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愛のために砕かれる

ちょっと強めのタイトルで、それだけで嫌な人は嫌なのかもしれない。
ただ、暴力的な意味はないので安心してください。

「愛のために砕かれる」ということは、あなたは運命に用いられる存在であり、その運命があなたに与える役割を全うするために、一度壊されて再生する必要があるというニュアンスである(人によっては運命=神様でも)。

前提として、僕は運命を信じているし、自分に与えられた使命を全うしたい。

それは一つに、そう思わないと人生は味気なく、生きている意味に対する答えが「ない」状態になる。もう一つは、自分の想像以上のものを人生から受け取っており、そこに至る過程は自分の力だけでは到達できなかったと思うからだ。

なので、心が安定するための土台として、そして経験として、僕は運命を信じる。

その意味では、「愛のために砕かれる」ということは、その最中においてはかなり痛い時間なのだけど、それが過ぎ、新しい自分として生まれ変わったあとは、これまでとは全く違う道が用意されている。

まぁ、ここまでは人が特定の宗教や何かしらの偶像に対して信仰を持つ理由でもあるだろう。

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ここからが本題なのだけど、運命から与えられた使命があり、その使命の過程においては愛のために砕かれることもあるという前提において、今回のコロナを通じて、これまでの自分では生きられない人が増えると思っている。

仕事を失う人もいるだろうし、(これは考えたくないけど)家族や友人、恋人を失う人もいるだろう。これからも続いていくと思っていた道が全部閉ざされ、自分が何者かわからなくなるかもしれない。

自分がしがみついていたものや頼りにしていたものが、一つずつまたは一気に手放さないといけなくなり、最後に自分には何も残っていないのではないかと感じるかもしれない。

その過程は、ものすごく痛い。少なくとも僕はそうだった。
ただその全てを手放した時に、新しく与えられるものは、自分が本当に欲しかったもの、心から渇望していたものだと思う。基本的に、人生は恵みであり祝福だから、痛みのあとには幸いがくる。

だから、もし今辛い状況にいるなら生き残ることに集中して欲しいし、この痛みが永遠に続くとは考えないで欲しい。出口は必ずあって、その先には今まで以上に希望に満ちていると思う。僕の場合は、痛みから希望まで、1年から2年くらいかかったけど、それは人によるだろう。

その期間は、簡単なことではないけど、良心に従い、身近な人に親切にし、身の回りを整え、穏やかに過ごすのがいいのかなと思う。

僕は今幸せだ。今後、また砕かれることもあると思う。ただ、その時も希望を持って心穏やかに過ごしたい。

コロナによる影響は、強制力を持って仕事の形を変えたけども、一番は人の心を変えようとしている。例えば、地球との共生や良心に従うことなどを普通のトピックとして周りの人が話し出すとは思わなかった。

ビジネスが止められたことで、これまで見過ごした疑問や矛盾に目を向ける時間ができた。また、その変化は不可逆である。

愛のために砕かれる期間のことを全ていい思い出として語ることはできないし、すべきではない。八つ当たりして傷つけてしまった人には今でも申し訳ないと思う。ただ、次そういう時期に入るときは、良心を固く保ち柔軟に過ごしていきたい。

人生に私が何を期待できるかではなく、
人生が私に投げかける問いにどう応えるか
(V. E. フランクル)

読んでいただきありがとうございます。

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