戦略的モラトリアム【大学生活編⑤】

7月初旬 ジリジリと焼けつく太陽と共に陰気なココロ

見知らぬ天井

エヴァンゲリオンのタイトルのような無機質な白。
壁には雑多にプリントが貼り付けられ、天井はのし掛かるような白の空間に僕はいた。カウンセリングルームである。情けない話だが、不眠症になりつつあり、不安感が拭えない。空間を埋めるように敷き詰めた時間割が試験前になって自分を苦しめていた。高校の定期試験以来の緊張感、いや、あの頃とは比べ物にならない重圧。それはハンデキャップがある自分には得体も知れない化け物になって押し潰すように毎日頭に乗っかっていた。

履修制限があるため教職課程も取り、時間割をいっぱいにした。大学生の大学生らしさを自ら放棄したようなスケジュールを組んだ自分は誰からも共感されない忙しい毎日をこなしていた。
前期試験前になりどうしようもない不安感が教科数と同じくらいの数で僕を襲った。それで今、カウンセリングを受けようとしているわけだが……

「どうしました?」

優しい声がふと耳に飛び込む。カウンセラーの先生はまるで昔から知っているかのように自分に話しかけた。

重い口を開く。

「いや、大学出始めての試験で気負っちゃって……毎日眠れなくて……。自分は不登校で高校も中退して、大検とってここに入学したんです。他のみんなとはやっぱり違う。試験慣れしていないし、大分ハンディキャップがあると思うんです」

「へぇ、すごいじゃない!それは自信にすべきだよ」

少しきが楽になったが、道を外れて戻ったら皆そう言うことは分かっていた。本当は道から外れない方がマトモなのに……。

「いや、今になれば、やはりちょっと不利かなって思っているんです。皆さんはほとんど高校出てすぐ大学生になっているじゃないですか。ですから、定期的に試験があることが普通って言うか、もう慣れていると思うんです。それに比べて自分はその経験があまりにも薄くて……皆楽しく過ごしているようで、実は普通に試験準備しているんでしょうね」

はじめての弱気だった。高校中退してから、気丈に振る舞ってきたが、とうとうひとにメッキの下を見せることになった。

カウンセラーの先生はすぐに切り返す。

「そんなことないよ。ちゃんと準備をしている人もいればそうでない人もいる。高校からストレートできた学生が皆試験慣れしているかと言うと、そうでもないからね。君は高校のとき毎回準備万全だったの?」

「それは……」

「ね。高校ちゃんと行っていても準備して試験に望むことが当たり前になったといっても、それがちゃんとできていたかどうかは全く別の話。だから、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな。それよりも君はとても貴重な体験をしているんだから、それを強みにしていくべきだよ。自信につなげていくっていうか……とにかく、とても意義のある人生を送っていると思うよ」

やっぱり稀有な人生なのか。珍獣扱いには慣れているものの、何となく良い気がしない。試験のプレッシャーはそのままに何も解決しないままカウンセリングを終えた。結局のところ、試験は出たとこ勝負なんだろう。しばらくはこの不眠症と付き合うことにするか。

「よぅ、どうした?」

カウンセリングルームを出たところで大野さんに会う。

「あ、いや、少し試験前で鬱になっちゃってさ」

不思議と年上ということもあり、大野さんには弱さを見せることができた。また、一年次でありながら留年しているため、試験の経験者でもある。自分にとってはこの場所での生き抜き方(息抜き方も含め)を教えてくれる唯一の存在。

「それ、お前の考えすぎ。ってか、なんでも成功ばっかしてたわけじゃないだろ。だから今回もやってみてダメだったら来年からの履修を考えれば良いだけの話じゃん。俺からしたらそんなこと悩んでいるお前は十分真面目だと思うけどな」

「……そんなもんかな」

少しもやっとしたまま、その日はよく眠れたと思う。

大野さんが言ってたことは主観的な意見でありながら、自分の緊張の糸を少しだけ緩めてくれた。

その日の夜はラジオのオープニングだけですぐに眠ってしまった。

『ナインティナインのオールナイトニッポン!!♪♪♪どーも○×……』

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》