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#5 中山さんとクリスマス

街のあちこちでクリスマスソングが流れている。クリスマスの街はいつもよりも人の流れが遅い。寒くて急ぎ足になりがちな人たちもキラキラしたイルミネーションを眺めながらゆっくりと歩く。

クリスマスに予定のなかった私を友達が誘ってくれた。ちょっとリッチなレストランで一緒にクリスマスをお祝いしようって。私たちはお店をいくつも調べて素敵なフレンチレストランを見つけ、見るだけで幸せな気分になれそうなクリスマスディナーコースを予約した。

待ち合わせの時間までには少し余裕があるから、私はデパートのウィンドウを覗きながらのんびりと歩いていた。ウィンドウを通り過ぎデパートの入り口のドアの横に差し掛かったとき、あれ? と何かが引っかかって私は足を止めた。人混みをかき分けながら透明のドアの奥に目を凝らす。

中山さんだ。

ドキッとした。まさか中山さんをこんなところで見かけるなんて。中山さんは私が勤めている会社の上司だけどそれだけじゃない、もう2年ほど前から私の好きな人でもある。奥さんがいる人だからこの気持ちを伝えることはできないけど毎日毎日斜め前の席に座っている中山さんを見ている。

横に誰かいる。奥さん? 中山さんってクリスマスに奥さんとデパートに来たりするんだ。会社で見る中山さん以外の彼の一面を見た気がして新鮮に思うと同時に、胸が締め付けられた。奥さんに向かって優しい笑顔で何かを話しかける中山さんと、顔は見えないけど後ろ姿だけで幸せな空気を醸し出している奥さん。彼が何か言うたびに頷く彼女の柔らかそうな髪がふわふわと揺れている。

仲良さそうな二人の姿に私は明らかに動揺していた。心を落ち着けようと少し細い息を吐く。これ以上気持ちをかき乱したくなくて彼らから目をそらそうとしたけれど、どうしても目を離せない。彼らと私の間を行き交う人々の影はぼんやりとかすみ、遠く少しずつ離れていく中山さんと奥さんの姿だけが鮮明に私の心に焼きつく。

クリスマスムード一色に飾り立てられたデパートの混雑した売り場の中を幸せそうな二人が体を寄せあうように遠ざかっていく。奥さんがうらやましい。嫉妬がじわりと心に湧き上がるのを感じながら中山さんの表情も動きもどれ一つとして見逃したくなくて、じっと彼らを見つめる。

たくさんの人に紛れ、もう見えなくなった二人の姿を静かに思い浮かべながら苦しく切ない気持ちを身体中で感じる。感情が高ぶるのを堪える。

見たくなかった。奥さんといる中山さんなんて見たくなかった。それなのにクリスマスに中山さんを一目でも見れた喜びも感じている自分が悲しい。たぶん今夜、私は泣くだろう。持って行き場のないあふれるほどの恋心を抱えながら小さくなって涙を流す自分が見える。


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#短編小説 #連載小説 #中山さん #クリスマス #奥さん #デパート

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズは『まさか書いてしまった小説たち+たまに自己分析』マガジンに掲載しています。トップ画像をすべて同じものにしているので探してもらいやすいと思います。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨