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コーヒーの味の違いが、わかるようになってきた。

出勤前に毎朝タリーズに入り浸って読書をしたり、ちょっとした作業や勉強をしたりする。
タリーズのコーヒーは、正確には「本日のコーヒー」と言って、毎日違うブレンドで出してくれる。
コーヒーを初めてブラックで飲んだのは、確か高校生の頃だったろうか。あの頃はただの眠気覚ましとして無理をして飲んでいた。そのコーヒーも、小分けされたタイプのペーパドリッパで、そこまでいいものではなかった。
日常的に飲み出したのは就職してからだったと思う。
だけれど、自発的に飲みたくて飲む、というよりは、「その場所にいたいからお金を払う」という感覚だった。コーヒーはおまけのようなものだ。

学生という身分でなくなってから初めて気づいたことは、腰を落ち着けてゆっくり机に向かい、作業をする場所というものが如何に貴重であったかということ。
周りの人間も同様に、という条件をつけると、難易度はさらにぐっと上がる。
その話は今は置いておくとして、コーヒーは好きだが、中毒というほどではない。

それでも毎日飲み続けていると、「あ、昨日と味が違うな」ということがわかってくる。
俗にいう酸味、苦味というものの定義は、正直わからない。
私にとって味だとか風味だとかいうものは複雑(特にコーヒーとなると)で、そんな短絡的な言葉に集約できないと思うが、強いていうならこの感じが「コーヒーの酸味」というものなのだ、という程度にはわかるようになってきた。
「チョコレートのような」というのも、最近になってわかってきた。美味しいチョコレートの味を覚えたからだ。
その記憶のデータベースと照らし合わせて、「ああ、似ているな」と判定をする。
やはりどんなことでも毎日続けていくと違いや発見というものがあるらしい。
あらゆることは日常の小さな積み重ねと、それらを比較、考察することによって少しずつ進歩するのだな、と痛感する。
裏を返すと私の場合、週に一度まとめてやるとか、一度に多くの進捗を生み出すとか、そういうのはどうやら向いていないらしい。

だから一日、少しだけでも進めることが大切なんだというのはよくわかっている。多分大方の人もそちらのタイプで、その六割くらいはそのことをわかっているんだろう。あれだけ、イチロー選手の会見や言葉がリツイートされていたのだから。

問題はどう日常に組み込むか、なんだろう。
この毎朝のコーヒーくらい当たり前に毎日に組み込まれてくれれば、私の勉強も多少は進歩するんじゃないか、と思っている。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!