんたち…


(ローベルトはその場から歩き去っていく)


アンジェ:最悪ね…また会うことになりそう


レオ:…その時は捕まえましょう

これ以上悲しい被害者が増える前に


アンジェ:そうね…あいつが実験を続ける限り、私たちは戦うしかない…

だって私たちは、探偵だもの


続編はこちら
https://note.com/executivesoda/n/nc1f08cd0f009?sub_rt=share_b

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