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車椅子を押して貰いながら聞く「今日のおやつ」


始まりは、本当に、本当に少しの違和感。
たぶん、自分の「気にしいな」性格のせいで、気になるだけで、本当は何ともないんだろうって、心の底では本当は心配していなかった。

数日前から、何となく股が湿っている感じがしていた。
検索すると、「おりものが増える」ことや「破水」による可能性があると出てくる。

ほぼほぼ前者。だから緊急性は無いし、
そもそも安定期に入ったばかりで、体調も良く、お腹の張りなんかも全然無かった。

ぽたぽたと水が落ちてくる感じもなく、ただ湿っていた。
心配してしまうのは、それに粘稠性が無く、なんだか自分の知っている「おりもの」とは違う気がしてしまったから。


数日後、検診のタイミングで先生に伝えてみた。
先生は、「見た所は全然分からないし、あなたが心配しているのはきっと羊水が出ているかどうかということだと思うけど、かなり確率は低いし、今の時点での検査は保険外になるけれど、、やる?」と聞いてくれた。

もし、ここでこの言葉が高圧的なトーンで語られていたら、私は「あ、すみません!何か心配性で、、でも大丈夫そうなら、いいんです!」とこれからまだ長く続く関係性の前に、「面倒くさい患者」になることを恐れて、そんな風に答えてしまったかも知れない。

でも、実際この言葉は心配そうに私を見つめながら、丁寧に優しく語られて、「やる?」の後に、少し迷う私に、「心配ならやるよ!」とも言葉を添えてくれた。


その検査は、股に尿検査の時のような紙を入れて、時間をおいて羊水成分が検出されるかどうかという簡単な検査だった。(チェックPROMという)

検査をして、しばらくして先生の所に呼ばれる。
「大丈夫だったよ」の言葉しか予想していなかったから、「陽性でした、、羊水が漏れている可能性が高いので、このまま入院になります。しばらく歩くことは禁止になります」という結果と、看護師さんが慌ただしく、車椅子や入院手続きの準備をし始めるのをみながら、私はふわふわした気持ちで「入院って、初めてだ、、」と思った。

小さい頃の台風みたいに、ちょっとした高揚感も手伝って、その時はまだショックを受けていなかったけれど、病室で導尿されて、トイレもお風呂もダメ、ベッド上での絶対安静を命じられて、事の重大さを徐々に認識していった。

ベッドに横たわり、渡された「入院診療計画書」をふと見ると、病名に「前期破水、切迫流産」と記載があり、混乱した。

流産、、?
今さっき、エコーで元気に動いていて、「問題ないですね」と言われたばかりなのに。今もお腹に、生きている、はずなのに。

慌てて、震える手で検索する。
私のイメージでは「流産」というと、もう赤ちゃんが助からなかった後のことだけを指すものだったけど、その手前の危うい状態のことも含まれると知った。

不思議なほど、安心した。
危うい状態に変わり無いけれど。
まだ、生きている、それだけで嬉しかった。


妊娠20週目の出来事だった。
安定期に入って、夫との近場の旅行を計画していたり、友人と会う約束をしていた。そんな平和な日々が一気に遠のいて、夢みたいに感じる。

ベッドで天井を見つめ続けて、夕方になった。挨拶に来てくれたテキパキした師長さんに、すがるように尋ねる。
「羊水が漏れる量が急に増えたらどうなるんですか?赤ちゃんは大丈夫でしょうか、、?」


「22週未満は流産となるの、、だからといって、22週になってすぐでも、、まだ赤ちゃんは十分に育っていないから、かなり厳しいの、、とにかく、動かないで、安静にね」


それからの2週間は、毎晩のように涙した。

何がいけなかったのか、もっと早めに受診した方が良かったのか、、赤ちゃんは苦しくないのか、、
私は結局、赤ちゃんを授かれないのか、、

そして病室の天井を見つめる日々。
途中、羊水の急激な減少なども見られなかったため、導尿から部屋のトイレを使えるようになったり、テーブルと椅子でご飯を食べられるようになったりした。

22週を迎えた時、本当に本当にほっと、した。
まだまだ長い道のりだけど、その節目はとてつもなく大きい。もしものもしも、赤ちゃんが出てきても、出してあげなくてはいけなくても、延命措置が受けられる、22週。



それから、入院期間はなんと約3ヶ月にわたった。
エコーで確認出来る羊水の量は問題なく、1週間に1回チェックPROMをしたけれど、毎回陽性になり続けてしまったのだ。

けれど、お腹の張りも無く、羊水の急激な減少も変わらず見られないということで、途中でシャワーに入れるようになった。

看護師さんが、車椅子で病室に迎えに来てくれて、シャワー室に向かう数分が私の一日のうちの「外出」だった。

「シャワーの時間です。」
「着きました。終わりましたら、コールを押してください。」
が定型文で全員が言う言葉、だけれど。

その看護師さんは、
車椅子を押しながらずっと笑顔で「お喋り」をしてくれた。

「や〜!○○さん、お迎えに来ました!
今日も白くて、お肌が綺麗!」

「外は暑くて、来るまでに汗がだらだらなんですよ!エアコンの効いた室内が一番です!でもベッドに居ても汗をかくから、シャワーですっきりしたいですよね!シャワー、いってらっしゃ〜い!ゆっくりでいいですからね!」

「シャワー、お疲れ様でした!気分は大丈夫ですか?ずっと横になっていると、筋力が落ちて疲れやすくなるでしょう?気をつけてくださいね。」

そうだ!今日のおやつは、美味しそうなケーキでしたよ!もうすぐ、運ばれてきますからね〜!それまでゆっくり休んでいてくださいね〜!」

一日中、一人で病室に居て、ベッドに寝たきり。
しかも不安と背中合わせの私。

ネットで、赤ちゃん用品を買おうとしながら、
もしも、のことを考えて、中々クリックさえ出来ない私。



そのやさしさに、救われた。


ケーキが嬉しいんじゃない。(嬉しいけど!)
今日のおやつがケーキっていうことを伝えて、喜ばせようとしてくれる看護師さんの存在が嬉しかった。

コミュニケーションをとろうと、明るい話題を提供してくれようとしてくれるその姿勢が、嬉しくて、嬉しくて、ただ救われた。

コロナ禍で面会制限も厳しい中、
生身の人間とたわいも無い言葉を交わすその瞬間、私は病室で寝たきりの不安な時間を確かに忘れられたから。


P.S.
看護師さん、あなたの笑顔に、言葉に救われました。
本当に、ありがとうございました。
おかげさまで、我が子も逞しく、元気に育っています。

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