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幸せへの向き合い方1ー向き合うきっかけ

これからいくつかの投稿で、自己紹介をしながら、私の経験をもとに、幸せをみつけて増やしていくコツやテクニックを綴っていこうと思っています。

私は今50歳で、ここまで真剣に自分の人生について考えてきたと、今は言えます。小さい頃からの環境や、その後の経験のなかから、疑問に思ったことをよく考えて、自分の幸せはなんなのか、自分の幸せを増やすにはどうしたらいいのかを考えることにかなりの時間を使ってきたと思います。
私の半生の経験から気づいたことなどを書き綴ることで、ものごとを見る視点や、考え方が、読んでくださるどなたかの役に立てばいいなと思います。

小さい頃は、比較的生活には余裕があった家だと思いますが、怒鳴られ、物で叩かれたり、突き倒されたり、家の外に放り出されたり、自分のものを壊されたりといったことがほぼ毎日でした。当時、毒親なんて言葉はなくて、私も他の家を知らなかったので、おかしいとも思わず、ただ毎日泣いて、でもそういうもんだと思っていました。
でも、これがちょっとおかしいのかもしれない、と気づくきっかけになったのは、高校生の時でした。友人と親のことを話していて、言われたことやされたことを話した時、とてもびっくりされて、「えーそんなこと言われたことない!」と言われて初めて、うちはおかしいのかもしれない、と気づきました。
もちろん嫌なことだけではなく、音楽や食べ物の経験はとても良かったりしましたが、やはり自分のすることなすこと全てを否定され続ける環境はかなりストレスが大きかったと思います。
何か言えばまた怒鳴られる量が増えるだけなので、そのうち何も言わなくなり、表情を変えるだけでもそうなるので、感情を殺し、ただやり過ごす生活をしていました。

この環境が私にとって良くない、ということに気づいてからは、私にとって何が問題で、どういう状態であればいいのか、を考え始めました。
私が生きている意味を考えるために、宇宙や生物について考えたり、現実と非現実ってなんだろうか、とか、幸せってなんだろう、とか、私がなりたい人ってどういう人なのか、とか、もうぐちゃぐちゃバラバラにいろんなことを考えていました。

そんなことを考えているうちに見つけたこととしては、
ここには私の自由は一切ない、選択肢を狭められる。
ここにいたらやりたいことは全くできない。
だから、もうここから逃げよう、ということでした。
そのために、自分で生活できるだけの仕事を見つけて、遠くへ行こう、と思っていました。
この時、親は当然そんなことを許すわけはないので、そんなことを思っていることは言わず、粛々と準備することを目論んでいました。
話してみれば、とか、言っても親なんだから、とか、いろんな意見をもらいましたが、体調にも影響があったし、自分を守るためにはそれしかないと思いました。

このときの学びは、
自分の世界だけでは気づけないことも、
他人からのフィードバックや、他の世界のことを知ることで、おかしなことや変えた方がいいことに気づける
ということでした。

この後も自分の幸せを見つける思考は続きます。。。
今はとっても幸せなので、そこに至るまでの経緯におつきあいいただけると幸いです。

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