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#9 恋心

恋だと思っていた。これは恋だって思おうとしていた。中山さんをこんなに好きでこんなに会いたい、これはみんなと同じ恋なんだと。

中山さんのラインの連絡先を聞いてから初めて送るメッセージは半日ほど迷い続けた。「連絡先を教えてくれてありがとうございます」とか「今日もお疲れ様でした」とか、何をどう書けばいいか、いつの時間なら送っても迷惑じゃないかを考えすぎて変な体力を使った。「好きです」とか「会いたいです」とか本当は書きたいけど、書く勇気なんてあるはずもなく一人悶々と頭を悩ませた。

夜遅くにやっと書いた言葉は結局、無難な「今日もお疲れ様でした」で、こんなありきたりなメッセージへの返信を泣きたい気分で待った。

20分ほど待った返信は「結城さんもお疲れ様。また明日」だった。涙が出たよ。中山さん、返事をくれてありがとう。

ラインを何度も開く生活が始まった。1日に何度もラインを確認する。中山さんから何か来ないかな。中山さんに何か打とうかな。「今日は何してましたか?」とかそういうのを打ちたいなって思ったけど、重いと思われたくなくてあまり打たないように気をつけている。

会社で会う中山さんはどこも変わらずいつも通りで、私を抱きしめてくれたあの日が嘘だったんじゃないかと思うほど冷静で穏やかで落ち着いている。他の人と同じように私に接し、今まで通り私にコピーとか書類の作成を頼む。何も変わらない。

そんないつもと変わらなさすぎる中山さんの姿に不安になると私はラインを開く。「中山さん」の名前をそこに確認して、何度かやり取りした挨拶程度のメッセージを読み直す。うん、確かに私たちは繋がっている。「中山さん」がここにいる。ラインを開いたり閉じたり。そんな数日を過ごした。

でも次はいつ二人で会えるんだろう。

どうやって次に会う約束をすればいいんだろう。

どこで? どうやって?

ただただ2年間、中山さんを一途に思ってきたけど、それは一方通行だった。中山さんには奥さんがいるからだ。でもこうして気持ちを受け止めてもらえてからは二人で進んでいくことになる。だけど、私たちの恋は普通の恋じゃない。許されない恋で、誰にも知られてはいけない恋。人に会わないように人に見られないように、どこかで静かに会わなくちゃいけない。

レストランで一緒にご飯を食べて、手を繋いで買い物をして、映画を見て感想を言い合って、遅くまで一緒に過ごして、そんなことはきっとできないね。

「今すぐ会いにいくね」も言えないし、「今すぐ会いにきて」も言えない。

金曜日の夜、一人ベッドでラインを見ながら中山さんが連絡くれないかなって待っている。今頃、中山さんはお家だね。奥さんと笑って夕食かな。せっかく中山さんと繋がったのに幸せな気持ちと不安な気持ちで揺れてるなんて、ちょっと苦しい。

心がしんどくて、ベッドに潜ろうと思ったときにラインが鳴った。慌ててラインを開くと、中山さんからだった。苦しさなんて一瞬で吹き飛んで弾む気持ちでメッセージを見たら、うれしい言葉が目に飛び込んできた。

「来週、平日のどこかで一緒に食事しようか」

ドキドキ、ドキドキ、ドキドキが止まらない。気持ちを落ち着けながら返信を打つ。

「はい。いつがいいですか? 中山さんのご都合に合わせます」

「じゃぁ、火曜日でどうかな? 仕事がその日なら早く終わると思うから。仕事のあと一旦別れてから、またレストランででも会おう。予約しておくよ」

「分かりました。火曜日に」

「じゃぁ、また明日」

「また明日。おやすみなさい」

「おやすみ」

やっと会える。中山さんにやっと二人で会える。レストランで会ってもいいんだ。うれしい。すごくうれしい。私はしばらく喜びを噛みしめながらラインの画面を見つめ続けた。

この恋はきっと特別。頭の片隅に浮かんでは打ち消しているあの言葉を見ないようにして、私は身体中に中山さんをあふれさせた。これは「不倫」なんかじゃない。私の気持ちは純粋なんだから。


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#短編小説 #連載小説 #中山さん #恋 #不倫 #レストラン

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』はシリーズ化していて『まさか書いてしまった小説たち+たまに自己分析』マガジンに掲載しています。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨